第5話

金属類でごつごつしていた景色は一転して、僕の視界は森で埋め尽くされている。

 いや、キノコなのか? 

 菌類っぽいモノがにょきにょき伸びていて、周囲はなんとなくピンク色に曇っている。肌に当たる風のざらっとした感触は、霧や靄ではない、スモッグだ。

 話には聞いていたけれど、生ゴミポイントは、相当やばい場所のようだ。

 生ゴミを漁るガーベイジ・コレクターも存在しないわけではないが、主流ではない。

 回収できるゴミに価値がないわけではなく、むしろ高価なものが多い。

 かつて、地球の薬品庫と言われていたアマゾンで、希少な虫から特効薬が開発されていったように、投棄惑星に投げ込まれる生ゴミが持つ遺伝子データには、発展途上の僕ら《ローランカー》の進化を促す要素がたっぷりと含まれている。

 ハイリスクハイリターンを狙うなら格好の猟場だろうが、成果が多いぶん、致死率も高い。なにせ、得体の知れない成分があたりいっぱいに漂っているような場所だ。毒沼の中を散歩するようなものだろう。

《ゆめほし社》のような中小企業には、縁のない場所のはずだ。

「よかったですね、真理香先輩。《ラーテ》にガスマスクが装備されていて」

 大げさにも思える大きな音を立てて、骨組みだけになった戦車は進む。

「これって、本当にガスマスクなの? やったら、重くてごつくて、なんだかゴム臭いし。最悪。《シルフ》のセンス、まじで、最悪」

 怒れる真理香先輩と一緒になってしゅごしゅご音を立てるガスマスクは、見慣れると、ちょっと可愛く思えてくる。

 まあ、たぶん、僕は疲れているんだろう。何があっても笑い出しそうなテンションではある。

「名誉のために言っておくが、その奇天烈な仮面は貴様ら《地球人》が作ったモノを参考に作られている。趣味が悪いのは《シルフ》でなく貴様らである。ただのインテリアでしかない、くだらない玩具も、ちゃんと使えるようにしているのが、《シルフ》だ。むしろ感謝すべきだな。膝を着いて、ひれ伏すがいい」

 さすが、異星人。

 グラジュスさんは、ガスマスクどころか口を覆ったりもせず、ピンク色の霧が立ち込める、見た目からして人体に良くなさそうな環境の中で、平然と主砲の上に腰掛けている。

 呼吸はしているように見えるので、肺に相当する器官や腎臓の解毒能力が、ものすごく強いか、高性能なんだろう。もしくは、ただひたすら鈍感なのか。

「感謝はしますが、土下座はしませんよ。余計な仕事をしてるんで、フィフティーフィフティーですよ」

 グラジュスさんからの、返事はない。都合の悪い事実は、目を瞑って揉み消そうって魂胆らしい。耳もまた、高性能のようだ。

 スルンツェが引き出してくれた情報から、《ラーテ》、ドブネズミとも呼ばれる超重量級の戦車は、結局のところ、まともに動けなかった。

 動けば動くほど、重さで沈んでいくばかりで、どうしようもなかった。

「戦車が悪いのではなく、地盤が悪いのだ」とのグラジュスさんの言い分は、まあ、正しい。

 そのとおりだ。戦車は、運用場所を選ぶ兵器だ。戦車が悪いわけではない。場所を選ばず使うほうが、馬鹿なのだ。

「ねえ、空乃。糞虫女の戯れ言を真に受けて、粗大ゴミを掘り出してないで、さっさと走って逃げていたほうが、安全だったんじゃないの?」

「言わないでくださいよ。言わないようにしていたのに。どのみち、脱出艇を運ぶには車両の類いは必要でしたし、終わりよければ、全て良し。目的地には辿り着けそうですし、恨み辛みは水に流しましょうよ」

「硫酸だったら、綺麗に流せそうなんだけどな。もってない?」

 持っているわけがない。

 真理香先輩は、ゴミが直撃して凹んだフレームを、これ見よがしに小突いた。

 振動は主砲に座るグラジュスさんまで届いたようで、「あへっ!」と変な悲鳴が聞こえてくる。

 超重量級戦車の命とも言える堅い装甲は、取り外し可能な場所からできない場所まで全て取り外した。とにもかくにも、軽くしないことには、何もできなかったのだ。

 ドブネズミはハダカテデバネズミ(毛のないネズミ)となり、超重量級戦車は、キャタピラと主砲を残しただけのオープンカーとなった。

 発掘から、始動作業。さらに装甲の取り外し。

 どれだけ時間を掛けたかなんて、正直、知りたくもない。ゴミの投棄と作業が重らなくて、本当に良かった。言えるとすれば、それだけだろう。あと、骨組みになっても《シルフ》製品の頑丈さは馬鹿みたいだってことだろうか。

