第3話 動画配信者

 「へぇ……ここが本物の『狂犬の部屋』か。 やっぱ見た目は普通だな」

 俺の部屋にやってきた亮二は、中を見渡すなり失望とも取れる言葉を口にした。


「期待にそえなくて残念だが、見てのとおり壁や天井に変な模様があったりするわけじゃないんだ」

 当然だが、俺の部屋はよくあるオカルト番組の幽霊屋敷よろしく異臭がしたり変な染みがあったりするわけではない。

 でなければ、いくら家賃が安くとも俺がこの部屋に引っ越してくることはなかっただろう。


「いやいや、そんなことないですって。

 今まで入った曰く付きの物件も、見た目は普通の家だったからこういうのもおかしくないし」

 こいつ、この手の建物に入るのは初めてじゃなかったのか。

 本当に物好きな奴だ。


「そもそも、その腕の痣を見ればここが普通じゃないのは十分にわかるっしょ」

 そう言いながら、亮二は俺の左腕を指で示す。

 だが、逆にこの部屋がそのいわくつき物件であるという物的証拠はそれだけだ。


「あ、よかったら体についた痣も撮影させてくれない? 絶対視聴率取れるし」

「まぁ……そんなものでよかったら」

 俺は上着を脱いで、左腕についたものだけでなく、それ以前の肩や脇腹についた痣も見せる。

 本当は足にもいくつかあるのだが、環菜のいる場でパンツ一枚になるのはどうかと思ったし、亮二だけだとしてもそこまで見せる必要はないだろう。


「先輩、それ痛くないんですか?」

「うへぇ、本当に歯形だよ。 マジすごいわ、これ」

 眉をひそめる環菜と対照的に、亮二は嬉しそうにカメラを回し続けた。

 こいつ、本当にオカルト好きってやつなんだな。


「なぁ、そろそろいいか? あまりこの部屋にいたくないんだ」

 いままではここで眠るのがいやなだけで、そこまで忌避感をもってなかった。

 だが、心霊物件として取材までされるとさすがにここにいるだけで気味が悪いと感じてしまう。


 この先、俺はこの部屋とどう向き合ってゆくべきだろうか?

 いや、むしろさっさと引っ越したほうがいいのだろうか?


「あ、いいっスよ。

 じゃあ、俺は今晩ここにお邪魔して撮影しますから……あ、よかったら番組も見てくれると嬉しいっスねぇ。

 よかったら、チャンネル登録よろしく」

「あ……あぁ。 そうだな。 気が向いたらそうするよ」

 そんな心を伴わない挨拶を交わすと、俺はそそくさと部屋から出る。

 向かうのは、車で5分とかからない場所にあるいつものネットカフェだ。

 だが、今日はひとりでの来店ではなかった。


「山尾、なんで……こっちにきているんだ?」

 山尾といっても、兄ではなく妹のほうである。


「えーだってぇ、兄からも、一人で実況したいって言われてるし。

 それに怖い目にあうのはイヤじゃないですか」

 その理屈はわかるが、表情が完全に裏切っていた。

 いったい何が理由だ?


「あと、心霊現象より先輩のほうに興味があるっていったらどうします?」

「……年上をからかうな」

「冗談じゃないんだけどなぁー。

 あ、店員さん。 この部屋でお願いします!」

 そう告げると、環菜は俺の会員カードを手にとって、勝手に店員に話しかける。


「おい、これって……」

「カップル向けの席ですけど、なにか?」

 眠る意外の目的でカップル席を利用するのは初めてだよ。


 さて、ようやく待望のネットカフェにはいったのはよいのだが……どうも気まずい。

 女性と付き合った経験がないわけではないが、得意ではないのだ。

 何か気のきいた言葉でも切り出せば会話も弾むのかもしれないが、何を話していいのかさっぱりわからない。

 あいにく、この連日のネカフェ通いで好きな漫画もあらかた読みつくしている。


「とりあえず……お前の兄貴がどうしているか、ネットの生放送でも見るか」

「えー なんか雰囲気でないっていうか……」

 予想通り、環菜の声は不満そうだ。


「お、ページが 見つかったぞ」

 教えられたアドレスを入力すると、『戦慄! 狂犬の部屋でひとりかくれんぼ』という題名の動画が再生され始めた。

 見れば、俺の部屋の中で亮二がにこやかな表情をしつつカメラに向かってしゃべっている。


『数年前からネットで話題になっている狂犬の部屋って知ってますか?

 そこに泊まると、夜中に巨大な狂犬に襲われるっていういわくつきの部屋なんですけど、なんと知り合いを通じてその心霊物件の場所をついに突き止めました! 本物です!!』

 そして画面が切り替わり、被害者の写真として自分の体についた黒い歯型の痣が映る。

 微妙に嫌な気分だ。


『そして今日は、そのいわくつきの場所で、なんとひとりかくれんぼをしたいと思います!』

 そういえば、動画の題名にもそんな単語が出てきていたな。


「……ひとりかくれんぼって何だ?」

「あ、先輩知らないんですか?

 ひとりかくれんぼっていうのはですねぇ、幽霊を呼ぶ遊びです」

 思わず口にした台詞に環菜が答えた。


「やばいんじゃないのか? それ」

「けっこう危ないって聞きますね」

「大丈夫なのか? お前の兄貴」

「まぁ、あれで一度も危険なことにあったことはないので、たぶん大丈夫だとおもいます」

 頼むからそういう台詞は俺の目を見て言ってくれ。

 畜生、もしも何か事件でも起きたら、部屋の持ち主である俺にも責任がくるんだぞ?

 ……やっぱり、この企画に手を貸すのはやめたほうがよかったのかも知れない。

 もはや後の祭りではあるが。

 俺の心配をよそに、亮二の動画は順調に来場者を増やして行く。


『……というわけで、うちの妹の協力によりついにあの『狂犬の部屋』を見つける事ができました。

 では、さっそく中を詳しく拝見したいとおもいます。

 エロ本どこかなぁ?』

「う、うわっ、なにしてるんだ! やめろ!」

 亮二は迷わずオーディオ設備のスピーカーの板をはずすと、俺の秘蔵コレクションを抜き出した。

 なんでわかるんだよ!


『持っているCDの数が少なくて無難なものばかりなのにやたらと立派なスピーカー。

 あからさまですねぇ。

 おっ、これは……うーん、いい趣味してますねぇ。

 ただ、巨乳好きとなると、ウチの貧乳妹では勝算薄いかな?』

「ちょっと、馬鹿兄貴! なんてこと言い出すのよ!!」

 亮二の完全なセクハラ発言に、環菜もまた悲鳴を上げる。

 あぁ、これは後でオカルト番組より恐ろしいことになるぞ。

 俺が戦慄とともに背中を丸めたそのときである。

 背後に何者かの気配が生まれた。

 ……何者!?


「すいません、他のお客様のご迷惑になりますので、お静かにお願いします」

 それは、凍りつくような目をしたネットカフェのスタッフであった。

 俺たちが平謝りすることになったのは言うまでもない。

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