第12話 臆病者の戦い
その日の真夜中、俺は廃工場で悪魔を呼び出す儀式を行っていた。
しかも、たった一人で。
隣には、用心棒役だったニキもいない。
「Yschiros, Theor Zebaoth, Wyzeth, Yzathos, Xyzo, Xywethororwoy……」
夜の静寂にか細い声が響き渡る。
ところどころ恐怖で震えているその声は、まるで自分の声ではないように思えた。
気を抜くと、歯がガチガチと音を立てそうになり、俺は下腹にぎゅっと力をこめる。
あ……あぁぁ、これはヤバい。
マジでしゃれにならん。
お願い、ほんと、無理。
みんなで力を合わせて戦うんじゃなかったのかよ!!」
なぜひとりでこんな作業をしているかといえば、すべては環菜の作戦によるものだった。
悪魔をこの場所に誘い込むならば、ひとりであることが一番望ましい……少なくとも、用心棒であるニキとは離れなければならない。
考えてみれば当たり前の事だが、肝心な『俺の身の安全』というものが綺麗さっぱり抜け落ちていることにお気付きだろうか?
むろん、対策が何も施されていないというわけではない。
聖水の入った水鉄砲はちゃんと腰に挿しているし、今回の悪魔召喚に使った【モーゼ第七の書】という
だが、結局はど素人の俺が描いた代物だ。
ソレがどれほどの効果があるかなど、試したいとは欠片も思っていない。
「Xantho, Wiros, Rurawey, Ymowe, Noswathosway, Wuvnethowesy, Zebaoth, Yvmo, Zvswethonowe, Yschyrioskay……」
俺は定められた呪文を唱えながら、手にした羊皮紙を睨みつける。
そこにはマンションの部屋に記されていた悪魔を呼び出すための紋章が記されていた。
こいつは悪魔にとっておのれの分身であり、魔術師との連絡手段でもある。
魔導書によれば、この紋章を手にとって呪文を唱えると、どこからともなく悪魔がやってくるらしい。
俺の持っていたイメージだと、魔法陣の中に悪魔が召喚されるというものだったのだが、むしろ見た目は逆だ。
俺が魔方陣の中にこもって悪魔を待ち受けている。
いわば、檻の中に入ってサメのいる海にもぐるというアトラクションのような状態だ。
なんでも、俺がイメージしていたそれは、有名なソロモンの鍵と呼ばれる魔導書特有のやり方らしい。
しかも、ひとりかくれんぼによって肉体を得た悪魔を相手にするならば、人形からむりやり悪魔の魂を引き剥がしてから喚ばなければならないため、悪魔を束縛の魔法陣の中に喚ぶ方法はむしろ難易度が跳ね上がってしまうのだとか。
本当に亮二の奴はいらない事をしてくれる。
「Ulathos, Wyzoy, Yrsawo, Xyzeth, Durobijthaos, Wuzowethus, Yzweoy, Zaday, Zywaye, Hagathorwos」
さて、長々と唱えていた悪魔召喚の呪文もそろそろ終わりだ。
悪魔がこない? そんな展開は無いだろう。
なぜなら……俺はとても運が悪いからだ。
「
俺は最後の言葉を口にする前に、喉を動かして唾を飲み込む。
それはシェイクスピアの小説「テンペスト」にも登場する風の悪魔であり、魔界の七王子の一人。
お前の名は……。
「
その瞬間、ピンと周囲の空気が張り詰めた。
自分の呼吸と心臓の音の他は何も聞こえないその空間の中に、たしかに何かの気配を感じる。
あぁ、見ているな。
そして警戒し、俺の呼び声に抵抗している。
それは、ちょうど釣竿に軽い当たりが来たような感覚だった。
俺はライターと新聞紙を手に取ると、火をつけて魔法陣の中に入れておいたドラム缶の中に放り込む。
その中には油と石炭が入れてあり、パチパチと爆ぜるような音と共に真っ赤な炎が噴き出した。
そして、十分に火が
これは悪魔がなかなか召喚に応じないときに使うよう指示された儀式だ。
わざわざここまでして悪魔を喚ばなくてもいいんじゃないのか?
バチカンなりロシア正教なりの聖職者を呼んで、誰か他の人に悪魔を退治してもらったほうがいいんじゃないだろうか?
こんなの、ただの一般人がやることじゃないだろ!!
……けどな。
ここで引いたら、ひとりだけ逃げるようなまねをしなかった亮二にも、俺に才能があるといって期待してくれた甲楽城にも、一緒に戦ってくれるといってくれた環菜にも、合わせる顔がねぇんだよ!!
俺は心のそこから湧き上がる不安と言い訳を飲み込み、懐からメモを取り出す。
そしてわざと大きな声で、やけくそになりながら悪魔に召喚を強制する呪文を読み上げた。
「……Zijmuorsobet, Noijm, Zavaxo, Quehaij, Abawo, Noquetonaij, Oasaij, Wuram, Thefotoson, Zijoronoaifwetho, Mugelthor, Yzxe, Agiopuaij, Huzije, Surhatijm, Sowe, Oxursoij, Zijbo, Yzweth, Quaij, Salrthos, Quaij, Qeahaij, Qijrpu, Sardowe, Xoro, Wuggofhoswerhiz, Kaweko, Ykquos, Zehatho, Aba. Amen!」
そして呪文を唱え終わった時である。
ハァッ、ハアッ……。
コンクリートを引っかく爪の音と共に、荒い獣の息づかいが聞こえてきた。
あぁ、何度も夢の中で襲われた俺だからわかる。
間違いなく、奴だ。
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【参考文献】
モーゼ著(?) 『The Sixth & Seventh Book of Moses』
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