カンナのせい
~ 八月二日(水) 藍川750、秋山950 ~
カンナの花言葉 二人の若い恋人のように
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その閉店後、一度家に帰ってから改めてお呼ばれした宴会の席。
隣に座るのは、『今日の主役!』と書かれたタスキをかけた
軽い色に染めたゆるふわロング髪を巻いて来なかったせいで暑くてたまらないと駄々をこねていたので、つむじの辺りで団子にして、そこに真っ赤なカンナの花を一輪挿してあげた。
そんな俺たちがお座敷で宴会が始まるのを待っている間、テーブル席では店長とカンナさん、そして三人のスーツ姿の男性が、なにやら書類を確認していた。
「どうだ。計画書、納得いったか?」
「いやいや、ワンコ・バーガーさん。こんなに固定客が増えるものかね?」
「実績の欄をよく見ろ。爆発的じゃないけど確実な収入源を確保した」
「なるほど考えましたね。お年寄りですか」
「どうせもともと席は空いてたんだ。座敷席を作ってじいさんばあさん用のたまり場にした。ただし十一時半まで。明日から、ランチタイムは座敷を片付ける」
スーツの皆さんは信用金庫の方々なのだろう。
経営がなんとかなると納得させないと、まずいことになる。
昼間、カンナさんがそんな話をしてくれた。
さっきから難しい話をしていて詳しいことは分からないけど、時間で客層を変えるアイデアは画期的だと思う。
おじいさんおばあさん、いつもお昼前には帰っちゃうもんね。
「そしてお土産用に日替わり惣菜も提供するわけですか。これは上司も納得せざるを得ないでしょう。了解しました、今後ともご融資継続させていただきます」
スーツの人たちの内、一番偉そうに見える人がそう結ぶ。
カンナさんはその人と握手をした後、隣で安堵のため息と一緒に魂まで抜けちゃったような店長の背中を叩いた。
「あとは心象が大事だ。店長もこいつらと一緒に信金まで行って、支店長さんに挨拶してこいよ」
「え、僕が!? ……うん、カンナ君が行くわけにはいかないもんね。分かったよ」
スーツの皆さんと一緒に外へ出る店長を見送ったカンナさんは、俺たちの元へやって来て豪快に胡坐で座敷へ座り込むと、缶ビールを一気にあおった。
「ふいー! いくら昔の仕事仲間とは言え緊張したぜ。でも、これで何とかなった。お前らのおかげだよ。ほれ、ジャンジャン食え!」
そう言いながらお寿司を俺たちに取り分けると、自分は穂咲が大量に買ってしまったタクアンをポリポリと齧り出す。
「昔の仕事仲間? カンナさん、昔は信用金庫に勤めてたんですか?」
「そーだぜ? ……なんだよその目は。そんなに似合わねえか?」
「はい。ちっとも」
俺の軽口にデコピンで返事をしたカンナさんは、昔話をし始めた。
「短大に入学してからはまじめなフリしてたんだよ。でも、信金に勤め始めてすぐに、この店の経営がやばいってことを知ったんだ」
「え? それで経営立て直しの為に転職したんですか?」
「ああ。あたしは中学の頃から高校卒業するまで、ここでずっとタダ飯を食わせてもらってたんだ。家に居辛い事情があってさ、店長が居場所をくれたんだよ」
そう言って、懐かしそうにテーブルの一つに振り返る。
そのテーブルは他の物よりちょっとだけ傷が多くて、色もくすんだものだった。
「で、恩返しにバイトを?」
「まあ、そうなるな」
そりゃあすごい。
穂咲も、目をキラキラさせながら拍手しとる。
「あのね? それならカンナさん、ひょっとして、店長のこと好きなの?」
ほいっと聞くね、君は。
でも、そんな質問はぐらかされるに決まって……
「ああ、好きだよ?」
うえええええっ!?
さ、さすがカンナさん、躊躇ないんですね!
こっちが照れるよ!
「穂咲、耳まで真っ赤!」
「みみみ、道久君だって、首まで真っ赤なのっ!」
ふわあ、まじかあ。
恋にはいろんな形があるんだな……。
ぽーっと、ふらふら。
そんな頭で店長の優しい笑顔を何となく思い出していたら、その顔が半べそと共に自動ドアからひょっこりと現れた。
「カンナくん! どうしよう、支店長さんを怒らせちゃったよ! 一緒に来てくれるかい?」
「このあほんだら! どうやったらあそこから話をひっくり返せるんだよ!」
いやはや、さすが店長。
どうやら宴会はお開きだな。
でも、お腹はともかく、胸は一杯だ。
「恋って、いろんな形があるんだね」
「うん。でも、お似合いだと思うの」
そう言いながら、穂咲は頭の花を、カンナさんの髪に活けた。
「お? 似合うか?」
「うん。とってもお似合いなの」
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