第15話 エピローグ:とある物語の黄昏

1: 通りすがりのホラー好き 投稿日:20xx/09/11(金) 22:02:31.17 ID:yRDQEZ8aa.n

 今月の月刊レムリアの記事みたか?

 『狂犬の部屋』がやられたらしい。


2: 通りすがりのホラー好き 投稿日:20xx/09/11(金) 22:04:12.45 ID:+2x1GKU99.n

 >1 見た! なんてことしやがる!

 俺が探検する前に……。


3: 通りすがりのホラー好き 投稿日:20xx/09/11(金) 22:04:12.45 ID:yereDQnb0.n

 ふっ、しょせん奴は四天王の中でも最弱よ。


4: 通りすがりのホラー好き 投稿日:20xx/09/11(金) 22:04:12.45 ID:bLhE4zUH0.n

 しかし、ライターRって奴……やるなぁ。

 詳細についてはまだ連載中だが、本当にあの部屋の怪奇現象を潰したのか?


5: 通りすがりのホラー好き 投稿日:20xx/09/11(金) 22:04:12.45 ID:yereDQnb0.n

 >4 馬鹿、作り話に決まってるだろ。

 『狂犬の部屋』はまだあるに決まってる!!


6: 通りすがりのホラー好き 投稿日:20xx/09/11(金) 22:04:12.45 ID:+2x1GKU99.n

 >5 いや、最初から作り話だろ。 都市伝説だし……。


**********

 アリエルと契約を結んだ数日後。

 俺が甲楽城に呼び出された場所は、ホテルの最上階にあるフランス料理の店だった。

 店全体が白とダークブラウンという大人びた色彩で統一されており、店内には俺のような若造はお呼び出ないといわんばかりの重厚な雰囲気が漂っている。


 意外と装飾は少なく、シンプルですっきりとしたラインを多用する……たぶんアールデコと呼ばれるであろう内装は、洗練されすぎていて足を踏み入れることすらためらわれた。

 入り口で店員から予約について尋ねられたとき、心臓が口から飛び出しそうになったのは言うまでもない。


 ……こんな店、足を踏み入れるどころかネットで検索したこともねぇよ。

 おそらく俺を祝うために奮発したのだろうが、ありがた迷惑って知ってるか?


 俺は泣きたい気持ちをこらえつつ、こんなとんでもない場所を指定した甲楽城を少し恨んだ。

 いちおうスーツを着てはいるものの、場違いすぎてまったく落ち着かない。


「どうした渋谷? 廃工場の時と違ってずいぶんと頼りない顔をしているじゃないか」

 どうにも落ち着かない俺の顔を見ながら、甲楽城は背筋が寒くなるような笑みを浮かべる。

 ひぃっ、怖ぇ。 また心臓が止まるかとおもった。

 ほんとうにこの人は……隣にいるだけで心臓に悪い。


「……まるで見ていたような口ぶりだな」

「見ていたさ。 ニキの目を通してな。

 あれは私の目であり、指先でもある。

 使い魔ファミリアとはそういうものだ」

 なるほど、どうりでニキの行動パターンが主人とそっくりなわけだ。

 本人が見て指示を出しているのだから、納得である。


「さて、わかっていると思うが……もはやお前は平穏な世界には戻れない。

 あの悪魔を従えている限りな」

「わかってます……いや、わかっているつもりです」

 そう。 わかっていると言い切るには、あまりにも問題が非日常的すぎた。


 悪魔を従えているということで、どんなメリットがあり、どんなデメリットがあるのか?

 知識がなさすぎて、想像することすらできないのである。


「いずれにせよ、お前を野放しには出来ない。

 覚悟はしているだろうが、私の指導は厳しいぞ」

「は、はぁ……お手柔らかに」

「いずれにせよ、近いうちに秘儀参入イニシエーションを行って正式に組織の一員となってもらう。

 だが……ひとまず今日のところは新しい魔術師の誕生を心から祝福しよう」

 そう告げると、甲楽城は聞いたことも無いような名前の赤ワインをグラスに注ぎ、俺の目の前に置いた。


「有望な悪魔使いに乾杯」

「……乾杯」

 飲み干したワインは……呂律ろれつが怪しくなるぐらいガチガチに緊張していたにも関わらず、おもわず目を見開くほど美味しかった。


**********


「せんぱーい、遊びにきましたよ!」

「よぉ、調子はどうだ?」

 亮二と環菜が俺の新居にやってきたのは、甲楽城と再会した悪夢のような会食の翌日。

 よく晴れた日の夕方だった。

 俺の中では日常の象徴のような二人の来訪に、めまぐるしく変わってしまった環境のなかでどことなく緊張していた俺はホッと安堵のため息をつく。


「まぁ、よくも悪くもないな。

 あんまりにも普通すぎて、俺が魔術師になったってのが何かの冗談だと思えてくるよ」

「ほほう? で、何か超能力とかすごい技を使えるようになったりは?」

 肩をすくめる俺に、亮二が環菜を押しのけてずぃと顔を近づけてくる。


「と、特にないな。 まぁ、試してもいないけど」

「……なんだと!? おまえ、それでも悪魔の契約者か!

