第4話 ひとりかくれんぼ
ネットカフェのスタッフが立ち去ったあと、ただでさえ気まずかった空気は、別の意味で気まずいものとなってしまった。
いったいこの状況をどうすればいいのだろうか。
「先輩……巨乳好きなんですか?」
「まぁ……無いよりはあるほうが好きかな」
横目で俺を睨みつける環菜の視線が痛い。
なにか……なにか話題を変えなくては。
そうだ。
「あ……とりあえず動画の続き見ようか」
「そうですね」
仕方が無いので、たいして見たくも無い実況動画を俺達は睨みつけるようにして並んでみることになった。
おのれ、亮二。
この夜が明けたら、ただではすまさんぞ。
『さて、今から『ひとりかくれんぼ』をするわけなのですが、これがどんなものかを知らない人のために一通りの説明をしながら手順を進めたいとおもいます』
その台詞と共に、亮二による『ひとりかくれんぼ』の説明が始まった。
知っている人間からすれば面倒なだけなのだろうが、このあたりの初心者にも優しいやり方は嫌いではない。
『ひとりかくれんぼで用意する物は七つです』
そんな台詞を言いながら、亮二はカメラをずらし、ひとりかくれんぼに必要なものを画面に納める。
必要な道具とは以下のとおりのものだった。
・手足のついたぬいぐるみ
・米
・縫い針
・赤い縫い糸
・包丁かカッターナイフ
・コップ一杯の塩水
・爪切り
『まずは手足のついたぬいぐるみです。
今日はこいつを用意しました。
そして、この中身の綿をあらかじめ全部抜きます』
亮二は携帯電話メーカーのマスコットである白い犬のぬいぐるみをとりだすと、その腹に容赦なくカッターナイフを突き刺し、中の綿をすべて抜きだした。
「そして中に米を詰めます。
今日はさらに禁じ手である肉も詰めちゃいましょう。 初心者は真似しないように」
そういってやつが米と一緒にねじ込んだのは、コンビニで買ってきたビーフジャーキーであった。
さらに自分の爪を切り、そのひとかけらを入れたあとぬいぐるみを赤い糸で縫い合わせる。
そして縫い終わると、そのまま赤い糸をぬいぐるみに巻きつけた。
不気味な……遊びでやるにしては、あまりにも呪わしい光景である。
「では、ぬいぐるみに名前をつけましょう。
よぉ、お前は今からツネポンな」
おまえ、それ絶対俺の名前からとっただろ?
カメラの向こうにいる無精髭の男に、俺は小声で悪態をついた。
「じゃあ、最初の鬼は亮二だから。 最初の鬼は亮二だから。 最初の鬼は亮二だから」
ぬいぐるみに向かってまるで魔法の呪文のように三回同じ言葉を繰り返すと、亮二はカメラとぬいぐるみを手にしたままユニットバスのほうへと向かった。
そして浴槽に水を張り、その不気味な姿に成り果てた犬の人形を沈める。
ひどい見世物だ。 こんなものが人気なのか?
この見ているだけで痛々しくなるような儀式を終えると、亮二は部屋に戻り、家中の明かりや照明を全て消し、テレビをつけた。
そしてテレビのチャンネルをわざと砂嵐の画面にし、目を閉じる。
しばらくそうしていたかと思うと、今度はカッターナイフを構えてた状態でユニットバスのほうへと戻っていった。
何も知らずに見たならば、警察に通報されても仕方の無い姿である。
……これ、かなりヤバくないか?
中学の頃に、コックリさんやエンジェルさんという遊びをしていた同級生の姿を見た事があるが、画面の向こうに漂う不吉な空気はその時の比ではない。
ましてや、その部屋は都市伝説になるほどのいわく付き物件なのだ。
やがて亮二はユニットバスにたどり着くと、水の中にあるぬいぐるみを見下ろし、「ツネポン見つけた」と呟いた。
そして水の中からぬいぐるみを引き上げると、カッターナイフを振り上げ……。
「……うっ」
その猟奇的な光景に、俺は思わずうめき声を漏らしてしまった。
なんだよこれ、気持ち悪すぎるだろ!!
そして亮二は「次はツネポンが鬼」と何事もなかったかのように告げると、人形をふたたび水の中に落としてその場を立ち去り、塩水の入ったコップを手に押入れの中に隠れる。
なるほど、これが『ひとりかくれんぼ』と呼ばれる由来か。
「あとは怪奇現象が起きるまでひたすら隠れ、待つんです。
ただし二時間以内には終わらせることが決まりなので、いつまでも続くわけじゃありません」
環菜の解説を聞いている間にカメラは切り替わり、モニターにはテレビの砂嵐によって薄暗く照らされた俺の部屋だけが映っている。
なんとも心細く、気味の悪い光景だ。
「終わらせるにはどうするんだ?」
隣を見ると、この忌まわしい動画にあてられたのか、環菜の顔にもうっすらと汗が浮かんでいる。
この儀式を忌まわしいと思うのが自分だけではなかったことに、俺はすこしホッとしていた。
「終わらせるには、塩水を少し口に含み、隠れていたその場所から出ます。
そして、ぬいぐるみを探し、コップの残りの塩水、口に含んだ塩水の順にかけ、『私の勝ち』と三回宣言すれば無事に終了です」
「早く……終わればいいのに」
俺のかすれた呟きに、環菜は『そうですね』と言いたげな表情で小さく頷いた。
だが、一時間後。
怪異は訪れてしまったのだ。
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