恋なんてするもんか。なのに、恋をした。

あおいしょう

小五

1 いじめられてるんだけど、どうでもいい。

 校庭の端っこにある溝。そこに体操服が詰まっていた。


 俺のだ。


 なんで毎日毎日ガキどもの探し物ゲームに付き合わなきゃいけないんだ。なんて冷めた心で考えた。


「見つかってよかったなぁ篠原しのはらぁ! お前イケメンだから、俺らがデザインした新しい体操服でもきっと似合うよなぁ!」


 二階から声が聞こえて、そっちを振り向くと、笑いながら窓を離れていく男子三人が見えた。


 まぁ、あいつらがガキなのは当たり前だ。俺もこいつらもお互い小五なんだし。

 ただ、理不尽な差が生まれているのは確かだ。味方が一人もいない俺と、手下を従えている番長的存在であるバカゴリラ。


 顔がキレイだから好かれる。それは普通ならうらやましがられることなのだろうが、今俺はこんな目にあっている。モテる親父の顔が遺伝した俺の顔。マジで恨みたくなってくる。あのクソ親父。


 溝から体操服を回収する。見事にでろでろに汚されている。

 脱力して、汚れるのもかまわずにその場に座り込む。頭が重くて、抱えた膝の上に頭をのせる。

 あんなクズどもに何されたって傷つくはずがない。

 クズにクズ扱いされたところで、自分の価値は何も下がらない。バカの頭で下した評価など、何の意味もないからだ。


 だから、どんなに嫌われようと、バカにされようと、そんなことは何でもないこと。


 そんな風に考える。なのに、目頭が熱くなってくる。

 こんなんで泣いてたまるかクソヤロウ。


 雨が降ってきた。それでも俺はまだ動けなかった。


 俺は今の学校には転入してきたばかりだ。

 親父の浮気が原因で両親が離婚して、それがキッカケで引っ越すことになったから。


 浮気、といっても親父はモテていたからしょっちゅうのことだった。母さんはそんな親父を諦めていて、見て見ぬふりをしていた。

 けど、親父は今度は本気になっただのなんだの言って、離婚につながった。


 そんなだから俺は、恋愛って何なんだろうと思うようになった。恋愛して結婚したはずなのに、恋愛して離婚して家族を傷つける。なんだそりゃ。って感じで。


 転入してすぐ、親父ゆずりのこの顔を気に入られたのか、ある女子に告白された。まわりから“ミオちゃん”と呼ばれている女子だった。

 そのとき俺は恋愛になんて不信感しかなかったから、付き合うなんてことが考えられなくて断った。


 そしたらそのミオちゃんのことが好きな、学年でも番長で通っている男子が『ミオちゃん傷つけやがってふざけんな!』といちゃもんをつけてきたのだ。


 しかも、付き合えばよかったのかと訊くと、『いいわけあるか! ふざけんな!』とかいう始末。


 以来、手下を引き連れたそいつにしょっちゅう嫌がらせを受けることになり、転入直後でまだ友達のできていなかった俺は、友達をつくるタイミングを逃してしまうことになり……。そのうち他のみんなからも白い目で見られるようになり……。


 学年番長の影響力は計り知れないものがあり、おかげで俺は今、学年全体から無視されている。


 俺、まだ若いのに人生お先真っ暗じゃんか。


 けど、今のこの状況から脱出したいだとか、味方をつくって助けてもらおうとかは考えていない。

 そういうの、きっと相当な精神力を使うと思うから。そんな疲れることをするくらいなら、今のままでいい。


 だって学校から帰れば、あいつに会えるんだから。

 


    * * * *



 家にたどり着いたときには髪からウザイくらいに雨水が滴っていて、髪が顔に張りついて、服も体に張りついて、最高にウザいことになっていた。


 玄関の鍵を開け、中に入って廊下を進むと水の足跡がついていく。薄暗いので電気をつける。母さんは働きに出ていて帰ってきていない。

 母さんも俺も、ごちゃごちゃしているのが好きじゃないから、物が少なくて家全体が殺風景だ。

 それが、いつもはすっきりしていて好きなのに、今はなんだか寒々しく感じる。


 くしゃみが出た。風呂に入ることにする。


 湯船に湯をためている間、インターホンのチャイムが鳴った。返事を返す前にドアを開ける音がした。


「シュンちゃんおかえりー。うわっ! なにこれビチャビチャやん!」


 玄関の方から五十鈴いすずの声がした。玄関の惨状を見たのだろう悲鳴が聞こえる。

 俺はまだ服を脱いでなくてよかったと思いながら、脱衣所から顔を出して言った。


「ああ、悪い。適当によけてきて」

「うわー、シュンちゃん見事に濡れネズミってやつやーん」


 呆れ顔で五十鈴が廊下を進んでくる。

 五十鈴は隣の家の高校生で、俺とは逆で母親がいない。

 その父親は出張でいない日が多いため、五十鈴は家族の団欒を求めてよく俺のうちに晩飯を作りに来る。俺の母さんも仕事でよく遅くなって晩飯を作る時間がないから、持ちつ持たれつってやつだ。

