8月27日「追悼」


三十九日目








 雨が打つ。ぱらぱらと、ぱらぱらと。


 混沌と混乱を極めた。里の人々が夏目邸に集まり、説明会を受けている。それを晃は暗い目で、聞いていた。照と玉置議員がしている説明を傍観する。


 この人達が殺したのか、と思う。


 どんどん、暗くなる。


 金山──欲望、疑心暗鬼。結局の所、化け物はあの子じゃない。吉崎は言った。お金は自分の手で稼げ、と。そう思う。金塊は、人間の心を狂わせるのかも知れない。


 見てみろよ、どいつの顔も。晃は小さく笑う。どいつもこいつも、卑屈だ。自分達の財産を失う恐怖と秘密を吐露された恐怖に、脅えている。


 晃は長兄を見る。顔に感情を見せない。多分、陽一郎の事だ。腹の底にあるは怒りだろう。陽一郎は理不尽な事は許さない。その理不尽の集大成を目の前にして、陽一郎が聞き流すわけが無い。ただ、こらえているのかもしれない──。


 亜香理が隣にいた。逆側には志保が。離れて一郎少年もまた、むっつりとこの話に聞き入っている。その目にあるのは、当惑だった。


 議論は続く。延々と。照おじさんの苦々しい怒りすら感じられる。


 罪を犯して、なお罪を犯したいのか。人は金山を手放そうとしない。


「あれは我々の財産だ!」


 誰かが獰猛に吠えた。別に誰が誰でもいい。晃は暗い目で、人間達を見やる。心から人間がニクイと思えた。どうして? 疑問符が浮かんでは消える。


 そんなに人の命より、金塊の重さの方が大事なんだろうか。


「そうじゃないさ」


 と察してか、北村は独り言のように呟く。


「過去を認めるのが怖いんだよ。恐ろしいんだと思う」


「夏目……晃」


 と一郎が呻く。晃はちらりと一郎を見た。


「わりぃ。あの……まだ、志保を助けてもらったのにお礼を言って無くて……」


 晃はきょとんとする。志保もそれは同じだ。


「違うよ」


 にっこりと晃は笑った。その瞬間だけ、晃の目から仄暗さが遠のいた。


「志保ちゃんが助けてくれたんだ」


「……私もありがとう」


 と志保が晃にペコリと頭を下げる。


「え?」


「晃君とお友達になれて良かった。ありがとう」


 晃は思いがけない言葉に固まり──すぐに笑顔になる。それを一郎は少しだけ、ほんの少しだけ面白くなさそうに見ていたのが、亜香理は微笑ましかった。


 晃は笑っている方が良い。妹が言うんだから、間違いない。


「夏目は介入するな!」


 そう誰かが叫んだ。そうだ、そうだ、と連呼する大人達。罪の言い訳、それは事故だと今なら言い切れるだろう。だが、そんな事はさせない。晃はぐっと拳を握るのを抑えたのは──美樹だった。


