閑話 OとFe 【酸素×鉄】


 ピリっと袋が破られて、不織布越しに慣れた気配。

 うんざりしているのか慣れ切ってなにも感じないのか、あれの感情は読めない。

 もとから内側にいる連中は沈黙している。


 当然不織布くらいではあれの侵攻は防げない。

 ふわりと俺にまとわりついて、ゆっくりと交じわりはじめる。

 激しくはなく、しかし性急に、わずかな熱を帯びて。



『あー、カイロ持ってきたんだ。まだはやくない?』

『だって今朝、めっちゃ寒かったじゃん』


 歩きながら話しているのは若い女だ。

 同じ服を着て、同じ場所へと毎日通う。二人の吐く息はわずかに白い。

 不織布の袋を持ったひとりが冷たい指でぎゅっとそれを握り、軽く胸元に充てた。


『はぁ、ちょっとあったかくなってきた』

『ここで開けちゃうってどうよ。教室入ればあったかいし』

『いいの。これはお守りだもん』

『お守り?』

『お腹冷えないように』

『あー、それわかるー』



 生憎今日の不織布には粘着テープがついていない。

 それで彼女のお守りが務まるだろうかと考えながら見上げていると、すぐ近くで苛立たしげな声が聞こえた。


「なに見てんだよ、むっつり」

「むっつり?」

「お前、ヤじゃねぇの? こんなふうにお手軽に使い捨てられてさ」

「いや」


 驚いた。

 そんなふうに考えたことはなかった。

 しかし8番は納得いかないと言わんばかりに声を荒げる。

 彼女たちに声が届かないのは幸いだ。


「バッカじゃねぇの? お前さあ、いいように利用されてるだけだぜ?」

「ああ」

「なんでそんな嬉しそうなんだよ」

「嬉しそう?」

「あ、持ってんのがJKだからか? やっぱむっつりは違うわー」

「JKとは?」

「女子高生」

「誰が持っていても同じだろう」

「あーはいはい。もういいよ」


 あいかわらず短気だな。

 しかし、こういうのも悪くない。


「だから、何笑ってんだよ」

「いや」


 俺は今、笑っているだろうか。


「理由を言え、理由を」


 理由、理由か。


「そうだな」

「お、おう」

「俺が錆びることで、喜ばれるのは珍しいだろう」

「……」


 いつもこうして出会えば、ポロポロ赤く錆びて眉を顰められる俺たちだ。


 だから俺はこの不織布に詰められるのが嫌いではない。

 それどころか、8番と反応して『温かい』と喜ばれるのを嬉しく思っている。


 しかし8番は、呆れたように首を傾げた。


「やっぱバカだなー、お前」

「そうか」

「使い捨てだぞ」

「そうだな」


 頷いて見せると、8番また不満そうに鼻を鳴らしてじんわりと俺にまとわりつく。

 ゆるゆると侵され、まじわり、不純になっていく感覚。



 また少し、熱があがった。


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