第7話 心霊的改築師
「あぁ、最初に名乗っておこう。
私は
白いフクロウを腕に留まらせたまま、黒衣の怪人はそう名乗った。
デザイナー?
その奇抜ともいえる外見はたしかにデザイナーやアーティストといわれると納得できるものがあるが、それは見た目に関してだけである。
すくなくとも俺の知るデザイナーと言う職種は、フクロウを操って道を先導したりしないし、奇妙な呪文を唱えて魔獣を追い払ったりする存在ではない。
「もっとも、君の予想どおりただのデザイナーではないがね」
俺の疑問を見透かしたように、その男は冷たい笑みを浮かべながら名刺を差し出した。
「リフォーム業者の方ですか?」
そこには、たしかに株式会社クラフトのリフォーム事業部の名があり、その役職は特別顧問と記されている。
要するに、この男はすでにある住宅などの建物をつくり変えるデザインを手掛けているということだが、いや、ぜったい違うだろ、それ。
だが、甲楽城なる人物の次の一言で、俺の中で渦巻いていた困惑は解消された。
「私の専門は……悪霊に悩まされている建築物だ。
そのような建物をリフォームし、健やかに生活できる場にするというのが私の仕事なのだよ」
あ。なるほど。
それで特別顧問なのか……というか、ほとんど詭弁みたいなものだな。
「思いっきり霊能者じゃないですか」
「そのような言葉でひとくくりにされるのはあまり面白くないな。
魔術師といいたまえ」
だが、その言葉に過剰に反応する人物がひとりいた。
亮二である。
「魔術師!? マジですか! 本物!!
俺、山尾 亮二といいます! 月刊レムリアのライターをしているんですが、もしよければインタビューをさせてもらえませんか!!」
「あぁ……あのオカルト雑誌の。
すまないが断らせていただこう。
私の職務は、君のように人々の好奇心を満たすためのものではないのでね」
目を輝かせる亮二だが、甲楽城は感情の揺らめきすら感じない声であっさりと首を横にふった。
「そもそも、オカルト雑誌のライターだというのならばもう少し注意深く振舞いたまえ。
動画の中継を見せてもらったが……ずいぶん危険なことをしていたな。
よりにもよって、悪魔のいる部屋で素人が降霊術を行おうなど、自殺か狂気の沙汰でしかない。
人形を触媒にして、悪魔が完全に実体化していたぞ」
「悪魔……ですか?」
思いもよらぬ言葉に、思わず首を傾げてしまう。
悪霊と言うならばまだしも、悪魔といわれると宗教じみていて、どうにもリアリティーを感じない。
「そうだ、あれは都市伝説に語られるような、狂った犬の霊などいうかわいい代物ではない。
犬のような姿こそしてはいるが、元は天の精霊であるというバックボーンを持ち、長く忌まわしい歴史と欲望に満ちた儀式を重ねて悪魔と呼ばれるになり、唯一神を信じる者達の恐怖と憎悪を糧にして力と知恵を身につけるに至った存在だと思ったほうがいい」
「はぁ……そうなんですか」
だが、この期に及んでも俺は彼の言う言葉がどれほどのものかをまったく理解していなかった。
「日本人であるお前たちにはピンとこないかもしれないが、そうだな……自分の目の前に億を数える人間がいて、そのすべてが殺してやると叫びながら自分に向かって押し寄せるところを想像してみるがいい」
「それは……ヤバいですね」
というより、ヤバすぎて想像できない。
確実に死ぬ。
いや、もしそんな状況になるとしたら、殺される前に心が死ぬだろう。
だが、甲楽城は冷や汗をかく俺の耳に、それこそ悪魔のように暗く楽しげな声でささやいた。
「先ほどまでそこにいた悪魔に比べれば、そんなものは子供の
今は理解しなくても言い。
そもそも、簡単に理解できるような存在ではないからな」
ちょっとまて。
なんでそんなヤバい奴がこんなところにいるんだよ!!
あと、『今は』って……どういう意味だ!?
