トマトのせい


~ 七月二十六日(水)  藍川0、秋山0 ~


  トマトの花言葉 完成美



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 今日はお店を早くに閉めて、新作バーガーの研究会だ。

 取り仕切るのは、新商品開発チーム主任の藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りでお団子にして、今日一日完熟のトマトをプランプランさせていた。


 だが、このピンクの添え木、見覚えがある。

 俺んちの家庭菜園から苗ごと盗みやがったな?

 まったく、朝からカラスに狙われて大泣きされるし、そのカラスを追っ払うのも怖かったし、迷惑千万だ。



 そんな突拍子もないことをしでかす母親に、なすがまま花を生けられる気弱な穂咲だけど、こうして花開くこともある。


 トマトトマトバーガーの絶妙なソースの味付けに、店長もカンナさんも唸り声を上げていた。


「これ、凄いよ藍川さん! コストも安く済むし簡単だし、何より美味しい!」

「ほんとだな。めちゃくちゃうめえ。あとはバンズとピクルスのチョイスだが……」

「ピクルスなしで、ブリトーにしたらいいんじゃないですか?」


 俺が思い付きを言ったら、えらい剣幕で叱られた。


「秋山君! それは違うんだよ! 定番でメニューとして成り立たせるためには、あくまでもバーガーとしての形で無いといけないんだ!」

「そうだ! 素人が口を挟むんじゃねえ! ……ここまで味が強いと、バンズは麦芽の香りが立ってるくらいじゃないと勝てないんじゃねえか?」

「ピクルスは玉ねぎを漬けたもの辺りで考えていたんだけど、パンか……」


 うーん、なんだかプロの会話。

 店長とカンナさんが意見を激しくぶつけあっている中、口にチャックを付けられてしまった俺の横では、さっきから主任がフライパンで何やら焼いていた。


「このあほんだら! そこまでコスト落とすとか話になんねえ! これは主軸! 来る客が必ず注文するレベルにするためにもちっとしたピタパンでくるんでだな!」

「あくまで脇役にすべきだと思うけど。いっそホットサンドにしちゃうとか……」


 そして生地で難航、どころか遭難し始めてるんだけど。


 あの、お二人さん?

 最初に燃えていたはずのバーガーへのこだわりはどこへ行ってしまったの?


 そんな二人の前に、主任が何かを差し出した。

 このトウモロコシの香り、トルティーヤだ。


 これにレタス、トマト、ハンバーグに特製ソースを乗せてくるっと包んだアツアツを受け取った店長とカンナさんは、一口齧って目を丸くした。


「これだ!」

「うめえ! これだよ穂咲!」

「……お二人が召し上がっているもの、主任から正解を発表してください」


 俺のつぶやきに、店長とカンナさんはいぶかしげな表情。

 そしてその目を、揃って主任に向ける。


「……おいしいの、ブリトー」


 これでもかと膨れた俺の目の前で、大人が二人、その場で反省とばかりに席から立った。


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