「秋山が立たされた理由」欄のある業務日誌? ~秋立2.5冊目!~

如月 仁成

月下美人のせい


~ 七月十八日(火)  藍川800 秋山800 ~


  月下美人の花言葉 やさしい感情を呼び起こす



 好きなのか、はたまた嫌いなのか。

 いつからだろう、俺は考えるのをやめた。


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その二台のレジ。

 隣に立っているのは、臆病で優しい幼馴染、藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪が、つむじの辺りにまとめられて、ウェービーで大きなお団子になっている。

 ちょっと大人っぽくて、実に綺麗だ。



 ……が。



 そのお団子に突き立つ、白くて大きな月下美人の花。


 バカである。



 俺たち二人は、今日からこのハンバーガーショップでアルバイト。

 地元駅前なので、俺も何度かお世話になっている。

 でも、お客さんはいつもいない。


 ワンコインで食べられる。

 わんこそばのようにいくつも食べたくなる。

 そんな意味で付けられた店名。


 ワンコ。


 ……どう考えたってハンバーガー屋に付けちゃいけない名前。

 いつもガラガラなのは、そういった理由なのだ。



 そんなネーミングセンスの無い店長さんは、穂咲のとこのおばさんと仲良しらしくて、俺たちが働くことを快諾してくれた。


 でも、そのおばさんが経営する花屋の宣伝と趣味を兼ねて、自分の娘の頭に毎日花を生けているという話は聞いていなかったらしい。

 気弱な店長さんは、そんな文句を俺にぶつけてきた。


「秋山君! 藍川さんとこのお嬢さんのあれ! 困るんだけど……」


 そりゃそうでしょ。

 飲食店で帽子もかぶらず、生花をぽよんぽよんさせてる奴なんて聞いたこと無い。


 でも、穂咲は学校でも、この界隈でも大の人気者。

 そしておばさんは切れ者だ。

 その効果が、今まさに発揮された。


「外から見えてまさかと思ったけど、やっぱり穂咲だ~! 久しぶり~! あれ? 秋山も一緒? あんた達、高校生になってもいつも一緒なのね!」

「あらま、藍川さんとこのおじょうちゃん! 大きくなったわね~。あらやだ、お花の事じゃないのよ? おほほほほ!」


 中学時代の同級生六人組、お花屋の常連さんトリオ。

 外から見ても一発で分かるランドマークのおかげで、一気に席が半分埋まった。


「……店長。これでトントンという訳にはいきませんか?」

「うん! いいね! 凄い人気者なんだね、藍川さんとこのお嬢ちゃん!」


 よかった。

 これで、店の前に穂咲の件ご了承願いますと書いた看板を立てれば問題あるまい。


「穂咲~! 中学時代のみんなにも声かけたらこれから来るってさ~!」

「あらやだ、あたしも近所の皆さんに連絡しちゃったわ? 席、足りるかしら?」

「……店長。これでプラスアルファという訳にはいきませんか?」

「凄い凄い! こんなこと開店以来初めてだよ!」


 ……不穏な事を聞いた。

 大丈夫か、この店?


「で、秋山君はなにか得意なことは無いの?」

「無茶言わないでください」


 俺は、いたって普通な高校生だ。

 そんな物はない。


 ……いや。

 一つだけ得意な事はある。

 俺は学校で、毎日毎日廊下に立たされている。


 穂咲のせいで。

 ぜーんぶ、穂咲のせいで。


 だからそれには慣れている。

 でも、そんなのここでは何の役にも立たない。


「……やっぱり、お役に立てるようなものはないですね」

「それじゃ秋山君は、店の外に立っててね!」

「は? 今、なんて?」

「お客の呼び込みよろしくね! 暑いけど頑張って!」


 うそでしょ、運命の女神様。

 あなたはどうしてそう面白いことをしたがるのか。


「ん? 道久君、今、呼んだ?」


 ……女神、君だったのね。

 じゃあしょうがない。


 俺は灼熱の太陽に恨みがましい目を向けながら、自動ドアをくぐった。


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