テッポウユリのせい


~ 七月二十日(木)  藍川850、秋山400 ~

  テッポウユリの花言葉 甘美


 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その休憩室。

 隣に立ってフライパンを振っているのは、昨日からやたらとご機嫌な藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を編み込みにして高く結い上げ、そこにオレンジの大きなテッポウユリを一輪挿している。


 ……今日の穂咲は、蓄音機に見える。



 そんな穂咲と二人で休憩中。

 気弱だけど優しい店長さんは、いつも二人揃って休憩させてくれる。


 この時間はもちろん給料は出ないが、まかないとしてお店の物をなんでも使って食べていいよと言ってくれている。

 本当に優しい店長さんだ。


「昨日から始まった新しいドラマも面白いの! 昭和の初めの頃のお話で、お兄さんと妹の血が繋がってなくて……、ねえ、聞いてるの? ロード君!」


 うん、聞いてないです。

 いつでもどこでも目玉焼きを作り始める君に呆れてたから。

 でも、目玉焼きバーガーならおいしそうだからいいか。


 しかし、今日は反省せねば。


 夏休みという響きにそそのかされて、遅くまでゲームして寝落ちした。

 そして出勤時間になったところで穂咲に起こされるとか、なんたる屈辱。

 母ちゃんも、面白がって部屋に入れるとかほんとやめて。


 そんな訳で、朝ごはん食べずに来たからパンを多めに食べたいところなのです。


「そう言えば、なんでバイト始めたの? まあ、理由がなくてもいい事だけどさ」

「ロード君! それ! あのね、あたし、なんでバイト始めたの?」

「また始まりやがった! もうほんと勘弁してくださいよ教授~」


 それはね、MAミチヒサ・アキヤマドライブにあらかじめ保存しておかないと出てこないんだよ?


「教授じゃないの。新商品開発チーム主任なの」


 なんだそりゃ。

 店長さんに頼まれたの?


 ……どうなっても知らないよ?

 もちろんお店の方が。


 呆れて返事も出来ずにいた俺の前に置かれた目玉焼き。

 いや、よく見れば目玉焼き二枚にハンバーグが挟まってる。


「……主任。俺はパンを食べたいんだが」

「新商品! 目玉目玉バーガー!」

「どうやって持つのさ! 手がぐっちゃぐちゃになるだろ!」

「…………ほんとだ。失敗なの」


 そう言いながら、主任はケチャップで目玉目玉バーガーにばってんを書いた。


 いや、違う。

 君が持ってるの、ホットソースって書いてないか?


 間違えたのかしら。

 そう思いながら見ていたら、穂咲は自分の分の目玉目玉バーガーにホットソースをどぼどぼとかけ始める。


 ……分かっててやったのね。


 止むを得ん。

 食おう。


 俺は警戒に警戒を重ねて、ほんのちょびっとソースのかかったあたりを齧った。

 すると意外にも、フルーティーな味わいが口の中にほわっと広がる。


「……あれ? 旨い! この、限界ギリギリ紙一重な辛さがたまらん!」


 なんと奇跡的な配分。

 たまらず二口目を含む。


 辛さで汗が噴き出してきたけど、この耐え切れない手前、綱渡りな刺激に思わず舌鼓を鳴らしてしまった。


「うーん……、そこまで美味しくないの」


 俺の隣で、穂咲は不服そう。

 でもね、ホットソースの瓶を掴むのやめなさいよ。

 君の目玉目玉バーガー、もうどこにもそれをかけるスペース無いじゃない。


 一体どうする気なのか見守っていたら、こいつはびっくりな行動に出た。


「ストップ! ストーップ! なんで俺のにかけたのさ!?」


 訳が分からん!

 ほんとにバカなの?


 とは言いつつも、ちょっとだけ嬉しい自分がいる。

 だってこれ、ハートマーク。


「辛~くなーれ、もえもえきゅん!」

「……美味しくする気は無いんだね」


 こんなの食えるわけない。

 キュン死する。

 ……ダブルの意味で。


 そう、こんなの、食えるはずなんか無いんだ。

 分かってる。分かっているんだ…………。


 はくっ。


「どう? おいしい?」

「…………きゅーん…………」


 じゃあ、午後の仕事は全部任せましたよ、主任。


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