第11話 玩具戦争のはじまり

 あれから三日と言う時間が過ぎた。

 ここ数日、俺は甲楽城の伝手を頼って市内にある安いマンションに仮住まいをしている。


 なぜそんなに悠長なことになっているかというと、ひとえに悪魔と戦うための準備と言う奴がなかなか進んでいないからだ。

 具体的には、戦争を仕掛ける場所と、その時に使う武器の選定である。

 だって仕方が無いだろ?

 相手はハリウッド映画に出てくるゾンビのようにバットで殴ったり銃弾を打ち込んだりしたら死ぬような奴じゃないんだし、そんな化け物と戦うための準備となるとなかなか準備が難しいのだ。


 というわけで、俺は悪魔がいつ襲撃してくるかと怯えながら、部屋にこもりっきりになっている。

 一応は対策をとっていて、玄関には左右に盛り塩を置き、窓には亮二のもらってきた神社のお守りをすだれのようにいくつも垂らしておいた。

 一応は西洋系の悪魔らしいので、日本のお守りが効果をもつかどうかはわからないのだが、甲楽城の使い魔であるニキが何も邪魔しないところを見ると、すくなくともまずいことをしているわけではなさそうである。


 とまぁ、そんなわけで思ったより平穏な日々が続いていたわけなのだが……。


 ギャアァァァァァ!?

「な、なんだ?」

 いきなり聞こえてきたけたたましい悲鳴に目を覚まし、思わず布団から跳ね起きる。

 そして俺はおっかなびっくり音のした方向……玄関に向かった。

 すると、夜のよどんだ空気の中に鉄臭い異臭が漂っているではないか。


 いったい何があった?!

 心のどこかでは見たくないと思いながらも、俺は手探りで壁のスイッチを押して明かりをつける。


「……ニキ?」

 どこか薄暗い電灯の明かりに照らされたのは、白い羽が何箇所も赤く染めたニキであった。

 とは言っても動きにぎこちなさがないところをみると、特に怪我をしたわけでもなさそうである。

 その場で膝をつきながらホッと息を吐く俺を尻目に、ニキは洗面台に舞い降りると、くちばしを使って器用に蛇口をひねり、血で汚れた羽を洗い始めた。

 そして何をしている、さっさと掃除をしろ……といわんばかりに、汚れた玄関の床を見ながら一声鳴く。


 なぁ……それ、何の血なんだ?

 勝手に冷蔵庫から冷凍マウスを出して解凍したってわけじゃないよなぁ。


 おそらく、こんな状況を予想して甲楽城は俺のところにニキを預けたのだろう。

 なぜなら……俺はとても運が悪いからだ。


 俺は改めて『悪魔に狙われている』というおぞましい状況を理解し、嫌な汗をかいた。


**********


「……と言う事が昨日あったんだ」

「うぉぉぉ、その時の写真は!?」

 俺が語り終えると、亮二は興奮して俺の胸倉をつかんでゆさぶってきた。

 ほんと、ブレないなお前。


「そんなもの撮っているわけないでしょ。 常識で考えなさいよ」

「常識的に考えれば、撮っておくに決まっているだろ?」

 呆れたように呟く環菜にも、亮二は何を言っているといわんばかりに首をかしげる。

 どうやら神はバベルの塔を砕くときに、言葉だけでなく人類共通の常識というものも打ち砕いてしまったらしい。


「それはさておき、この状態だとバイトに行くのも無理だよなぁ」

「さすがにコンビニのバックヤードでニキちゃんが待機しているわけにも行かないしね」

 俺の困り果てた言葉に、環菜がしみじみと同意する。

 

「俺が襲われるのはともかく、客が巻き込まれるのはさすがにまずい」

「あー まぁ、それもあるわよねぇ」

「そんなわけで、出来るだけ早く決着を付けたいんだ。

 このままバイトを休み続けるとクビになる」

 甲楽城に頼めば医者の診断書の偽造ぐらいやってくれそうな気もするが、それでも働かない人間を雇い続けるほどウチの店のオーナーは緩くない。


「そうね、そろそろ決着をつけないと、甲楽城も呆れてニキちゃんを回収しちゃうかもしれないわね」

 おいおい……恐ろしいこと言わないでくれ。

 だが、あの甲楽城なら十分にありえる話だ。


「ちなみに私が決戦の場として考えているのは、ここよ」

 そういいながら、環菜はタブレット型パソコンで地図を呼び出し、市の外れにある拾い空き地を指で示した。


「どんな場所なんだ?」

 俺の疑問に答えたのは、亮二だった。


「廃工場だ。 雑誌の仕事で付き合いのある廃墟マニアのやつらに色々と資料をもらって比較したんだが、隠れるための遮蔽物や武器の運用、あとは戦力なんかをここが一番いいらしい」

 さすがオカルト雑誌のライターだけあって、こういう場面では顔が利くようである。


「あと、誰かが入り込んで巻き添えになる確率の低さも考慮してるのよ?

 ここならば、廃墟マニアにもまだあまり知れ渡ってないから、訪れる人もまずいないでしょうね」

「それは大事だな」

 これで無関係な人間を巻き込んで死なれでもしたら、かなり目覚めの悪いことになるだろうし、そういう配慮は実にありがたい。


「で……悪魔と戦うための武器は決まったのか?」

「ええ。 色々と考えた結果、私が選んだのはコレよ」

「……水鉄砲?」

 環菜がタブレット型パソコンのページを切り替えると、そこに表示されたのはライフルと同じぐらいの大きさをした、見た目だけはかなり凶悪な水鉄砲だった。


「そう、水鉄砲。 ただし、中には悪魔が嫌う聖水をいれて使うつもり」

「銀のナイフや破魔矢などといった候補もあったんだが、初心者でも扱いやすくて警官に見つかっても職務質問されないという点を考慮した結果、こいつに決めたそうだ」

 なるほど、考えたな。

 たしかにそこは盲点だったよ。


 しかし玩具で戦争か。

 まるでゲームのキャラクターにでもなったような気分だ。


「……で、いつやるんだ?」

 できれば数日中に決着を付けないと、悪魔を倒しても俺の生活が破綻する。


「たぶん、ネットで注文した奴が明日届くから、明日の夜でどうかしら」

「わかった」

 すると、環菜は大きく頷いて席を立った。


「じゃあ、今日は現場の下見に行きましょうか」

「い、今からか?」

 そろそろ太陽は西に傾きかかっている。

 今から現場に行って、帰りは夜の闇の中と言うのはちょっとご遠慮させていただきたい。


「日が暮れるまでにはまだけっこうな時間があるもの。

 心配しなくても、それまでには終わるわ」

 片目を閉じながら環菜は俺の腕を引いて外に連れ出し、亮二が苦笑いをしつつその後に続く。


「情報を制するものが、戦いを制するのよ」

 いや、言っている事は正しいのだが……なんだろう。

 最近、どうも環菜に振り回されっぱなしのような気がするのだが?


 そんなことを考えていると、後ろにいた亮二がボソッと呟いた。

「素直にあきらめろ」

 あぁ、やっぱり俺は運が悪い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る