第3話
問題は、どうやって安全に生ゴミ投下ポイントまで移動するか。だろう。
「一難去って、また一難ってやつ?」
「襲ってくる難問が、一度に複数にならないよう、祈っておいてください。現時点では、ゴミ投棄がまた始まらないように、ってところですかね! 探す気がないんなら、空でも見て警戒しておいてくださいよ」
「嫌よ、そんな地味な作業。誰でも、馬鹿でもアホでもできるような見張りなんて、ゴキブリ女に任しておけばいいのよ。ほら、空乃。さっさと発掘して、二人で逃げましょ」
そわそわと頭上を気にしながら、僕たちは必死になってゴミを掻き分けていた。
救助艇の捜索ではない。
必死の祈りが届いたのか、ゴミの雨によって四散した《ケージ・コンベヤー》の内部に装備されていた救助艇は、どれが一番良いか選べるぐらい、損傷の少ない機体をサルベージできた。
《ケージ・コンベヤー》や首都コロニーなど、重要な施設の多くは《シルフ》が持つ技術が使われている。当人の頑丈さで有名な種族だが、作り出すものも、馬鹿みたいに頑丈であるらしい。
「グラジュスさん、本当にこの戦車は、動くんでしょうね?」
一人、長細い瓦礫の上に、風見鶏のように腰掛けているグラジュスさんを見上た。
真理香先輩の愚痴に抗議するように、瓦礫を引きちぎって僕たちに投げつけながら、グラジュスさんはスティック・タブレット端末を振ってみせた。
細長い本体部から伸びる電子ディスプレイが、ぶんぶんと羽音のような音を立てる。
「わたしを疑うとは、良い度胸をしているよ。ぐだぐだ言ってないで、隣にいる、小生意気なちびクソ女を見習って、手を動かすのだ。ゴミはランダムに投下されているのではない、あくまで予定を早めらられているに過ぎない。つまり、全権を握っているわたしにかかれば、何処に何が投下されているのか、推測できるのだよ!」
端末には、投下予定データが保存されているらしい。
僕たちは今、グラジュスさんが割り出したポイントに埋まっているはずの戦車を、掘り出している。ようやっと、ガーベイジ・コレクターという本来の職らしい作業をしているわけなのだが、全てが手作業になるとは思ってもみなかった。
人類が宇宙進出を果たし、地球外生命体と文明を共有するようになった先進的な時代でありながら、なんともレトロな作業だ。
「全部を掘り出す必要はないぞ。上部のハッチさえ出てくれば、問題なく脱出できるはずだ。データによれば、その戦車は我が《シルフ》が作り上げた傑作の一つだ。同盟に加入する以前に作られたアンティークであるが、戦乱時に作成されたモノだからな、とにかく頑丈だぞ」
「救助艇より、頑丈なんですか?」
聞き返せば、グラジュスさんは得意げに頷いた。
「我が《シルフ》に起きた種族最大の内乱を終わらせたのが、この戦車だ。手元の、廃品情報記録によれば、機体コード名は《ラーテ》。千トン級戦車だ」
「……せんとん?」
グラジュスさんは嬉しそうに声を弾ませ、覗き見防止加工されたスティック・タブレットをくるりとひっくり返す。
異星人の戦車だから、どんなとんでもない形をしているのかと思えば、《地球人》がすっと想像できるあの戦車が映し出されていた。
大きさと重量が、戦車と呼ぶにはあまりにも大きすぎて、ぱっと見で戦艦じゃないかと感じる印象をまるっと無視すれば、普通の、あの戦車だ。
「ちょ、超弩級ですね」
「貴様、アキノと言ったかね。この
「僕の曾祖父ですら、生まれていないような大昔ですよ。聞いた覚えが、あるわけないですし」
歴史の教科書に記載されていても、一行二行で過ぎ去りそうな大昔だ。マニアでなければ、ピンと来るわけがない。「早く手を動かす!」と真理香先輩に臑を蹴られ、僕は作業を再開させた。
「我々は、攻撃よりも防御に重きを置いていた。すなわち、頑丈であるが故に、あらゆる攻撃を受け付けず、攻撃の意味がなくなり、やがて停戦へと至ったのだ。その、素晴らしき《ラーテ》の設計図を翻訳(ローカライズ)して渡してやったというのに、結局のところ作り出せなんだ。貴様ら《地球人》の脆弱たるは想像できんほどよ」