「姉さんっ!」


「晃にそれは似合わない」


 小さく笑む。


「実力行使は、陽アニと大アニに任せよう?」


 ニコニコ笑って、美樹は言う。何かをたくらんでいるらしい。


「あれは事故だ!」


 誰かが叫ぶ。


「我々に非は無い」


「疑心を抱かせた矢島が悪い!」


「管理を放置した夏目の責任だ!」


「俺達は財産を守る権利があった!」


「狂人だろ、結局は矢島の息子は。俺達の仲間を喰って生きながらえてたんだからな!」


「な……?!」


 晃の怒りが浸透するより早く、爆弾は弾けた。


「ふざけんなぁっっっっ!」


 吉崎が吠える。


 その場が静まりかえった。北村と優理は、当の本人を見やる。やれやれ、やはりそうきたか。まぁ吉崎を制止しておくのは不可能だ、こういう事態になれば。


 北村は陽一郎を見る。興味なさ気だが、吉崎の一動に唇の橋がほんの少しだけ微笑んでいるのが分かる。この男は、と思う。分かっていたが、なかなかの食わせ物だ。


「てめぇら、自分のやった事が分かってるのか!」


 答える声は無い。


「ふざけんなよ? 人を二人も殺しておいて、まだ金山の事を言うのか?」


「子どもは自然死、親は事故死だ」


 と町医者が呻く。


「何が自然死だよ、ふざけんなよっ! 十年も子どもがあんな洞窟の奥底にいたんだぞ? てめぇらの勝手から逃れて、今まで生きてきたんだぞ。生きる術もなく、言葉すら分からずだったんだぞ? さぶけんな、ふざけんな、ふざけんな! あんた達はこれからこの先、自分の子どもに『人殺し』の烙印を押させるのか??? これからまた、疑心を生んだら同じ事を繰り返すのか? 今度は夏目を殺すのか? 俺か? 北村か? 優理か? 志保か? 一郎をか? ずっと繰り返していくつもりか? いい加減、目冷ませよっ!」


 重い沈黙。戦慄にも近い。

 志保がすっと立つ。


「志保?」


 一郎が見上げる? 強い目だ。志保はこんな顔をしていたんだろうか? こんなに大人だったろうか? こんなに背が高かっただろうか。こんなに距離が遠かっただろうか、と思う。


 花を踏みつぶさないで、と泣いていた志保。わざと踏みつぶした一郎。でも、と志保が口にした言葉が痛い。晃君はね、花も生きてるんだよ、って言ってくれたの。にこにこ笑って。心から嬉しそうに。お花も生きてるって思うのは変かもしれないけどって私が言ったら、それなら晃君も変なんだ、って言ってくれたから。


 にこにこ笑って。にこにこ笑って。にこにこと。


 志保は深呼吸をする。そして、そんなに大きな声では無い程、突き刺さる一言を叩き付けた。


「ひとごろし」


 慄然とする。


「部外者の言う事に騙されるな!」


 誰かが叫ぶ。


「こっちに来い、志保。一郎!」


 一郎は志保の顔を見る。断固として、動く気配は無い。だから──情けない事に一郎は動けなかった。自分の意志決定ではなくて、志保に嫌われたくないと初めて思った。そんな自分が情けない。そして、ずる賢くて、弱虫で──晃に勝てない、そう思う。


 美樹も立った。その顔には呆れと嘲笑が滲む。


「騙していたのは貴方達でしょ、ふざけないでよ!」


 と冷たく睨む。


「ガキはすっこんでろ!」


 誰かが応酬する。美樹はそれにも何も動じない。


「短絡」


「なに?」


「反論できないと、罵倒。脳みそが足りない」


 もはや言葉なく一足触発な緊張状態だった。大人達の目に殺気が宿っている。まぁ、わざとそう仕向けた、というのはあるが。陽一郎は志乃と目を合わせた。コクンと頷く。ここらへんで良いのかもしれない。陽大に合図をする。


 陽大はポケットから、掌サイズの機械を取り出した。それを弥生が持っていたノートパソコンに接続する。夏目かに拝借してきたものだ。少年少女の奇行に、人々は唖然とする。それが何なのか分からない、晃達も同様だ。


 パソコンを弥生は操作する。と室内のスピーカーから声が流れた。


 照の声だ。


『金山閉鎖の検討集会を行いたいと思う』


 苦々しく宣言した、最初の一言。それから今まで彼らの発言が一言も漏れずに収められていた。


『報告』


『十年前』


『夏目の責任だ」


『非は無い──』


『疑心を抱かせた矢島が悪い!』


『管理を放置した夏目の責任だ!』


『俺達は財産を守る権利があった!』


『狂人だろ、結局は矢島の息子も。俺達の仲間を喰って生きながらえてたんだからな!』


『ふざけんなぁっっっっ!』


 吉崎の怒号。そして──


『ひとごろし』


 志保の冷然とした声が流れた所で、弥生は止めた。演出としてはベスト。陽大は陽一郎を見た。


 (後は兄さんに任せたからね)


 にこっと笑う。陽一郎は立ち上がって、そのまま照の元へと歩いた。横には一緒にいるのが当たり前のように、志乃がいる。里の人達は、陽一郎達が近づくと、二つに割れた。まるで波のようだ。恐れている。脅えている。だから自己を正当化しようとしている。空しい、と思う。今はいいかもしれないが、やがてそれすら人々の間で化膿し、腐り、大きな罪意識ばかりが残っていく。晃は許さないと思っているかも知れない。その気持ちも分かる。でも、と思う。それしか残らない。それじゃ、何の意味も無い。


