ホタルブクロのせい


~ 七月二十四日(月)  藍川950、秋山300 ~


  ホタルブクロの花言葉 熱心にやり遂げる



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その二台のレジ。

 隣に立っているのは、ホットソースを出しっぱなしにした罪を全部俺のせいにした藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はエビに結って、そこに薄紫のホタルブクロをこれでもかとぶら下げている。


 今日もバカ丸出し。

 そして、歩くたびに揺れるホタルブクロが気になって仕方ない。


 さて、今日も店内は満員御礼。

 五つしかない四人掛けのテーブルに三十人ものお客様が腰かけている。


 ……おかしいじゃねえかと言われそうだが、おかしくない。

 座ってるんだからしょうがなかろうよ、三十人。


 この事象を可能にする小柄なお客様は、おばあちゃん。

 一つの席に二人で腰かけてもそれなり余裕があるようだ。


 このお客様方。

 足りない備品を駅前まで買いに行った穂咲が連れて来た。


 お昼ご飯を食べる場所が無いと嘆いていた老人会の皆さん。

 確かにこの暑い中、穂咲の行いは正しいとは思います。


 だけどこの状態、大変困っているのです。


 今もレジの下で穂咲がカンナさんに絡まれているけれど、こればっかりはフォローのしようもないのです。


「てんめえ、穂咲ぃ…………っ!」

「大変なの。忙しくて目が回りそうなの」

「いいから! 茶とか出してんじゃねえよ! バーガーひとつで何時間店を占拠されてると思ってんだ!」


 そう、注文は皆さん同じでハンバーガーひとつきり。

 合計三千円のお買い上げ。


 で、まずはお茶を下さいから始まって、バーガーを細かく切って欲しいとか、お茶はまだかとか、お箸を下さいとか、お茶が薄いわねえとか、ピクルスがお茶に合うから頂戴とか、お茶のお代わりを頂戴とか。


 そろそろご入店されてから二時間になろうとしているのだが目が回りそうな程の過剰サービスを要求されている。


 さすがに店長からの指示で、せめて一時間に一個くらいは何か注文して欲しいとお願いに上がったところ、ハンバーガーひとつは食べきれないからと、半分に切って五十円で人数分下さいというありがたいご注文をいただいた。


「秋山ぁ…………っ!」

「俺に当たらないでください。お年寄りは大切に、です。穂咲も責任を感じて、ああやって一生懸命走り回っ…………てないけど、どこ行きやがった!?」


 さっきまでお茶のお代わりを注いで回っていた穂咲の姿がどこにも無い。

 きょろきょろと探す俺の背後から、暢気で満足げな声が聞こえてきた。


「できたの。おばあちゃん用、半分バーガーなの」

「キッチンにいたのか。って、薄いなハンバーガー!」


 そっちに半分にしたの?

 …………ああ、なるほど。

 これなら確かに、お年寄りでも食べやすかろう。


 そそくさとテーブルまで運んでお話しながらハンバーガーを配る穂咲。

 こいつのこういうところ、素直に尊敬できるよ。

 おばあちゃん達から追加のオーダーを貰ってありがとうとはにかむ姿も眩しいな。


「秋山君。幸せそうな笑顔を浮かべてるところ悪いんだけど、ここでなぞなぞです。ハンバーガーをひとつ作るよりも断然手間がかかって、料金が半額のものって、なーんだ?」

「店長。テイクアウトのお客様を大量に呼びこんできますから泣かないでください」


 穂咲のためだ、俺もちょっとは手を貸そう。

 そう思いながらレジを後にしたら、入れ替わりにカンナさんが穂咲の首根っこを掴んで俺の定位置にしゃがみ込んだ。


「てんめぇ、穂咲! お前、しばらくタダ働きだからな! 覚悟しとけよ!」

「でも、もっとおばあちゃんに優しいお店にしたいの」

「これ以上か!? そうはさせねえからな!」


 …………ああ、胃が痛い。

 このバイト始めてから、食欲が激減したよ。


 俺までハンバーガーみたいに薄くなりませんように。

 そう願いながら、灼熱の太陽を見上げた。


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