 こう、手も触れずに物を動かしてみたりとか、悪魔を呼び出して何かさせてみたりとか、色々とやらなきゃいけないことがあるだろ!!」

 いや、それ、やらなきゃいけないことなのか?

 ちらりと環菜のほうを見ると、無言で首を横に振っている。

 まぁ、そうだよなぁ。


「いや、師匠の甲楽城からも、自分がいないところで勝手に悪魔を呼んだり魔術を試してはいけないって厳命されてんだよ。

 今は魔術師としての基礎知識を身に付けるための座学が中心かな」

 師匠の言うには、なんでも十分に知識を蓄えぬまま魔術を使う事は、いつ発狂してもおかしくないほどの危険行為なのだそうだ。

 いがいと常識的な指導に、俺としてはホッとしているところである。


「貴様には失望したぞ恒徳つねよし!!」

 亮二は大きく肩を落とすと、俯いたまま吼えるようにそう言い捨てた。

 いや、勝手に失望してくれ。

 俺は知らんよ。


「それよりも、亮二の記事……月刊レムリアに記事が採用されたらしいな」

「おお、そうなんだよ! 俺の書いた『戦慄の怪奇現象! 狂犬の部屋の終焉!?』の連載がすごく好評みたいでな!!」

 メッセンジャーバッグの中から見るからに怪しげな表紙の雑誌を取り出すと、亮二は満面の笑みでその記事を俺に見せつけた。


 その内容は、狂犬の部屋で実況生放送中の亮二が怪異に遭遇し、ネット界隈が騒然とするなか不可解な中断。

 そのあと謎の魔術師Kとやその助手であるSと出会い、共に悪霊と戦うことになる。

 そしてついにその心霊物件を完全に消滅させるというのがその筋書きだ。

 俺達が実際に遭遇した出来事が元にはなっているが、むろんその大部分は都市伝説好きの読者のためにかなり脚色してあり、後になるほど事実と異なる内容が増えてゆく。


 なお、この記事に関しては……なんと甲楽城が監修を行っていた。

 狙いは『狂犬の部屋』という都市伝説の消滅である。

 なんでも、都市伝説というのは一種の呪いのようなものであり、存在し続けるとせっかくリフォームした部屋にふたたび怪異がおきかねないのだそうな。


「ほら、お兄ちゃん。 その話はあとでいいでしょ?

 そろそろ出かけないと、予約の時間に間に合わなくなるじゃない!!」

「い、痛ぇ! おい、こら、耳を引っ張るな!!」

 なおも語りたそうな亮二の耳を引っ張り、環菜が憤懣やるかたなしといった顔で外に引きずり出す。

 強面で押しの強いの亮二も、環菜にはまったく頭が上がらないらしい。

 むろん、俺も頭が上がらないのは言うまでもない。


「じゃあ、あらためてご馳走になるよ。 期待しているからな」

 そう。 今日は、亮二の記事が好評を博したお祝いをするため、亮二のおごりで焼肉にゆくのだ。

 俺の不幸の代償として職場で手柄を上げたのだから、このぐらいは許されるだろう。

 ちなみに原稿料が振り込まれるのはもうしばらく先になるらしい。

 たまには俺以外の奴も不幸になりやがれ!


「ま、まぁ、お手柔らかにたのむ」

「もちろん、高い順からもってこーい! ですよね?」

「環菜!? お前は鬼か!!」

「失礼ね。 ただのかわいい妹よ!」

 ふざけあう山尾兄妹けいまいの姿に思わず笑いそうになるのをこらえながら、俺は外に出て愛車のエンジンをかける。


 そして二人が乗り込むと、オレンジの光に染まった街の中を、わいわいと賑やかに騒ぎながら西にある焼肉店を目指して走り出した。

 まるで夜を拒み、沈み行く太陽の輝きを追いかけるように。

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魔術師の日常 卯堂 成隆 @S_Udou

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