第7話 サルでも出来る木登り教室

 C級ダンジョンで狩りをする場合に最も効率的な方法は木の上からの狙撃だ。

 だからまず木登りができないと話にならない。


 「まずはゴブリンと戦う前に木登りをしてもらう」

 「何でですか。木登りは関係ないんじゃ……」


 自分より強い敵に遭遇したり、疲れて休憩をしたい時に敵の手が届かない木の上は最高の場所だ。

 大森林の敵は何故か木登りができないやつが多い。高い木に登れれば周囲の確認もできるし、生存確率も大きく変わる。大森林ではモンスターに囲まれても木に登れば何とかなる事がほとんどだからな。


 「だから大森林で戦うには木登りが出来るのが最低条件なんだよ」

 「そうなんですか?」


 まずは何でもやってみないと分からない。

 俺は登りやすそうな木の前に立ってつばさの方を見た。


 「まずはこの木を3分で登るのが目標だ」

 「3分は無理ですよ。もうちょっと時間が欲しいです」

 「あのな、俺なら1分も掛からずに登れるぞ? 本当なら3分でも掛かり過ぎだ」


 つばさの視線が冷たかったので手本としてまずは俺が登ってみる事になった。

 

 何だよその目は。どうせ無理だろみたいな目をしやがって。

 俺は木登りの重要性に気付いてからは毎日木に登り続けた男だ。これくらいの木だったら楽勝なんだよ!

 

 俺は勢い良く木に登っていく。つばさの唖然とした顔が面白くて仕方がない。

 つばさはちょっと調子に乗ってたからな。これを見て鼻っ柱を折れればいいんだが。


 「本当に登っちゃった」

 「コツは両手で輪を作る感じで幹から体を離すイメージだ。両足で正面から幹の上を歩くような感じだな。幹には抱きつくなよ? 逆に登りにくいからな」 

 「難しいですね……」


 大森林の木はそこそこ太いので体の小さなつばさには難しいかもしれない。

 でも足場になる枝が少ない木が多い大森林ではこの登り方が一番楽なはずだ。


 「あくまでも両手は後ろに落ちないように支えるのみに使え。両足で幹を蹴るように体全体を幹から突き放す感じで登るといいぞ」

 「むぅぅ……」


 結局この日はつばさが木に登る事は出来なかった。

 次の日もダメ。少しは登れても上まで登りきる事は出来ない。

 ずっと木登りの練習をしている訳にもいかないと合間に行った近接戦闘の訓練は良い感じなのに木登りは一向に上手くなる気配が見られなかった。


 俺は木の上で接近してくるゴブリンを撃ち殺しながら考えた。

 木登りにおける基本は形になっているのに、何故最後まで登りきる事が出来ないのか? 俺にあってつばさにない物はなんだ? そう考えた時、俺の頭に電流が奔った。


 「そうか、そうだったのか!」

 「き、急にどうしたんですか?」


 俺にあってつばさにない物、それは筋力だ!


 つばさは木に登りきるだけの筋力が足りないに違いない。考えてみたら彼女は何の訓練もしたことがない10歳の少女だった。

 死ぬ直前の身体データがこの世界でも適応されているとしたら、ありえない話ではない。


 「つばさ、お前に足りないものが分かったぞ」

 「ほ、本当ですか!?」

 「お前に足りないものは筋肉だ! 今すぐ町に戻って筋トレするぞ!」

 「えぇ……」


 実はこの世界、レベルとかステータスが無い代わりに筋トレとかすると普通に筋肉が付く。筋トレは電脳世界でも裏切らない。


 俺は嫌そうな顔をするつばさを引きずって町に帰っていった。


・・・


 つばさの筋トレは過酷を極めた。

 何故ならつばさが直ぐに逃げようとするからだ。


 俺は何とか彼女に楽しんで筋トレをしてもらうために工夫を凝らした。

 エクササイズやヨガを取り入れてみたり、自作で筋トレマシーンを作ってみたりもした。


 その結果、少しずつだが彼女のポニョポニョした体が引き締まってきた。最近はつばさも筋トレが楽しくなってきたのか文句を言わなくなってきている。


 そして1ヵ月が過ぎ、俺達は木登りのリベンジにC級ダンジョンへと足を踏み入れたのだった。


 「落ち着いて登るんだぞ?」

 「はい。わかってます」


 相手は15m級の大木だ。1ヵ月前までの彼女だったら登る事は出来なかったはず。でも今なら!


 「教えた事を思い出せ!」

 「はい!」


 つばさは大木をスルスルと登っていく。あの頃とは段違いだ。

 まだ登る早さに難ありだが、これなら合格点を出してもいいだろう。


 「師匠! 登れました、私登れましたよ!」

 「あぁ、見てたよ! 良くやったな!」


 スルスルと降りてきたつばさを抱きしめる。感動だ。頑張ったもんな、よくやったよお前は。


 ……何か忘れてる気がするけど、まぁいいか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る