クロユリのせい


~ 八月八日(火)  藍川850、秋山850 ~


  クロユリの花言葉 呪い



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その開店前。というか早朝。

 お店の裏庭を借りてキャッチボールの練習をするのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をサイドでお団子にして、今日はよりにもよってクロユリを一輪、そこに挿している。

 朝だというのに爽やかさのかけらもない。

 不穏しか感じません。



 そしてその予想が、現実となってしまったのです。



「穂咲…………。ウソだと言ってくれ」

「現実から目を背けてはいけないのだよ、ロード君!」

「いやいや、今は休憩時間じゃないからロード君じゃありません。それよりも、持ってきた十個のボールが残り一つになってるとか、ほんとに何の冗談だ?」


 ノーコンにも程ってものがあるだろう。

 なぜ君の投げるボールは、こんなにも高い塀を越えるのでしょうか。


 女子は、ボールを投げるの苦手だってことくらい分かってるつもりだったけど。

 これは酷い。


「でも、ちょっとずつ前に飛んでる気がするの」

「気がするだけです。最後に放った玉、後ろに飛んでますから」


 昨日、カンナさんにキャッチボールの話をしたら、いい場所とコーチを紹介してやると言ってくれたのだ。

 場所については確かに申し分ない。

 もう、ほんの二メートルくらい壁の高い場所だったらもっと良かったと思うけど。


 そんなカンナさんは店内で朝の仕込み中。

 コーチをいつ連れて来てくれるのか分からないけど、早くしてくれないとゴムボールが無くなっちゃうよ。


 そう思っていたところでようやく、休憩室の窓からカンナさんが顔を出した。


「おお、やってるな? おいコーチ! 仕込み代わってやるから、こいつらの相手してやってくれ!」

「え? コーチってまさか、店長?」

「そうだよ。草野球やってる時だけはかっこいいんだぜ?」


 珍しく優しそうに微笑んだカンナさんのすぐ隣、扉から店長が出てきた。


「どれどれ。ああ、それじゃだめだよ藍川さん。人差し指と中指で広めに部屋を作って、ぎゅっと握らないで持つんだ。……そう。それでいいよ」


 なんと、本格的じゃないか。

 そんな店長の姿を窓から見ているカンナさんはニコニコ顔だ。

 仕込みはどうしたよ。


 店長は俺のそばまで来て、キャッチャーのように腰を落とす。

 そして最後のアドバイスをした。


「あとは、ボールにお願いするのも大切なんだ。まっすぐ飛ぶようお祈りして」


 そのアドバイスに眉根を寄せた穂咲。

 しばらく思案顔をしていたかと思うと、店長に手をかざしてやたらと低い声で呪文のようなものを唱え始めた。


「まるで僕に呪いをかけてるみたいだね? もういいよ、かるーく投げてごらん」


 店長にこくんと頷いた穂咲は、言われたままにかるーく振りかぶって、目にも止まらぬ剛速球を繰り出した。


 それが見事に店長の顔面に突き刺さり、跳ね返ったボールが穂咲の手に収まる。


「まっすぐ投げれたの。店長さん、凄いの」


 ねえ穂咲。

 そんな簡単な言葉で括れる話じゃないよ?

 なに、今の?


「そ、そうかな? じゃあ次は、秋山君に投げてごらん」


 うそ。

 あんなの取れないよ?


 店長がひきつった笑顔で俺から離れると、穂咲は俺を見つめながら鼻息荒く振りかぶった。

 そしてまたも剛速球を繰り出し……、またも店長の顔面を直撃した。


「…………このポリバケツの蓋でも使います?」

「た、助かるよ」


 シールドを構えつつ、顔まで俺の方に向けてしゃがみ込む店長。

 でも、俺のおでこを直撃した穂咲の剛速球が反射して、やっぱり店長の鼻面を穿つのであった。


「いてて。店長の呪いに俺まで巻き込まないでください」

「ええっ? 僕のせいなのかい!? じゃあ、店に避難しておくよ」

「こらあほんだら! 逃げるんじゃねえ!」

「も、もう十分だと思うよ!? あるいは僕は、とんでもない投手を生み出してしまったのかもしれない!」


 そう叫びながら店内に逃げてしまった店長。


 でもなあ。

 店長の運の無さ、折り紙付きだと思うんだけど。


「穂咲。もう一回投げてみて」


 こくんと頷いた穂咲が、へろへろな投球フォームから信じられないほどの剛速球を発射する。


 すると開けっ放しの窓から店内に飛び込んで、フライパンがひっくり返る音と店長の叫び声が聞こえた。


「…………明日の時給、ちょっと心配なの」

「うん。俺も全然関係ないのに下げられるだろうね」


 店長にかけられた呪い。

 ボールに引き続きお給料まで、とばっちりを受けることになりそうだ。


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