アキレアのせい
~ 七月二十一日(金) 藍川870、秋山1000 ~
アキレアの花言葉 戦い
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その二台のレジ。
隣に立っているのは、店の経営方針をがらっと変えてしまった
軽い色に染めたゆるふわロング髪をポニーテールにして、それを白い小さなアキレア、別名ノコギリソウで埋め尽くしている。
今日もバカ丸出しだ。
ここでの時給は、毎日変わっているらしい。
新商品開発チーム主任の穂咲は、昨日の研究を失敗したのだが、店長さんいわく努力賞とのことで少しだけ時給がアップしていた。
そして俺の給料がとんでもないことになっている理由については、口を割ろうとしない。
……店長、見てやがったな?
そんな、自分のやらかしたことからしれっと逃げようとする店長さん。
とっても気が弱いのです。
俺にすら頭を下げることがあるほどの店長さんは、ただ一人の従業員であるカンナさんからもしょっちゅう叱られているわけで。
ここでバイトを始めて四日目。
俺は、このキメ台詞を既に十回は耳にしているのです。
「このあほんだら! どうしててめえは鶏卵と鶏肉を間違えて発注するんだよ!」
「ごめんよカンナ君! 僕の代わりにキャンセルまでしてくれて助かった! 次は間違えないから!」
ご覧の通り、カンナさんは店長よりも断然仕事ができる。
ちょっとばかり口調は乱暴だけど、とても明るくて親切で、背の高い美人さん。
お客様からも気風のいい姉御と呼ばれて親しまれている。
店長とカンナさん。
このお店は今まで二人できりもりしてきたらしい。
……そう、店長さんが言っていた。
だからその情報は嘘だ。
どう考えたって、カンナさんが一人で頑張って来たんだろう。
店長を見ていると不安しか湧いて来ないけど、カンナさんがいれば安心する。
でも、最近よく見かけるこの光景だけは別。
おろおろドキドキする。
カンナさんはお客様の列が途絶えると、こうしてレジの下に隠れて穂咲の肩に腕を回すのだ。
「おい、穂咲。てめえ、店の方針めちゃくちゃにしやがって。なーにが主任だ」
でも、ここは穂咲の対人レーダーを信じよう。
こいつはやたらとカンナさんに懐いてるのだ。
「うん。新商品、美味しいの考えるの。カンナさんにも食べて欲しいの」
「いらねえよバカ穂咲。てめえが考えたハンバーガーなんてロクなもんじゃねえに決まってる」
えへへとか、心から楽しそうに笑ってるけどさ、君は敵意を感じないの?
……ああ、そうだった。
君は昔から敵意ってやつを感じないんだったよな。
そんなぽんこつレーダーを信じてる俺の間違い?
びくびくしながら二人を眺めていた俺の耳に、小さな叫び声が飛び込んできた。
OLさんだろうか、ハンバーガーを前にして、辛い辛いと声を上げている。
「……店長? なんか、お客さんが辛いって叫んでるけど……」
「え? ……うわ! 誰だい? こんなとこにホットソース置いたのは!」
あちゃあ、ケチャップじゃなくてホットソース使っちゃったのか。
俺がどうしたものかまごついている間に、カンナさんは素早くお客様へお水とお手拭きを差し出した。
「この度は申し訳ございません。厨房に試作用のホットソースが置いてありまして、そちらを使用してしまいました。新しいものとすぐにお取替えいたします」
迅速丁寧。
それに、口に入れてはいけないものという不安が無いように配慮した説明。
さすがはカンナさん。
今更ようやく、お水の入ったカップを持ってのたのたと現れた君とは違うね。
でも、もうお水は貰ったからと声をかけられた穂咲が、ふるふると首を振る。
そしてお客様の前にカップを置いて、頭から抜いたアキレアの小花を十本ばかりそこへ挿した。
「ごめんなさいなの。お花で和んで欲しいの」
これにはお客様も噴き出して、ありがとうとお礼まで下さった。
そしてニコニコ顔になった穂咲は他のテーブルにも花をサービスして歩き、レジに戻って来た時には、頭のアキレアが一本だけになっていた。
そんな穂咲が、またもやレジの下に連れ込まれる。
叱られるんじゃなかろうか。
そんなことを考えていた俺の目に、ニヤリと微笑むカンナさんの顔が映った。
「へへっ。この勝負、あたしの負けだ。やるじゃねえか穂咲」
そしてコツンと合わせるこぶしとこぶし。
穂咲が最後のアキレアをカンナさんの髪に飾ると、二人は楽しそうに笑い合った。
ああよかった。
これで万事が解決だ。
「……秋山君。ソース、どうして出しっぱなしになってたのか知ってるかい?」
「客寄せ行ってきまーす」
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