 そして友達作りを諦めた俺が、唯一友達と認められる存在でもある。


 ただ、名前が舜介しゅんすけである俺を“シュンちゃん”と呼ぶ彼女に、恥ずかしいからやめろと言ったことがあるが、やめる気配が全くない。普段はのほほんとした性格なのに、変なところで頑固だったりする。

 五十鈴が俺の体を見下ろして、呆れ顔で言う。


「ぜんぜん体、拭いてないやん」

「風呂入るからいいと思って」

「もう入れるん?」

「いや今、お湯入れはじめたばっか」

「あかんやん、風邪ひく」


 五十鈴がバスタオルを持ってきて、俺の頭にかぶせる。そして「うりゃー」と言いながら、その掛け声にふさわしい激しさで頭をぐしゃぐしゃにして拭きまくる。


 犬をなでるときこういうなで方するやついるよな。なんて思いながらも、俺はされるがままになる。


 一通り拭き終わると、五十鈴は俺の頬を手で包み込んで「むー」と唸る。

 俺の顔を覗き込む五十鈴のその顔は、無駄に真剣な表情をしている。小動物みたいなくりっとした目に、ふっくらした頬。地毛らしい少し茶色の、肩まで伸ばした髪。真剣な表情なのは分かるのに、なぜかどこかほのぼのとした空気をまとっている。


「冷たい」

「だから風呂にお湯入れてんだろーが」

「んー……あたしの体温シュンちゃんに染みこめー!」


 いきなり抱きしめられた。顔がふわりと胸にめり込む。


「ばっか! なにやってんだお前は!」


 五十鈴の体温が染みこむまでもなく俺の体温が上がる。


「シュンちゃんを暖めてるんやん」

「おまえもビチャビチャになるだろーが!」

「あ。あー!」


 俺から離れて、自分の体を見下ろして五十鈴は叫んだ。俺と密着した胸から下の、ティシャツやズボンが水のせいで色を変えている。

 しばらく一生懸命タオルで服を拭っていたが、服にしみ込んだ水はすべて拭ききれない。が、五十鈴はケロッとした顔で「まぁええか」と笑った。


「ほんなら、あたし、あったかいご飯作るわー。お風呂でしっかりあったまってきてな」


 五十鈴はまるで自分の家かのように手慣れた感じで、キッチンに向かう。俺は風呂に向かう。

 湯船につかると、自分で思っていたより冷えていたようで、心地よさに包まれる。


 ぼーっと温まっていると、さっき五十鈴に抱きしめられた柔らかい感触を思い出してしまう。

 自分のそれが、身長差でうまい具合に顔に当たる、とか気にしないで抱きしめてくるなんて考えなしだと思うが、それを思い出して赤面している俺自身も十分アホなのではないかと思う。


 五十鈴も、高校でいじめられているらしい。

 かわいい、ではすまないくらいのその天然ボケというかマイペースというかが、周りになじめなくて、そしていじめにつながっているらしい。


 確かに五十鈴の独特のペースには、時々振り回されることがある。けど俺としてはその部分が、五十鈴と友達やっていて面白い部分だと思っている。


 体を洗って、もう一度十分に温まってから風呂を出る。

 五十鈴の鼻歌が聞こえて、楽しそうに料理するなぁ、なんて思いながら台所へ行ったら、五十鈴に「ちゃんと髪の毛乾かしてから!」と怒られた。


 乾かして、改めて台所へ行くと、味噌汁と野菜スープとコーンスープが並んでいた。五十鈴のことだから汁物は体が温まる、と単純に考えたチョイスなのだろう。

 メインはラーメンだ。


「腹、チャポンチャポンになりそうだな」

「体の外からだけやなくて、中からもあっためやんとな」


 俺はこっそりとちょっとだけ苦笑いして、五十鈴の料理をありがたくいただくことにする。


 飯を食った後は、二人で洗い物をして、ゲームをした。

 格ゲーをギャーギャー言いながらプレイする。


 いつも家に親がいない者同士、学校でいじめられている者同士、仲がいいってのは、ただの傷のなめ合いのような気もしてしまう。


 でもそんなことはどうでもいい。


 五十鈴は最高の友達で、一緒にいるのは、楽しい。





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