アガパンサスのせい


~ 七月二十五日(火)  藍川0、秋山0 ~


  アガパンサスの花言葉 恋の訪れ



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その休憩室。

 隣に立っているのは、なんのためにバイトを始めたのか思い出せない藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日は高い位置で緩めに結って、そこに清々しいほどに青く染まったアガパンサスの花をまっすぐ五本突き立てている。


 朝は十本挿さっていたんだけど、抜きやすいから子供にすぽんと取られてここまで減ってしまったのだ。

 バイトが終わるまで、残ってるといいね。



 今は二人で休憩中。

 新メニューを味見する時間だ。

 俺は新ハンバーガーが出来るまでの暇潰しに、主任に話しかけた。


「なんでバイト始めたのか思い出せた?」


 主任は自分たちの前に置いた、何の変哲もないハンバーガーを前に腕を組んで首を捻りながら答えてくれた。


「それを私に聞いてどうしろというのだね、ロード君。それは君の仕事ではないか」


 そうだったのか。

 そりゃあ悪うござんした。


 とは言え、上に乗せたパンを外して、むむむと唸る主任からヒントを貰わないでは到底答えになんかたどり着けないよ。


「買いたいものがある、とか?」


 主任はこくりと頷きながら、レタスの上にピクルスを乗せた。


 ……正解ってこと?


「じゃあ、料理道具だ」


 ピクルスを外された。


「……裁縫道具」


 さらにレタスを抜かれた。


「じゃあお手上げだよ。主任、他に趣味なんか無かろう」


 これもハズレ扱いされたらしい。

 下のパンを抜かれた。


 現在、トマトの上にハンバーグのみ。


 このままでは寂しいお昼ご飯になってしまう。

 なんとか答えに近付かないと。


「うーん。…………誰かへのプレゼントを買いたい、とか?」

「あ、それなの! 自分のじゃなくて……、えっと……」


 正解の報酬だ。

 主任はプレゼントの方に思考を持って行かれながらも、具を一つ追加した。

 でもね、トマトの上のハンバーグの上に、もひとつトマト乗せられましても。


 何度でも言おうじゃないか。

 これじゃ、手で掴めませんて。


「そうか、プレゼントか。俺に、だったら嬉しいな」


 ぽろっと呟いたら、トマトトマトバーガーの上からドミグラスソースのようなものをかけられた。


 ……え? じゃあ、正解ってこと?


 ……俺に!?



 プレゼント!!!!!!



 俺は、穂咲のことなど好きでも嫌いでもない。

 でも、プレゼントとか言われたら意識してしまう訳で。

 いや、今まで意識してないわけじゃないとかそういうあれじゃなくてだね、これはどう言ったらいいのか、もうこれだけ長く一緒にいると俺たちは家族のようなものじゃないか。だから恋愛感情とかそういうのじゃなくて、あの……。


「ん! トマトトマトバーガー、美味しいの!」


 ぐるぐるする視界の中で、いつの間にやらトマトトマトバーガーを包丁で適当に切り分けた穂咲が嬉々とした笑顔を俺に向けていた。


「いや、そんなのどうでもいいから! プレゼント、俺にくれるの!?」

「ううん? 違うの。誰にあげるんだっけ?」

「…………はあ!? 違うのかよ! じゃあ、ソースはなんでかけた!」

「なんのことなの? それより、これ成功なの! 美味しいの!」


 ……そっか。正解、不正解で具が増減してたの、ただの偶然だったのか。

 がっくし。


 じゃあ、プレゼントの相手はおばさんだろうね、きっと。


 俺は脱力しながら、ハンバーガーでもなんでもないものをフォークで刺して齧りついた。

 でも今の俺には、なーんも味なんか感じないだろうよ。

 こんなの食べたって…………!?


「トマトトマトバーガー、美味い!」


 俺の叫びに、穂咲は昔から変わらぬほわっとした笑顔で喜んでくれた。


 なんとなくほっとした溜息と共に、俺も昔から変わらない笑顔で返した。


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