第6話

「迎えって、この女のこと? グラジュス。あんた、海賊の仲間だったってわけ? 人をさんっざんうたがっっておいて、なにそれ!」

 僕を押しのけ、コンソロールをお立ち台にして真理香先輩は怒鳴る。

 命綱であるガスマスクを、吹き飛ばしそうな勢いだ。向けられている銃口も、目に入っていなさそうで、見ているこっちが、ひやひやしてくる。

「管理官の名誉を守るために言わせて貰えば、体を拝借しているだけだ」

 ニヤニヤ笑って、グラジュスさんは隣に立つエリカの肩に腕を回した。

「《スプリガン》の種子は二つの性質がある。一つは、未成熟の種子を他種族の生殖器に寄生させて繁殖する方法。これは、本体の成熟具合で差が出るが多くの同胞を生み出せる。もっとも一般的な繁殖方法だ」

 人差し指を立て、続けて中指も立てる。

 グラジュスさんの姿をした、グラジュスさんではないもの。嫌な予感に、僕のこめかみが湿った。

「もう一つは、完熟した種子を脳に寄生させ、本体の記憶や性質と同等のものをもった複製体に作り替えること。十四年前、ミドゥバルが生き残った方法は、こっちだよ」

「さすが、頑丈だけが取り柄の《シルフ》ね。ミドゥバルが脳を支配するまで、すっごく時間が掛かっちゃったみたい。グラジュスちゃんたら勝手に逃げ出しちゃって、すっごく困ってたのぉ」

 スモッグの張り付いたガスマスクのガラスを擦ると、グラジュスさんを乗っ取ったというミドゥバルと……フリルが山ほど着いた下着姿のエリカが視界に現れた。

「あの、服を忘れてきたんですか?」

 ……なんて、格好だ。

「失礼しちゃうわね~。ベビードール、こういった衣装らしいわよ? グラジュスちゃんのクローゼットを漁ってたら沢山、出てきたのよ。可愛かったからぁ、拝借しちゃった。似合う? 似合っているわよね」

「それ、グラジュスさんの私服なんですか? うわぁ……知りたくなかった!」

 銃を構えたまま、エリカは太股が透けている薄い生地を抓んで、ひらひらと揺らして見せる。

 周りの雰囲気とも相まって、未成年入店禁止な場所に踏み入れた気分になってくる。正直、いたたまれない。似合っていても、だ。

「人は、見かけによらない、ってやつ?」

 真理香先輩の威勢がちょっと挫けて見えるのは、気のせいじゃないだろう。とてもじゃないが、この衣装を纏っているグラジュスさんを想像できないし、したくない。

「で、クソガキどもに言っておきたいんだけど、希代の海賊を前にして、ずいぶんな余裕よね。エリカのこの銃ぅ~飾りなんかじゃないんだけどなぁ~」

爆発音。

 眼前で、火花が散る。

 火薬銃なんて、ずいぶんと古くさい代物を使ってるな。

 小さな銃口から立ち上る煙にふうっと息を吹きかけて、エリカはびっしりとした睫をバサリと鳴らすよう瞼を閉じた。まあまあ、愛嬌のある仕草だ。僕の趣味ではないけれど。

 ……いや、思うところはそこじゃない。

 映像では良くわからなかったが、どう見てもエリカは僕たちと同じ年代のように見える。着ている服のせいかもしれないが、それにしたって、さすがに若すぎる。

「あの、エリカさん。貴女本当に、お母さんなんですか?」

「アキノちゃんのお母さんになった覚えは、ないわぁ。スタイル良いから母性を求められがちだけど、お母さんをやりきる甲斐性は、全くないの。お乳が欲しいなら、別の人を頼って頂戴ね。お隣の彼女じゃ、ちょっと力不足ぽいけれどォ。特に胸がぁ?」

「珠洲城穣二って名前に、覚えはない?」

コンソロールから降りた真理香先輩は、床に溜まったスモッグの塊を踏み荒らし、主砲へと移動してゆく。

 四十一㎝主砲。

 戦車に取り付けられているとは思えないほどの大きくて長い鉄の筒は、大きすぎて巨大な柱のようにしか見えない。

「ジョージ?」

右手に持った銃口を真理香先輩に向けたまま、エリカは左の人差し指を口元に添えて、首を傾げて見せた。

 悩んでいるようにも見えるが、大きな両目は楽しげに笑っている。明らかに、此方を挑発している仕草だ。

「ふふ、覚えているわ――」

 エリカの言葉が終わらないうちに、足元が大きく揺れ、視界がひっくり返る。

 すべての音が、耳から消えた。

 真理香先輩が主砲を撃ったのだと理解できたときはすでに僕は硬い床に、吹き溜まって分厚く積もったスモッグの中に飛び込んでいた。

「ちょっと、撃つんなら撃つって!」

 再び巻き上がるスモッグに、視界がまったく利かない。キンキンと耳鳴りが煩いので、自分がどう喋っているのかも良くわからない。真理香先輩の反応なんて、まったく分かったもんじゃないし、弾が何処に飛んでいったのかも分からない。

「待ってくださいよ、もう一発なんて、無理っですって! 絶対、無理!」

「まだまだぁああああああっ!」

 《ラーテ》が、さらに揺れる。

 ぎちぎちと、不穏な音が激しい耳鳴りの合間を縫って聞こえてきた。

 まずい。

 今すぐ、真理香先輩を止めなくちゃ、ならない。骨組みだけの戦車に、何が起こるか予想したくもない。

 とにもかくにも、まず、立ち上がらないと。粘るスモッグから体を引き剥がそうと試みるが、どうにも上手くいかない。粘るうえに滑って、力が入らない。

「なんの罰ゲームだよ、これ!」 

泣き言を吐く僕を叱咤するように、乏しい視界の中で火花が散った。

 二発目の砲撃。

 傾く床。

 立ち上がろうと腰を高く上げていた僕はバランスが取れず、前転しながら宙を舞った。

 いわんこっちゃない!

 既視感のある浮遊感に、いっそ、笑いが込み上げてくる。

 砲撃の衝撃に、裸というよりはほとんど骨組み状態にされた《ラーテ》は耐えられなかった。耐えろというほうが、無理な注文のようにも思える。

「覚えているわよ、そう。今までに食べた、どの男よりも馬鹿で……美味しかった。よく覚えているわよ、どんな顔をしていたかは覚えていないけどォ」

 爆散した《ラーテ》の残骸が、ずぶずぶと生ゴミでできた大地の中に沈んでゆく。僕の体も、腰半分ほど埋まっていて、全く身動きが取れないでいた。

 スモッグで煙る中、エリカの声だけが聞こえてくる。

「そうなのねぇ、お嬢ちゃんは、ジョージとエリカの子供ってわけね。理解したわ。不幸にも芽生えてしまった、愛の結晶ってやつかしら。頭から爪先まで、ぺったんこだから、わからなかったわ。外見は、ジョージに似たようね。女の子なのに、可哀想。エリカに似れば良かったのにぃ~」

 主砲の後では、豆鉄砲に思える可愛い発砲音。

「いちいち、銃をぶっ放さなきゃ喋れないワケ?」

 真理香先輩は、いつもの調子でエリカと対峙している。よかった、怪我はないようだ。

「他人の心配をしている場合かい?」

「他人じゃなくて、可愛い年下の先輩ですよ」

 きゅっと、ガスマスクのガラスが拭かれる。僕の前に立っていたのはミドゥバルだ。うやむやな記憶が確かなら、僕の母の仇となる。

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