16.Sulfur 【硫黄】


 いいえ、積極的に燃やさなくても良いのですよ15番。

 私は私がどう思われようと、特に何も感じません。ええ、ヒトの感覚でいえば、私は確かに悪臭を放っているのでしょう。私は様々な世界で『地獄』の描写によく登場しますし、『地獄の業火』なんて身も蓋もない名で呼ばれていたこともありますから。


 そう、私は16番。

 単結晶なら黄色い石。実は私のみの単体なら、ほとんど臭いはいたしません。

 ですが私と1番が反応すると、たちまち悪臭がただよって参ります。曰く『卵が腐ったような』曰く、『玉葱が腐ったような』……、ええ、腐っていることが前提の酷い言われようですが、事実ですからどうしようもございません。

 この臭いは何と反応しても、しばしば私にまとわりついてくる呪いのようなもの。けれど、私の存在を周囲に知らせるという意味では、そう悪いものでもありません。日本人でしたら、きっと温泉はお好きでしょう。独特の匂いがする硫黄泉には、私や、化合物である硫化水素が溶けていて、美容や健康にひと役買っている……もしくはヒトにそういう幻想を抱かせて良い気分にさせているということも、是非覚えておいて下さいませ。


『燃やす』ことに関していえば、おそらく15番より私のほうに、一日の長があるでしょう。古より使われている『黒色火薬』、私はその材料に欠かせない物質です。現在広く使われている『無煙火薬』の合成にも、私は大きな役割を与えられています。そう、ヒトの辿ってきた瞬きのような歴史のなかで、結果として『火薬』が多くの命を奪ってきたことは、まぎれもない事実。けれど、それがどうしたというのでしょう。私たちにできることは、私たちらしく存在すること。それを後ろめたく思う必要などないのですよ、15番。


 臭いがあるなしにかかわらず、燃える燃えないに関わらず、私はヒトの化学産業において重要な、そして様々な役目を与えられています。一番の功労者は、やはり1番8番との化合物、私のオキソ酸の代表こと『硫酸』になるでしょう。硫酸のなかでも濃度の低いものは、車のバッテリーに電解液として用いられていますから、身近な存在ではないでしょうか。濃度の高い濃硫酸は、おもに工業用に使われています。どちらにしても劇物ですから、取り扱いには充分注意されるよう、忠告しておくと致しましょう。

この危険なオキソ酸にこそ、鼻の曲がるような臭いがあれば用心することができるでしょうに、残念ながら『硫酸』は揮発しません。つまり、ほとんど臭いはないのです。けれど、よくお考えになって下さい、『揮発しない』ということは、濃度の低い硫酸でも、服や手に付着したあと時間がたてば『付着したまま』濃度があがるということです。適切に処理いたしませんと、手酷い火傷は免れません。どうぞくれぐれもお気を付けて。


 では、次の17番と交代することに致しましょう。

 17番は私と同じく、殺傷能力の高い元素であり、とても役にたつ元素でもあります。ようは使い方次第というところは、多くの仲間にあてはまることだと思いますが、どうお考えになりますか?


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