「え、えっと……アレがそんな怖い存在だというのはわかったんですけど、もう退治しちゃったんですよね?」
そんな事を言い出したのは、それまでじっと話を聞いていた環菜だった。
だが、甲楽城は少し眉をひそめて首をかしげる。
「何を言っている? いくらこの私が腕利きでも、そんなことができるはずないだろう」
「え……?」
甲楽城の言葉に、俺達は言葉を忘れた。
そう、その時まで俺たちは勘違いをしていたのだ。
てっきり先ほどのやり取りですべては終わったのだ……と。
問題は、むしろこれからであったというのに。
「あれは状況が良くないので向こうが一端引いただけだ。
今度は逃げ場の無い状況を狙い、不意を付いてお前に襲い掛かってくるだろうな」
「ちょ、ちょっとまってください! 俺は、あんなのにいつ襲われるかわからないって言うんですか!?」
俺の悲鳴に、なぜか甲楽城は爬虫類が笑うような……だが、それでもとても嬉しそうな顔で微笑んだ。
「どういうわけだか知らないが、アレは君がたいそうお気に入りらしい。
だが、救いはある。 私はそのために来たのだから」
……なぜだろう。
救いを約束する言葉だというのに、俺は背中を押されて闇の中に突き落とされたような気分になっていた。
「さて、そろそろ仕事の話をしよう」
「仕事……ですか?」
呆然としていた俺は、甲楽城のそんな台詞で我に返った。
「そうとも。 私の目的は、狂犬の部屋のリフォームを提案することだ。
それが私の仕事だからな」
「つまり、営業ですか?」
「そうとも。 これはビジネスだ。
ただし、君個人に対してではないから安心したまえ。
心霊物件のリフォームは普通のリフォームよりも金がかかるし、君にリフォームをする金があるとは思っていない。
あのマンションのオーナーに対して提案するつもりだ」
そのときである。
「あのー そのリフォームって取材させてもらっても?」
「や、やめときなさいよお兄ちゃん!」
環菜が止めようとするが、亮二は目をギラギラとさせながらさらに前に出る。
こいつ……とんでもないな。
とてもじゃないが、俺はこの不気味な相手を前にしてここまで積極的な行動に出る事はできそうも無い。
「いかがでしょう!?」
「むろんそれは出来ない。 秘匿技術だからな」
わかってはいたことだが、甲楽城は無表情なまま首を横に振った。
「それに……もっと気にしなければならない事があるだろう?
あの部屋をリフォームするとなると、君は引越しをしなければならなくなるはずだが、どうするつもりかね?」
「あ……」
そうか。
リフォームをして心霊現象がなくなってしまえば、あの低料金では部屋を借りる事はできなくなってしまうのだ。
俺は目の前が真っ暗になった気がして、口をあけたまま凍りつく。
だが、そんな俺に向かって甲楽城はふたたび凍りつくような笑みを向けた。
「なに、心配はいらない。
この私の仕事を手伝ってみないかね?
その報酬として、君が引越しをするのに十分な報酬を約束しよう」
なんだ、この胡散臭くも魅力的な提案は。
とんでもなく嫌な予感がするというのに、ちょっとでも気を抜いたらそのまま頷いてしまいそうになる。
何か妖しい電波にそそのかされているようで、ひどく恐ろしい。
俺の隣では、亮二がその役目はぜひ自分にと目で訴えていたが、甲楽城はわざとらしくそれを無視して俺の目を覗き込んだ。
「……君の体についた痣は、マンションのオーナーを説得するときにとても役に立ちそうだからね」
あぁ、そうか。 たしかにこの痣にはそんな価値があるよな。
言われてみれば納得である。
「わかりました。 詳しい報酬の金額を教えてください」
「そう、それでいい」
甲楽城の真意を理解したとたん、なぜか俺は魔法をかけられたかのように素直に頷いていた。
いや、本当に魔術か何かをかけられていたのかもしれない。
なにせ……相手は本物の魔術師だったのだから。
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