5 友達ができても、優先順位は彼女が一位。
校門のところで、根岸を見つける。
「おはよ」
と話しかける。登校してくる人の流れが多い中、誰の目も気にせずに、話しかける。
彼女は少し驚いた表情で「あ……」と呟き「おはよう」と返事をした。
「これ」
シロー君を差し出す。
「あっ! シロー君!」
今まで小さな声しか聞いたことなかった彼女の声が、大きなものになる。
一瞬、周りから注目を集めたが、彼女はそんなことが気にならないほどに驚いたのだろう、目を丸くしつつも喜びを入り混じらせた表情で、俺が差し出したシロー君をまじまじと見ている。
「探してただろ?」
「……見つけて、くれたの?」
「おう」
彼女はシロー君を受け取ると、心の底から安心したように、嬉しそうに、顔全体に笑みを広げた。
「ありがとう」
「いや」
言って、俺は登校する人の流れに混じろうとする。が、彼女に「あのっ」と呼び止められる。
「あ、その顔の傷って……もしかして、シロー君拾うとき、何か危ないこと、あった?」
「これは……」
事実は言わない方がいいだろう。何一つ、彼女のせいではないのだから。
「これは、俺のせいだから」
「え?」
訊き返されたが、答えずにその場を離れる。
桜木美緒に話をしなければいけない。
* * * *
俺から呼び出されたのが初めてだからだろうか。桜木美緒は喜びが抑えきれない、という風に浮かれている様子だった。
人気のない裏庭でのこと。
頬を赤く染めて、満面の笑顔で――何かに勝ち誇っているとも見える笑顔で――彼女は「話って、なに?」と話を促してきた。
俺は、目をそらさずに告げる。
「昨日、あんたとは絶対に無理だってこと、確信した」
「え?」
桜木美緒の笑みに戸惑いが混じった。しかしすぐに戸惑いを消し、可愛らしく見せているつもりなのか小首を傾げて見せる。
「どういう……こと?」
「人踏みつけて、それで平気な顔して勝った気になってるようなヤツは、どんな形でも好きになれない」
この言葉で彼女は意味を察したのか、目を見開き、顔を歪めた。小さく舌打ちをし、微かな声で「何やってんのよあいつら」と呟く。
彼女をこんなことに駆り立てたのは何なのか。彼女の元々の性格なのか。それとも恋をすると本当に、人を傷つけてもいい、と考えてしまうようになるからなのか――
「違うの篠原君。悪いのは根岸さんの方なの。根岸さんが――」
「ミノワたちが、『篠原に近づいた女をぎゃふんと言わせる』とか言ってた。俺とちょっと話したってだけで、そんなに悪いこと?」
桜木美緒が唇を噛む。が、すぐに口を開いた。
「そうよ。篠原君は私のものだもの。私を好きにならなきゃいけないのに、他の女の子となんて……!」
「ほかの人間を蹴落としたからって、それであんたの魅力になるわけじゃない。それで俺があんたを好きになるわけじゃない。それに……」
彼女を罵って、切って捨てるのは簡単だ。けど俺は人を傷つけないことに決めた。だから、俺が彼女にしてやれることは、希望のない恋を完全に断ち切ってやること。
「ごめん。俺、好きなやつできた」
桜木は目を見開いて「誰よ……」と震える声で呟く。
「あんたの知らない人」
彼女は歯を食いしばって耐えるような表情をしていたが、涙をこぼした。
「篠原君……恋には、興味ないって……」
「そいつは、俺を喜ばせてくれるんだ。大事に想ってくれるんだ。あんたみたいに、いじめを止められるのと引き換えに付き合って、て言ったり、人を蹴落としたりなんてしない」
「両思いなの……?」
絶対に許さないという表情で、桜木の声は震えていた。俺は首を横に振る。
「……いや」
「だったら!」
彼女の目からは次々に涙が溢れてくる。
「その人は篠原君のことに必死になってないだけだよ! あたしは! なにしても篠原君にあたしだけを見てほしいって……!」
確かに、五十鈴には他に好きな男がいる。あの男のことになったら、五十鈴ももしかしたらそういうことをするのかもしれない……。
「そうかもしれないけど、でも、俺、決めたんだ。恋をしたからって、人を傷つけたりしないって。信じることにしたんだ。だから、あいつのことも信じる」
もう彼女は反論してこなかった。代わりに、大声で泣き出した。俺が彼女を好きになることはないということを、わかってくれたからだろうか。
「ごめんな」
女子を泣かせて放っておくのは酷い気もしたが、好きになることはないと伝えたのだから、優しくしてはいけないような気がして、俺はその場を離れた。
* * * *
あれから数日が経った。
学校での、周りの空気が変わっていた。よそよそしい感じがしなくなった。
授業でグループを作ることになった時、普通に話しかけられた。少し気まずそうではあったが、一生懸命その場を明るくしようとしているのが伝わってきた。
あとで分かった話。桜木が、ミノワたちに何か言ったらしい。ミノワたちも、俺に絡んでこなくなっていた。
休み時間も一人でいることが減っていった。遊びに誘ってくれるやつもできた。そんな彼らを、友達、と呼んでもいいのだろうかと少し戸惑ったけれど、今日は楽しかった、と思える日が増えていった。
それでも俺の優先順位は、やっぱり五十鈴が一番なのは変わらない。
五十鈴が晩飯を作りに来てくれる日は、絶対に早く帰るし、新しいゲームが手に入ったら、一番に五十鈴と一緒にやる。
前みたいに、五十鈴と一緒にいて緊張することもなくなった。
一緒にいることが、前よりももっと嬉しい。友達として好きだと思っていた時より、今はもっと五十鈴のことが好きだ。
正直、恋愛対象として、これから五十鈴とどうしていきたいだ、とかはまだわからない。
五十鈴に好きな奴がいるのは知ってるし、そいつが五十鈴に対して好意を持っているのも知っている。
でも、その間に割って入って、どうこうしたいのかってのは、自分でもわからない。
自分で桜木に言ったように、相手を蹴り倒して割って入っても、それで五十鈴が俺を好きになってくれるわけじゃない。
なら、五十鈴が選んだことなら……選んで、幸せになることなら、それで五十鈴が笑顔になるなら俺は、きっと喜べると思う。
だって俺は、五十鈴の笑顔が一番好きなんだから。
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