「もう、やめませんか、こんな事?」


 陽一郎の声は物悲しさすら感じる。怒りも憎悪も無い。ただ物悲しい。


 雨が窓を打ち付ける。


 ぱらぱら。ぱらぱら。まるで誰かが泣いているようだ。雨は良い想い出が無い。だが、陽一郎は雨が嫌いじゃない。父さん達が死んだ日は雨だった。吉崎に殴られた日も雨だった。そして今日だ──。


 雨は全てを流す。そんなの嘘だ。


 ただ水が流れるだけだ。ただ、それだけだ。過去は流れない。過ちは流れない。死んだ人は生き返らない。それだけ、それたけが世界で果てることなく繰り返される。


 晃の暗い目を見やる。


 なぁ、晃? あんまり憎むな。父さんと母さんは、きっとそんな晃は見たくないぞ?


 (俺もそんな晃はイヤだな──)


 陽一郎は顔を上げる。過去をなかったことに彼らはしたいだろう。晃は志保は彼らを許さないだろう。だが、そのどちらも良い結果は生まない。そもそも、もういい結果なんて無いだろうげど。


「終わりにしましょう」


 陽一郎は小さな声で、宣告した。──それて提案では無い。宣告であり、宣言。命令、強制。否は言わせない。陽一郎は有無を言わさない視線で射る。誰もが沈黙だ。もう言い訳はやめてほしい。言い逃れなんかできない。責任を取らなくてはいけない。命を奪った、その事実は何より重い──


「金山を閉鎖させる……のか」


 苦悶の声。躊躇い、戸惑い、悪あがき。抵抗したい感情と抵抗できない感情。

 だが陽一郎はそれを許さない。それすら許さない。


「金山を閉鎖しないというのなら、全てを公表します」


 毅然と言う。夏目という企業も破滅に追いやる言葉だ。照には言えないだろう。だが、陽一郎には言える。陽一郎が言わなくてはいけない。


 長兄を見る、三男坊の目に、暗さが薄れていくのが分かる。多分、傷は消えない。晃の中で一生残るだろう。ただ、夏目陽の息子として、長男として、陽一郎が望む選択だ。甘いのかもしれない。青いのかもしれない。本来なら犯罪だ、公表するべきだ。


