第4話

 肩にスルンツェを乗せたまま、操縦席へ伸びるタラップをゆっくりと降りる。

 ハッチは開けたままなので二人の喧噪はなんとなく聞こえてくるが、久々の一人っきりの空間に、ほっと緩い息が漏れた。

『真っ暗ですね、灯りを点しましょう』

 肩から飛び上がったスルンツェが蛍のように漂い、ぱっと明るさを増す。

「スペックの割りには、なんか、狭いね」

《ラーテ》の車体の長さは三十五メートル、全高十一メートル。ちょっとした宇宙船ほどの大きさがあるようだが、内部は僕の知る戦車よりも二回りほど広いかな、程度と期待を裏切ってくれた。

 もしかすると、ほとんどが装甲なのだろうか。頑丈さを最優先にする《シルフ》の習性は、伊達じゃない、ってところだろう。

「問題は、これがちゃんと動くかどうか、だな。見る限り、内装は現在の宇宙船とさほど変わらないように見える。改装されているのかな? 新しくはないけど、古すぎるようには見えない。さて、どうやって、電源をいれるんだか」

 操縦席っぽい椅子に、座ってみる。中央に置かれた計器類を見回せる位置、若干の傾斜がある内部の一番上の席だ。

 椅子の前に配置されている操作盤にはハンドルの類いはなく、変わりとばかりに丸い大きな石……のように見える特殊ジェルが二つ埋め込まれていた。これは、見覚えがある。

 ジェルの中へ、右手と左手を広げたまま突っ込み、手首を拗る。予想が正しければ、これで動力が入るはずなのだが。……動かない。

『グラジュスのスティック・タブレット内の情報を見てきましたが、動くはずです。パスロックも、出荷元で解除されているのは確認されています。投棄のため、誰でも動かせる状態になっているはずです。戦時中の《シルフ》製兵器の投棄に関する条例通りに処理されなければなりませんから』

「情報が正しければ、動く。動かないんなら、情報が正しくないってことだろうね」

 操縦席から立ち上がり、中央に置かれている様々な計器類のそのまた中央、王のように君臨している半透明の長細いタワーが原因と推測を立ててみる。

 これだけ妙に新しくて、ちょっと安っぽいように見えた。

「技術の詰まった粗大ゴミは、ガーベイジコ・レクターには涎が出るほどの宝物。皮は鉄屑、肉は技術屋、大当たりの脳味噌はハイランカーに横流し。あぁ、こりゃこりゃ仕事に精が出る、張りが出る~」

『歌? ですか?』

 スルンツェが疑問符を浮かべているのは、シャマイム社長原案の歌詞か、超しっぱずれの僕の音程のせいか。

 深く追及してもされても不毛なので流しておいて、長細いタワーに渾身の力を込めた右ストレートをぶち込む。

 タワーが《シルフ》製品であれば、僕の繊細な拳は粉々になる。が、砕け散ったのは、思ったとおり、タワーのほうだった。

 なんにつけても、馬鹿みたいに頑丈に作り上げる《シルフ》の戦車。その、心臓ともいえる電池が収まっているだろう場所から、明らかに電池には見えないモノが零れ落ちてきた。

「蛇の人形とか、馬鹿にしてんのか?」

『デンキウナギではないですかね?』

「いや、どっちでもいいけど。まいったな、電源がなくちゃ、動かないぞ」

 肝心の電池だけ抜き取って、あとはゴミに回してきたのだ。

『空乃、体調はどうですか? 辛いところは? 酷く疲れているなんてことはないでしょうか?』

「いきなり、なんだい? 疲れていないって言いたいところだけど、なかなか希望を見出せなくて、正直しんどいかもしれない」

 気持ちとしては、このまま寝てしまいたい。戦車のクセして、座席シートはふかふかで座り心地が良さそうだ。疲れ切った体には、悪魔の囁きのように魅力的だった。

「けど、まだ死にたくないよ」

『わかりました。空乃、頑張りましょう。目指すポイントまで、とりあえず生き残るために』

 車内を照らしていた光が、パッと弾けた。 

 一瞬だけ真っ暗になった視界に驚く間もなく、僕の目の前に現れた等身大のスルンツェが、頼もしい笑顔で僕の手を取って……再び消えた。

『私が、戦車の動力になります。空乃は、操縦席へ』

「そうか、キミは《オンディーナ》だもんな」

《モノクル》から流れ込んでくる声に促されるまま、さっきと同じ手順で、起動作業を行う。

 シートから伝わってくる振動。今度はちゃんと、火が灯ったようだ。

 ついで、ブラックアウトしていたモニター類が目を覚ます。ぐるりと、三百六十度が見渡せるパノラマ・ビューには、瓦礫ばかりが映っている。

 そういえば、ハッチ以外は全部、埋まっているんだっけか。

「まずは、脱出だ!」

『メイン・コンピューターの思考制御プログラムを、《地球人》用に上書きしました。私が保有するデータベースより抜き出して作った即興ですので、注意して使ってください』

 ジェルに突っ込んだ手指に、適度な圧迫感を覚える。戦車のシステムが、皮膚を通り抜けて僕の神経と触れ合う。

 操縦の経験がないずぶの素人に、システムは読み込んだ思考を実現させるための最適化されたマニュアルを《モノクル》の電子ディスプレイに投影させた。

 とりあえずは、前進――と、行きたいところだが、《ラーテ》の馬鹿みたいな重量が問題だ。

 いくら地球よりも重力が少ないとはいえ、足場はそれぞれが形も材質も違うゴミでできている。不安定、極まりない。

 底なし沼に、腰までずっぽり嵌まった象。現在の《ラーテ》は、そんな状態だ。

「主砲は、動くね? とりあえず周りの瓦礫をどかさなきゃ、どうにもならないな」

 パノラマ・ビューに表示される機体情報をチェックして、各部に問題なしと判断。左手の操作を主砲に切り替え、くるっと手首を捻った。

瓦礫で薄暗く塗り潰されていたパノラマ・ビューに、赤い空と瓦礫の世界が映し出される。

「ようやっと、一難去ったかな?」

『アキノ。どうか、無事でいてくださいね』

 涙混じりのスルンツェの声の理由は、すぐに理解できた。

 勢い余って弾き飛ばしすぎた瓦礫が、言い合いを殴り合いまで発展させている真理香先輩とグラジュススさんを仲良くなぎ倒していくさまが、幻のように僕の視界を過ぎていった。

「どうにか、見なかったことにできないかな」

 ノーコメントはきっと、スルンツェの優しさなんだろう。

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