「生ゴミが降ってこないうちに、飛び立つ準備をしましょう。上に着いてからでも、喧嘩はできるんですからね。我慢してくださいよ」

「喧嘩なんて、ガキ臭い表現はやめてよね。あの糞虫女との戦いは――そう。殺し合いよ」

 余計、物騒にしないでほしい。

 ぐっと握り拳を作って、真理香先輩は意地の悪そうな笑顔をつくった。

 冗談で言ってるわけじゃないから、達が悪い。真理香先輩の喜々とした姿に、顳顬(こめかみ)が痛くなってくる。顎を伝ってきた脂汗を拭って、ガスマスクの分厚いガラス越しに空を見上げた。

 どういったタイミングで、生ゴミが降ってくるかわからない。鉄でなくても遙か上空から落ちてくるのだ、まともに当たって無事でいられるとは思えない。

「上手く《ケージ・コンベヤー》に上がれたとして、そこから先、どうしたらいいんですかね」

「とにかく、投棄惑星を脱出して、助けを呼ぶのが先決でしょ? 無能管理人は無能すぎてあてになんないし、私たちだけで海賊をどうのこうのできると思ってんの? どうしようもないやばい奴を相手するために連星警察ってのがいるのよ。まかせときゃいいの」

 いまだに赤い空を見上げる。

 見つめているとどうにも辛気くさくなってきて、胸が痞えるような不快感に唾を吐き出したいが、マスクをとると健康を害しそうなのでしかたなく飲み込む。気持ち悪さは、晴れない。

「で、グラジュス。アンタが言うところのお勧めポイントってのには、いつになったら到着するわけ?」

 主砲に座っていたグラジュスさんが、すくっと立ち上がった。

 ぞんざいな口調の真理香先輩に、報復か? きっちりとした制服でもわかるスタイルのいい背中には、なんだろう、不穏な気配を感じる。

「進む必要は、ないよ。迎えが来たようだからね」

 僕の危惧を余所に、振り返ったグラジュスさんの顔には満面の笑顔が浮かんでいた。

 迎え、となると、グラジュスさんの同僚か? 助けに来たのだろうか?

 数時間の付き合いしかなくても、首を傾げたくなる程、綺麗で清楚なグラジュスさんの笑顔が――一瞬にして陰る。

 何度も何度も同じ脅威に曝されてきたからか、直感が顔を空へと向けさせていた。

 光源を遮って落下してくる、真四角の塊。

 《ケージ・コンベヤー》だ。またか!

「真理香先輩、伏せて!」

 急停車させた《ラーテ》から、振り落とされそうになる真理香先輩の襟首を掴んで、僕は慌ててコンソロールの下へと潜り込んだ。

 直撃の心配はなさそうだが、ここは生ゴミという名の、得体の知れない生物性廃棄物が大量に埋まっている場所だ。

 何かの拍子でガスマスクが外れて外気を吸い込めば、どんな害が体に起こるか分かったもんじゃない。

 もふっと音がして、視界がピンク色に染まる。落下の衝撃によって撒き散らされた何らかの物質は、《ラーテ》のフレームに弾かれながら、彼方へと飛んでいった。物凄い勢いだ。フレームに細かな傷ができる。

 ピンク色に塗装された《ラーテ》。よく見れば、僕自身もどぎついピンク色になっている。ちょっと粘つく感じが、途轍もなく不快だ。

「空乃、お風呂だしてよ!」

「持ってたら、僕が一番に入ってますよ」

 粘つく体に苦労しながら、真理香先輩を助けつつ立ち上がる。

「へ~え。キミがアキノくんか」

 甲高いのに、何処か粘っこい口調。

 僕を呼ぶ知らない声は、《ラーテ》の無駄に立派な主砲の車線軸上から聞こえてきた。

 生ゴミが積み重なり、苔やらキノコやらが無造作に生える地面に半分ほどめり込んだ、《ケージ・コンベヤー》の上、頑丈なはずの壁に開いた大穴の側に、二人の人影があった。

「お、お母さんじゃないですか!」

「エリカって呼んで頂戴。あれ? ワタシって、アキノちゃんのお母さんだったかしら?」

 濃厚になってゆくスモッグをものともせず、にこやかな笑顔で僕たちに銃を向ける女の顔。

 スルンツェが見せてくれた映像に映っていた海賊の一味で、真理香先輩のお母さんであるエリカの隣には、グラジュスさんが立っていた。

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