 だが陽一郎にはそれはできない──志保や一郎や、その他の大勢のこの里の子ども達の未来を考えたら-──それは大人が背負うべきなのだ。


「多数決をとる」


 照が言った。


「金山の閉鎖に賛成の者」


 沈黙。重苦しい空気。ゆっくりと手が上がる。それは罪を認めた瞬間だった。


「反対ゼロ」


 楠が機械的に言う。照は頷いた。最終決定権は玉置議員に委ねられる。


 玉置は重い体を起こして、立ち上がった。ゆっくりと手を上げて、静かに宣誓する。


「金山を閉鎖する」











 雨はさらに強くなる。傘もささず、多くの人が山を囲んでいた。


 まるで魂を送り出すようだ。これは葬儀なんだろう。過ちと悔恨を一生背負う。それを餞別に彼は旅立つ。この山が、間もなく跡形も無く消える。此処が、彼の墓になるのだ。


 大量の爆薬が、天緑山の地下洞窟に仕掛けられた。その作動を待つまで、30分。静かに待つ。


「朝倉」


 と照は微動だにせず言う。


「あ?」


 朝倉は妻と並んでいた。妻は深く黙祷を捧げている。


「お前は一社員だ。別に此処まで一緒に来ることはないんだぞ?」


 朝倉は頬を掻く。


「そんなんじゃない」


「じゃあ、なんだ?」


 朝倉は目を閉じる。


「俺たちの息子の決断だからだ」


「そうか」


 言葉を切る。照も目を閉じる。


「なぁ?」


「社長、随分と多弁だな」


 わざと揶揄する。言いたい事は分かってるから。


「陽はどう思うだろうな?」


「さぁ、な」


 そんな事は陽にしか分からない。その陽はいない。


 日向はじっとその会話を聞いていた。陽なら。そうねぇ、きっと陽一郎とたいして変わらないじゃないかしら。そう思う。


「陽ちゃん」


「うん?」


 志乃と陽一郎は寄り添う。寒い、あまりに寒すぎる。夏休みとは思えないほどに、体も心も寒すぎる。


「これでよかったんだよね?」


 志乃が陽一郎を見上げる。陽一郎は背筋を伸ばしたまま、表情を硬くする。


「正直、分からない」


「うん」


「これでいいのか、なんて分からない」


「うん」


「でも」


「でも?」


「中途半端な結論でも、これしか無い」


「まぁ、いいんじゃねーか?」


 濡れる事も気にせず、吉崎は座り込んでいた。清々しそうに、山の向こう側を見つめている。優理もごく当たり前のようにそれに倣っている。なんだかんだ言って、この二人は似ているのだ。


「良いも悪いも無いんだよ、きっと」


 北村が小さく微笑む。桃はイエスでもノーでもなく、陽一郎にむかって微笑んでみせる。


「陽一郎、あんま考えこむと禿げるぞ?」


 にっと笑って、誠は言う。


「陽アニ苦労人だから」


 美樹が言う。陽一郎を除いて周囲に小さな笑いが湧いた。その苦労の要因が、堂々と発言してるんじゃないと憮然とする。まぁ、それをなだめてくれるのはいつも志乃だ。志乃はいつも傍にいてくれる。志乃がいてくれるから、陽一郎は今、こうやって立ち続けていることが出来るのかも知れない。


 夏の初めから終わりまで、こうやって一緒にいれたから──


「晃」


 と陽大は声をかけた。俯いていた晃は顔を上げる。志保と一郎は心配そうにそんな晃を見ていた。


「目をそらすなよ?」


 陽大はニッと笑う。


「お前の友達の居場所だ、此処が」


 墓とは陽大は言わなかった。居場所、と言った。晃はぐっと拳に手を握る。分からない。どう感情を整理していいのか分からない。ただ、もやもやとした濁流が、晃の中で蠢いては、何か衝動へ駆り立てようとする。それをかろうじて止める理性。こんなに誰かが憎いと思った事は無い。陽一郎ですら憎い。断罪すればいいのに。同じ罪を背負わせればいいのに。同じ状況を味わえばいいのに──。


 時間が経過すれば経過するほど、憎しみばかりが蓄積されては沈殿していく。


 結局は何もなかった事にする、って事でしょ?

 あの子を最初からいなかった、という事にする事。


 あれは夢だった、と思うこと。

 あとは何も変わらない日常が帰ってくると誰もが信じてやまない。


「晃、それは違うよ」


 陽大は言った。晃は目を見張る。


「一生、この土地が有り続ける限り、背負うんだよ」


 優しい声で、柔和な笑みで、死刑宣告を下す。一郎はゴクリと唾を飲み込む。


「誰もみんな忘れられないよ。悪夢になって夢を見て、それでも許されない。玉置議員は十年間、その夢ばかり見てきたんだってさ」


 何でもないように言う。特に関心も無いように。感情もこめずに。


「それをみんなが一生、背負うんだ。秘密にするという事はそういう事なんだよ?」


 微笑をたたえる。ただ、天緑山の向こう側に視線を送って。


「晃に許されない事をみんな知っている。それでも、許しを乞いながら、ここの人達は生きなくちゃいけない。兄さんは一番、残酷だよ」


 小さく笑う。それは当然だ。だけど、ね。陽大はそう付け加える。


「晃、友達だけは憎んじゃダメだよ? 折角、志保ちゃんと一郎君と仲良くなったんでしょ?」


「……」


 分かってる。分かってる。だから──憎みきれない。志保の事は憎めないから。志保の事を嫌いになるのは無理だから。


「よくあの不衛生な場所にいたよ」


 誠は呟く。


「十年か、気が遠くなりそう」


 弥生は祈る。


「私は──」


 亜香理は晃の気持ちが痛い程伝わってくる。晃のやるせなさ、悔しさ、憎さ、怒り、全て全て。寸分のズレもなく、想いが亜香理に浸透してくる。兄妹だから。時々はあった感覚だが今、とても敏感に働いているらしい。


