第6話 魔の術を知る者
「おいおい、どこまで行けばいいんだよ」
フクロウの後を追いかけるのはいいが、いつまでたっても目的地らしきものは見えてこない。
後ろをにらみつけている環菜が緊張を解いていないところを見ると、例の魔獣はまだ追いかけてきているのだろう。
「なぁ、本当にこのままフクロウの後をついていっていいのか?」
「知るかよ。 いまさら引き返せるわけないだろ!」
だが、あのフクロウがなんらかの意図をもって俺達を先導しているのは間違いない。
野生の鳥が人の作った道に沿って飛びつつけるはずがないからだ。
だが、道路が細い田舎道になりはじめ、周囲の明かりが少なくなるにつれて、俺もだんだん心細くなってくる。
なぁ、そろそろゴールを見せてくれてもいいだろ?
このままじゃ先に心が折れちまうよ!
心の中でそう呟いたときであった。
遠目に電灯に照らされた神社の鳥居が見えてくる。
「そこか!」
俺はアクセルをおもいっきり踏み込むと、フクロウを追い越して神社の鳥居の前に愛車を滑り込ませた。
「おい、この神社の中に入るぞ!」
「そうか、神社の中ならば神様の居場所だから化け物が入り込めないのか!」
「助けて、神様!!」
俺が車のドアを開けながら怒鳴るように指示を出すと、亮二と環菜が悲鳴とも歓声ともつかない声をあげながら転がり出てくる。
そして神社に向かって走り出そうとしたそのときであった。
電灯の照らす青褪めた空間を、一陣の風が通り抜ける。
「しまっ……た……」
そう、思っていた以上に魔獣は近くにまできていたらしい。
俺達と神社の鳥居までの距離は、わずか十メートルほど。
その中間点に、ソレは立っていた。
「ひいっ!?」
「いやあぁぁぁっ!」
たしかにそれのシルエットはオオカミに似ているだろう。
だが、光に照らされたそれは、この世のどんな生き物とも異なるおぞましい形状をしていた。
ベースとなったのは、おそらく亮二が『ひとりかくれんぼ』に使った白い犬のぬいぐるみだと思われる。
だが、そのところどころ引き裂かれた白い毛皮の隙間からは赤黒い何かが脈打っていた。
なによりも、その金色に輝く目がただの生き物とは違う。
大きさはおよそ2トントラックぐらい。
まるで、何か得体のしれない存在がボロボロになった白い犬のぬいぐるみをむりやり着込んでいるといえば、一番想像しやすいだろうか?
「ど、どうしよう、先輩」
いや……こ、こんなの、どうしろっていうんだよ!?
すがりつく環菜の手を握り返しながら、俺は心の中で思いっきり悪態をついた。
神は乗り越えられない試験は与えないというが……ちょいとこいつはハードすぎないか?
わるいが、俺はアクション映画の主人公じゃない。
こんな化け物の腕を潜り抜けて神社の中に入るような方法を思いつくはずもないし、それを成し遂げるような運動能力も無いのだ。
そしてその時、亮二がポツリとつぶやいた。
「なぁ、こいつ……
言われてみれば、たしかにその化け物は俺の目をじっと見つめていた。
俺は試しに環菜の手を振りほどき、戸惑う彼女を問答無用で横に突き放す。
「やっぱり……」
魔獣は突き飛ばされた環菜には見向きもせず、まっすぐに俺のほうを見ている。
すると、それを見ていた亮二は誰にともなしに大きく頷くと、魔獣のほうにむかって歩き出した。
「兄さん!?」
環菜の悲鳴を他所に、亮二は大胆にも魔獣の横を歩いてすり抜け、神社の鳥居の向こうにたどり着く。
言うのは簡単だが、とんでも無い度胸だ。
「環菜、お前もはやくこっちにこい!」
「でも、渋谷先輩が……!」
「俺にかまうな。 それとも、お前に何か俺を救う手立てがあるとでもいうのか?」
俺が冷たく突き放すような言葉を放つと、環菜は泣きながら神社のほうへと走り出した。
だが、その目は何かをあきらめた目ではない。
神社の中に何かこの化け物を倒す方法が無いかを探りにいったのだろう。
そして、俺と一対一になると、化け物は顔を奇妙にゆがめながら、その一歩を踏み出した。
およそ何を考えているのかさっぱりわからない奴だが、これだけはわかる。
奴は……笑っているのだ。
コイツは獣じゃない。
人間のように考え、悪意を持ち、獣には無い欲望をもつ悪しき知性体だ。
どうでもいいことではあるが、俺はこの化け物の一端をその時理解した。
そして獣はゆっくりと、だが徐々に動きを早めながらしなやかな足取りで俺に迫り、そして跳んだ。
空中でその歪で間違った構造を持つ口を開き、喜悦と共にその白くて長い牙を俺の俺の首に突き立てようと顎を閉じる。
その一連の動きが、なぜかとてもゆっくりと感じられた。
あぁ、これが死の瞬間と言う奴か。
だが、俺が死を受け入れた瞬間、何か白いものが視界の端を通り過ぎた。
――ギャアァァァァァァァァァ!?
気が付くと、まるで人間のような悲鳴を上げながら獣がのた打ち回っている。
そして俺の頭上に、白くて大きな鳥がその翼を広げていた。
いったい……何が起きている?
「女神アテナから遣わされたフクロウに齧られた気分はどうだ?
――最高だろう」
街灯の光も届かぬ闇の向こうから聞こえてきたのは、おそろしく冷ややかな男の声だった。
「何をしている。 今のうちに神社の中に入れ。
あ、そうだった。
その氷のような響きのする声で我にかえると、俺は弾かれたように駆け出し、神社の鳥居を潜る。
すると……起き上がった獣が俺の後を追ってきたが、鳥居の前にくると急に足を止め、グルルルと悔しげに唸り声を上げ、それ以上は進もうとしなかった。
どうやら本当に鳥居を潜る事はできないらしい。
「引くがいい。 そろそろお前が現世にとどまることの出来る時間は終わりだ」
ふたたびその冷たい声が響き渡ると、闇の向こうからひとりの男が姿を現した。
まだ冬には遠いというのに黒いコートに身を包み、雪のように白い中性的な顔立ちに、女性のような長い黒髪。
見るからに怪しい人物である。
失礼ながら、俺は真っ先に『吸血鬼』と言う単語を頭の中で呟いていた。
「
そしてその男が何か不思議な言葉を呟くなり、目の前にたたずんでいた化け物は、悔しげに唸り声をあげながら黒い煙へと変わった。
そして今までそこいたのが嘘であったかのように、跡形もなく掻き消えてしまったのである。
「さて、諸君。 少し話をしようか」
その怪しげな人物は、見ているだけで心臓が凍りつきそうな笑顔を浮かべたまま俺達のほうに歩いてくる。
気が付くと、まるで気圧されるように俺は一歩後ろに退いていた。
「話……ですか?」
「そうだ。 君たちの命に関わる、とても大切な話だよ」
それが……俺とその人物、魔術師である
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