カサブランカのせい
~ 七月三十一日(月) 藍川800、秋山1000 ~
カサブランカの花言葉 偉大
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その入り口近くのテーブルでブリトーをもふもふ頬張るのは、次々と新しい事を始め出す
軽い色に染めたゆるふわロング髪を夜会に出る貴婦人のように丁寧に結い上げて、そこに真っ白なカサブランカを三輪挿している。
今日はどこか風格すら感じる。
そんな穂咲を囲む大勢のギャラリーから、またも歓声があがった。
四人目の挑戦者が、冷静な表情で自分を見つめる貴婦人を前に、辛い辛いと悲鳴を上げながら悔しそうに机を叩く。
そして、観客からはこんな会話が増え始めた。
「これ、どんなトリックなんだ?」
「トリックなんかあるわけないでしょ! 挑戦者が女王の分も選んでるんだから!」
いえ、トリックはあるのです。
じゃなきゃこんなに勝てるわけない。
三勝目あたりから、穂咲は幸運の女王と呼ばれ始めた。
まあ、カサブランカの異名はユリの女王なわけだし、確かに似合ってるけど。
しかも調子に乗って、おばあちゃんから借りた扇子を羽根付き扇みたいにゆらゆらさせ始めたよ。
やり過ぎです、いかさま女王。
「ふう。ブリトー、ちっちゃいけど四つも食べたらお腹いっぱいなの」
「いや! 最後の勝負も受けてもらうぜ、女王!」
最後の挑戦者が着いたテーブルに置いてあるブリトーは二つ。
彼は、それを透視でもしているのかと思う程にらみつけた。
――これは寝坊して朝ごはんを食べ損ねた穂咲が勝手に始めた、ロシアンブリトーなるバカな企画だ。
昨日、古いミステリーもののDVDなんか貸さなきゃよかったよ。
毒に耐性があるという侯爵夫人のトリックを見破るなかなか見ごたえのある作品なんだけど、あれを見たせいで夜更かししたんだね。
でも、自分がブリトー食べたいからって真似しちゃだめです。
この変なイベントのおかげで、今日もお店は大盛況。
最後の勝負が終わったら、観客の皆さんがレジへ殺到することだろう。
「……店長、こういうのは法律に引っかかるんじゃないですか?」
「お店側が提示する条件をお客様が納得されている場合は問題ないはずだよ。それにルールも公正だしね」
朝も早くから、テーブルに十個のブリトーを積み上げだしたはらぺこ穂咲。
そして限定五人ということで、ゲームを始めたのだ。
穂咲の説明によれば、このうちいくつかは例のホットソースがたっぷり入っているとのこと。
お客さんが穂咲の分と自分の分、二つのブリトーを選んで同時に食べて、穂咲が辛いのを引くか、どっちも辛く無ければ料金は無料。
但し、自分のだけが辛かったら穂咲の食べた分と合わせて二個分の料金を払うというルールらしい。
この企画、集客効果はご覧の通りだ。
「しかし藍川くん、異常な強運だね。きっと辛いのと普通のが半分ずつなんだろうけど、今まで食べた四個とも、普通のブリトーだろ?」
うーん。
やっぱりこれ、法律に触れると思う。
だっていかさまだし。
「穂咲。辛いブリトー、一個あたり、ホットソースどんだけ使ったの?」
「ん? サンプル用のちっちゃい瓶だから、一本まるまる入れたの」
やっぱり思った通りだ。
だったら、さっき台所で見かけた証拠品を何とかしないと。
DVDでは毒薬の瓶が二本見つかって、犯行がばれてしまうんだ。
「店長、俺、呼び込み行ってきます」
「え? ちょっと秋山くん! 困るよ!」
俺は店長の制止も聞かず店を飛び出して、自宅のゴミ箱へ証拠品を捨てるためにひた走った。
手にした証拠品はもちろん、十本のホットソースの瓶。
……きっと今頃、幸運の女王を称える歓声が響きわたっていることだろう。
でも皆さん、違うんです。
そいつ、幸運でもなんでもないんです。
ほんとに君の舌、どうなってるの?
「か、辛いっ! こんなの食えねえ! まいった!」
「ぜんぜん辛くないの。またあたしのお腹が空いた時に勝負して差し上げますわ、おほほほほなの」
※お客様が残したホットソースブリトーは、息を切らして帰って来たスタッフが美味しくいただきました。
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