最終話 ブルーサルビアのせい


~ 八月十日(木)  藍川1000、秋山1050 ~


  ブルーサルビアの花言葉 永遠にあなたのもの



 今日まで本当にお世話になったワンコ・バーガー。

 午前中だけの短い時間だったけど、最後のお仕事を終えた俺たちはお給料を手渡しで貰って、またいつでもバイトしにおいでと温かく送り出された。


 その足でグローブを買って、今は公園でたこ焼きをつついているところだ。


 昔はよく遊びに来たこの公園。

 浴衣を探すために足を運んで以来、こうして時々来るようになった。


 ゾウとキリンは無くなっちゃったけど、ベンチからの眺めは懐かしいあの頃の景色そのままだ。


 でも、その記憶に俺がボールを投げているページが見当たらない。

 そのことが今では寂しい。


 おじさんは何度も、一緒にキャッチボールしないかって誘ってくれたような気がするけど。

 お誘い、断らなきゃよかったな。


 でも、あの頃は俺がおじさんを取っちゃうと穂咲が膨れるんじゃないかと思ってたんだ。

 しょうがないさ。



 隣を見れば、そんな穂咲が美味しそうにたこ焼きを頬張っている。

 あの頃の味とは違うものの、これはこれで気に入っているご様子。


 今日は珍しく長い髪を下ろして、耳の後ろにブルーサルビアの青い房をひとつ挿している。

 ちょっと大人っぽく見えるけど、いいかげん慣れてマヒしてるんだろうな。



 普通に考えたら、バカにしか見えないのに。



「しかしさ、穂咲。その自信はどこから来るのさ」

「何のことなの?」

「買ったボール、一個だろ」


 穂咲は当然でしょ? なにかおかしい? 的な顔で俺を見つめているけども。

 きっと無理だから。

 その虎の子、ヘタすりゃ今日中に無くなるから。


 でも、ここまで自信満々だと受け取らないだろうな。

 俺が買っておいた十二個入りのボールは、あとでおばさんに渡しておこう。


「一個で十分なの。無駄遣いしたらもったいないの」

「まあ、それはそうだね。随分お給料もらったけど、逆に無駄遣いできないね」


 お金のありがたさ。

 これは自分で稼いで初めて分かるというものだ。

 無駄遣いなんてとんでもない。

 ……だから、俺のボールもあんまり無くさないでね?


「アルバイト、楽しかったの。グローブも買えたし、言うこと無しなの」

「そうだね。…………あれ?」

「どうしたの?」

「今更気付いたんだけどさ。俺がグローブ買う意味、無いんじゃないか?」


 穂咲が俺とキャッチボールしたい。

 そう思ったのは、ただの勘違いだった訳で。


 こいつがキャッチボールしたい相手はおじさんなんだから、俺がグローブ買う意味無いじゃないか。


 呆然とする俺の隣で、穂咲はふるふると首を振る。

 え? まだ何か違うのか?


「キャッチボール、パパがしたかったのは、道久君となの」

「俺と!? 穂咲とじゃなくて?」


 うんと頷く穂咲。


 ……言われてみれば、確かにこいつがそう記憶しているのは正しい。


 だって、俺がおじさんからキャッチボールをしようと言われている姿をこいつはすぐ傍で見ていたわけで。

 で、すぐ傍にこいつがいたから俺はお誘いを断っていたわけなんだけど。


 なるほどね、そういうことか。

 でも、それはそれでおかしくないか?


「ちょっと待てよ。だったら、お前がグローブ買う意味無いじゃないか」

「ううん? だって、道久君はパパのお墓参りに来れないでしょ?」

「うちも同じ日に墓参りだからね」

「だからあたしがパパのやりたかったことを叶えてあげるの。明日、あたしとパパがキャッチボールしたら、明後日にはあたしと道久君がキャッチボールすればいいの」


 ……ああ、そうか。

 穂咲が中継してくれるんだね。

 そのためにグローブを買うなんて、実にこいつらしい。


 ありがとう。

 俺も、ずっと胸につかえていたものが溶ける心地だ。


「……それなら、お墓参りの時には俺のグローブ貸しといてあげるよ」

「なんでなの?」

「おじさんに、素手でキャッチボールさせる気か?」


 タグの付いたままのグローブを渡してあげたら、穂咲は、ぱあっと笑顔を浮かべて大事そうに抱きしめた。


「えへへ。道久君、ありがとうなの」

「俺の方こそ。ありがとうな」


 そしておじさんもきっと、君に言ってるよ。

 ありがとうって。


 よかったですね、おじさん。

 穂咲は、これからもずっとあなたの優しい娘でいてくれますよ。





次巻へ、つづく。







 …………ん?


「あれ? 俺、おじさんとキャッチボールしたことあるぞ?」

「え? あたし、知らないの」


 いつだ? どこで?

 それにキャッチボールした後、なにか大事なものを見たような?


 そして、なにか重要な約束をした気がする。



 …………思い出せない。



 はっ!?

 まさか、今度は俺の忘れた記憶を、こいつが。

 こいつが……、


「そう言えば、朝ごはん何食べたっけ? 思い出せないの」


 こいつが、見つけられるはずないか。


 ……今度は、俺の忘れた記憶を俺自身の手で見つけることになりそうだ。




次巻! 「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 2.7冊目!

    「秋山が立たされた理由」欄のある絵日記帳??


お楽しみに!




~・~・~・~・~・~



おまけ


~ 八月十一日(金・祝) ~


  ジャノメギクの花言葉 いつも愉快



「あんた、パパは左利きよ?」


 がーん!


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「秋山が立たされた理由」欄のある業務日誌? ~秋立2.5冊目!~ 如月 仁成 @hitomi_aki

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