「無事でいてくれてよかった」


 亜香理はにこっと笑ってみせる。晃の手をしっかりと握って。この手を二度と握れないのかと思った。お父さんとお母さんがいない。それなのに、晃までいなくなるのは、亜香理には耐えきれない。だから、何よりも──晃が無事で良かった。本当に良かった。そう思う。


 志保も晃の手をしっかりと握る。亜香理に叶かなわない、と思う。それでも、それでも、と思う。晃に嫌われたくないという気持ちと、晃の傍にいたいという気持ち。その二つが、志保に勇気をくれる。


 もしかしたら、晃は志保の事も憎むのかもしれない。それでも、それでも、志保は晃から目を反らさないと思う。それだけの勇気があるし、絶対に距離を遠くにはしたくないと思った。何がなんでも、どんな事をしても、どんな手を使ってでも、晃を振り向かせたい、そう思う。


 一郎は唖然と、そんな志保を見つめていた。


 言葉を何でも出そうとして、飲み込む。なんなんだろう、この感情は?

 わからない──


「あのさ」


 出た言葉は、一郎自身が驚いた。


「俺の事は憎んでも良いから、志保だけは憎まないでくれ」


 言って気付いた。志保は晃の事が好きなんだ。一郎はそれが、面白く無いのだ。それなのに、こんな言葉が出た。志保が他の人に好意を持つなんて思わなかった。志保は自分が守ると思っていた。でも、結局、守るどころか、何もできなかった。


 悔しいけど、志保は晃の隣にいるとき、これでもかと言うくらい幸せそうな表情を見せるのだ。悔しいけど、悔しいけど、今まで志保のそんな表情を見た事がなかったから──こんな風に志保が笑うなんて知らなかったから、せめてせめて、晃は志保を嫌わないで欲しい。


 晃はポカンと一郎を見た。そして、こくんと頷く。頷くのが、精一杯の晃の優しさだった。言葉にできない。今は言葉にできない。本当はみんな分かってた。全部、分かってた。陽一郎の言いたい事も陽大の言いたい事も──


「時間です」

 楠は機械的に努めて、呟く。隣で同じく機械的に、華がスイッチを押した。











 光を夏目雛は窓越しに見ていた。

 何も考えず、ただ呆然と。綺麗だと思った。光が手を振った。あぁ、陽と茜だ。あら? 知らない子がいるわ、と思った。

 光の乱舞。消えては、現れる光の渦。男の子は戸惑っている。それ髪を陽は撫でた。茜は微笑んで、そしてもう少し、まだ少し早い、と言う。

 何が早いのか雛には分からない。ただ、まだ早い。まだ早い。光が消えるのはまだ早い。まだ早い。











 爆風──。


 強烈な光が、山を崩す。徹底的に跡形もなく。


 これは慰霊なのだ。生暖かい風が、頬に感触を残す。晃は食い入るように光を見続けた。光は消えては現れ、現れては消え、破壊を繰り返す。内蔵にまで響く振動。その振動すら、細胞に一つ一つ刻みつけて。


 陽アニは言っていたっけ。


 忘れなければ生き続ける。


 大兄も言ってたね。


 でも、それは死を認めること。


 美樹姉さんは怒ってたっけ。


 そんな理屈なんかいらない!


 亜香理は笑って言ってくれたっけ。


 それでも、晃が帰ってきてくれてよかった。


 志乃ちゃんは微笑んでいたね。


 怒っちゃダメだよ、って。許す事って難しいけど、晃君が憎んだら、憎しみだけの世界になっちゃうから。そんなの悲しいから。


 父さんと母さんは、優しさは水だと言った。


 恐れるから、光。見えない闇も照らせば、何も怖くない。


 でも、光だけが差し込む場所が世界の表情じゃないから。そうだよ。うん。なんだろう、分からない。この光を見ていて、涙がこぼれ落ちる。


 止まらない涙。涙は昨日で出し尽くしたと思ったのに。


 唇を噛む。それでも、涙は止まらない。とまら、ない──とまらない──忘れない。


 絶対に忘れない。


「キミ、ハ、トモダチ」


 呟く。祈る。忘れない、忘れない。キミ、ハ、トモダチ。君の事を忘れない──この夏休みを忘れない-──。

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