11 終わって始まる。
俺は五十鈴の家の前で待っていた。
今日、五十鈴はあの人と一緒に帰ってくるのを知っていて、待っていた。
さっきまで降っていた雨が上がって、地面が湿っている。
五十鈴を想って泣いてばかりだったけど、もう泣く必要がなくなる、俺の涙みたいだな、なんて変なことを思った。
離れたところから、徐々に話し声が近づいてくる。五十鈴と、男が会話する声だ。
「あれ……? シュンちゃん?」
五十鈴が、少し驚いた声を上げた。それに男の声が続く。
「舜介君、久しぶりだね」
五十鈴の恋人が、柔和に微笑む。手を見ると、二人は仲よさそうに手をつないでいる。
胸に、チクリとトゲが刺さる。
でも、俺は二人に近づいた。五十鈴が、少し気まずそうな表情を見せたが、気にしない。これから、その気まずさを終わらせてやるんだから。
「悟さん」
俺は彼の前に立ち、頭を下げた。
「これからも、五十鈴のことよろしくお願いします」
目頭がジワリと熱くなる。でも逃げずに、さらに深く頭を下げた。
二人は驚いたのか、しばしの沈黙があった。沈黙の間、俺は頭を下げ続けた。
「……シュンちゃん」
五十鈴のことは、もう諦めた、と言ってるも同然のことを言っているのに、五十鈴は悲しそうな声を出した。
「あたし……ずっと、シュンちゃんに無理、させてたんよね? あのころから、友達でいてくれるのはシュンちゃんだけやったから、あたし、シュンちゃんのこと、失いたくなかった。でも……」
五十鈴の声が、潤んでいる。
「今も、シュンちゃん、無理してるんとちゃうん?」
わざと、少し間を開けた。俺のことをちゃんとフッてくれなかった、ささやかな仕返しだ。
そして、頭を下げたままゆっくりと首を振る。
「俺、大事なやつできたから」
しばらく五十鈴は返事をしなかった。驚いているのだろうか。
そして、ゆっくりと、五十鈴は噛みしめるように言った。
「ありがとう、シュンちゃん」
五十鈴が、言った後、盛大に洟をすすった。
泣かしたくはないけれど、多分これは嬉し涙を流してくれている。それならいくらでも、流してくれればいい。
悟さんが、一歩俺に近づいたような気配がする。俺は頭を上げない。
「君には、ずっと嫌われてると思ってた。けど、受け入れてくれてありがとう」
悟さんが柔らかい声で言った。
頭を下げている状態で、二人には顔が見えないとわかっていて、俺はこっそり苦笑いする。
この人は、俺の気持ち、最初っから知ってたんだろうなぁ……。
そして、俺の気持ちを知っていて、この人は俺を対等に見てくれていた。ガキの頃から。
いつだったか話してくれた。
森谷さんは、いつも、君の話ばかりしてる。多分、森谷さんの、好きの大きさだったら、僕は君に負けてるんだろうね。
初めて会ったときから、その大きさに負けたくなかったんだ。
小学生相手に、僕って小さな男だよね。
そんなことを言っていた。
だから、初めて会ったとき、わざと俺に気持ちを気づかせるようなことを言ったんだと思う。対等なライバルと思っていたんだと思う。
そんな心配しなくても、五十鈴が悟さんのこと大好きだってこと、俺は知ってたのに。
ムカつく、と憎んでいたこともあったけど、今は笑いながら、腹立つなぁ、なんて思う。
俺は頭を上げないまま「それだけです。じゃあ」と、その場を去った。
まだ笑顔は向けられない。
でも、これを区切りにする。
さぁ、明日、根岸と南田と一緒に行く遊園地の準備をしよう。
* * * *
騒がしくてうるさくて、人混みが鬱陶しくて、待ち時間が長くてめんどくさい。
遊園地に行ってもたぶんそう感じるだろうと思っていたけど、意外と俺は笑っている。
「ジェットコースターで悲鳴じゃなく、歓声を上げるおまえらはいったい何者だ! 妖怪か! 宇宙人か!」
涙目の南田が変な質問をするので、俺と根岸は爆笑する。
「ひでぇ。ひでーよおまえら。こんな弱った俺を笑いものにするなんて!」
「怒って叫ぶ元気があれば大丈夫だろ」
俺が言うと隣で根岸がうんうん頷く。
「保美まで! いいもん! 気分転換にアイス買ってくる。お前らはアイス買うの禁止!」
ドスドスと地面を踏み鳴らし、楽しそうな人々が行きかう波の中に、南田は消えていく。
うるさい奴が苦手なのに、いつの間にか俺は南田を友達として受け入れている。なぜだろう。謎だ。
でも考えてみたら、あいつは俺が暗くても引かなくて、勝手にうるさいだけで、俺に同じテンションを求めないから、気が楽なんだと思う。
「司君がジェットコースター苦手なんて、意外だよね」
根岸がニコニコ笑いながら言う。
「俺はジェットコースターで歓声あげる根岸が意外だった」
「あたしは、篠原君が楽しそうに歓声あげてるのが、嬉しかった」
彼女は、嬉しくて楽しくてしょうがない、って風な満面の笑顔を俺に向けてきた。
その笑顔を、かわいい、と思った自分に自分でびっくりする。
「そうだ。篠原君も、あたしのこと保美、って呼んでくれないかな。あたしそっちの方がしっくりする」
「お? おお……」
そう返事をしたのと同時に、自分も下の名前で呼んでもらおうかと思ったが、なんだか恥ずかしくて言えなかった。
そして迎えた弁当タイム。
五十鈴とのことを断ち切って、寂しくないわけないのに――
保美の弁当はうまかった。
恋なんてするもんか。なのに、恋をした。 あおいしょう @aoisyou
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