「自分が馬鹿だからって、私たちも馬鹿だって思わないで頂戴。千トンの戦車が地球でまともに動けるわけないでしょ。つくったところで、重さに地面が耐えられないっての。だいたいさ、停戦っていっても、装甲が硬すぎて白黒つけるのが、面倒くさくなっただけじゃないの?」
持論を展開する真理香先輩に、グラジュスさんは「停戦は、停戦だ」と苛ついている。あたらずも、遠からずな推測だったようだ。
面倒は御免なので、僕は瓦礫をどかして聞いてない振りを決め込もう。喧嘩は、当人同士だけで決着をつけるべきだ。
「まあ、とにかく。戦時中に作られたモノは現在よりも、ずっと頑丈だ。それこそ、後の処理に困るほどにな。現在は、廃棄する場合も考えて、それなりに壊れるよう作られている」
グラジュスさんの悔しげな顔は、冗談で言っている訳ではなさそうだ。
僕は低重力を利用して、拾い上げた大きな瓦礫を遠くに放り投げながら、頭上をグルグルと回転している《ケージ・コンベヤー》を見上げた。
わざと壊れるよう作ってあるとか、正直、不安でやりきれない。
「……戦車。さっさと、掘り出しましょう」
一区画が落ちてきただけでも、死ぬような思いをした。いや、スルンツェがいなかったら、確実に僕と真理香先輩は死んでいた。
《ケージ・コンベヤー》全部が落ちてきたら、流石に《オンディーナ》でも、どうにもならないだろう。決めたくない覚悟を決める羽目になるはずだ。覚悟を決める暇もあるかどうか、分からない。
「あれ、そういえば、スルンツェは?」
シャマイム社長とナオミさんとは、互いの状況を伝え合って通信を切っている。
常にナオミさんの美声を聞けるのならいいが、大半はシャマイム社長の煩い濁声だ。ムカツクだけなので、ナビゲーションはご遠慮して貰ったのだ。
『側にいますよ、空乃』
ちりっと、左頬が痺れる感覚。重量感はまるでないが、手のひらサイズのスルンツェが僕の肩に腰掛けた状態で現れた。
特に用事があったわけではないが、孤児院の教会に置かれていた女神像を思わせる微笑は、見ていると、ホッと息がつける。
頼もしく思えるほどの綺麗な顔で、僕はいい加減疲れてきた脳味噌を奮い立てる。見て見ぬフリして放置していた大きな瓦礫を掴んで、腰に力を入れる。
「……て、手伝ってくださいよ、真理香先輩」
「なによ! 格好良く、一人で持ち上げるんじゃなかったの? なっさけないわね、モヤシ!」
色白だと自覚はあるが、モヤシと呼ばれるほど貧弱ではないはずだ。そもそも、モヤシは貧乏人にとっては天使級の贖罪だ。馬鹿にしないでもらいたい。
「失礼ですね。いいですか、その気にならなくたって、真理香先輩とグラジュスさんを背中に乗せて腕立て伏せぐらい、チョロいんですからね。お望みなら、人差し指一本でもいいですよ」
ぐっと、真理香先輩が力を入れるのに合わせ、瓦礫を掴む。一人だったら腰を痛めそうだが、二人ならなんとかなりそうだ。
「空乃の上に乗ったグラジュスに、私が立って乗ればいいのね。良い提案じゃないの、空乃。あの糞虫女の背中から見る世界。きっと、眺め大爽快だわね」
「だから、なんで、いちいち挑発するんですか! やめてくださいよ!」
「ごちゃごちゃと、何を企んでいるかぁ!」
がつん。
不意の衝撃。
明後日の方へ吹っ飛んでいく、瓦礫。蹴り上げたのは、グラジュスさんだ。
「いぃいいいいい、いったぁあいじゃないのぉおお!」
両手をぐっと握り閉め、真理香先輩が蹲る。
しっかりと掴んでいたせいで、瓦礫にかかった衝撃を僕たちももろに受けていた。
「警察も、裁判もかっ飛ばして、私刑にしてやるわよ!」
「《地球人》風情が《シルフ》を処すだと? できもしない恐喝など、赤子の泣き声ほどの煩わしさしか感じぬよ。馬鹿め」
ぎりぎり、ばちばちと目に見えてきそうなほどに火花を飛ばし合う二人はこの際、無視だ。
両手を握ったり閉じたりして痛みをやり過ごし、瓦礫の間から顔を出した、おそらくは戦車のハッチに僕は手を伸ばした。
二人に声を掛けるのも、もはや面倒だ。さっさと乗り込んでしまおう。
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