第4話
「要約すれば、爆発しちゃいまして」
「はぁ?」と生返事すれば、コーノさんは「巨大ゴミに輸送船が押し潰され、爆散したのです」と、気の抜けた声で補足してくれた。
「私はちょうど船外で作業をしていたので、無事だったんです」
要約しすぎだ。とはいえ、詳しく聞いても事態を呑み込めてはいないのだが。
「情報の総取りである《タスキン》社の輸送船が、何もできずに潰れるなんて。情報そのものが、フェイクなのかしら」
ぼんやりするしかない僕の隣で、ナオミさんは腕を組んで呻いた。
「偽の情報を流して、僕たちを殺すつもりだったんですかね?」
ハイランカーに対する一般的な心証は、はっきり言って、悪い。全員が悪い奴とは流石に言えないが、大方は偉ぶって僕たちを見下す輩ばかりだ。
投棄惑星《セブンス》を覆う《ケージ・コンベヤー》を管理しているのはハイランカーだが、所詮は彼らにとっての不要品を日々捨てるだけの末端作業従事者だ。
ろくな連中でないことは、容易に想像が付く。誰だってできるような閑職に、有能な人材が集まるわけがない。
「最初は、私もとんだ情報を掴まされたと疑いましたよ」
怒りを感じさせる顔文字が、プルプルと琥珀色の背中で震えた。……腹、もしくは頭かも知れないが。
「なにしろ天上の方々は、ご存じのとおりに傲慢でしてね。世間話をするにも、手土産がなければ
けども。
コーノさんは言葉を切って、表皮に「?」マークを表示した。
「よぉーぐ考え直したんですが、計画自体は狂ってねぇのです」
「本当に、よーく考えたの? 投棄計画が嘘じゃなくて本当なら、なんで《タスキン》社が壊滅的状況になっているのよ。こっちだって、わりかし危ない目に遭ってるんだよ?」
わりかし、というよりも結構な危ない目に遭っている。主に僕が、であるが。
真理香先輩のタン瘤は、放置していればすぐに治る。足の打撲は、そもそもが自業自得だ。僕を無視して、話を進めないで欲しいものである。
「こっちはね、横流しの横流しされた情報を頼りに、ゴミ浚いしているの。情報に尾鰭や背鰭がつくとしても、大本がしっかりしてなきゃ、どう繕ったって、ガセはガセでしかない。損害賠償を請求するわよ! ごまかしたって、許さないんだから」
「ゴミ浚い? いやいや、可愛らしいお顔をしているのに、なかなかジャンクな言葉を好むんですな。よぐねぇですよ、まったく、よぐねぇ。んげな、言葉を使っていますと、性格までジャンクになるのですよ。あ、もうなってまずか。申し訳ね」
コーノさんは余裕のていで、ゼリーのように震えた。「なかなか、お似合いですよね」とは、まあ余計な一言だ。真理香先輩の逆鱗を撫でるどころか、堂々と毟り取っていく。
「我が社が入手し、流出させている情報に、間違いはないのです。投棄は計画通りに行われているのですが、問題は、異常なまでの投棄量です。たしかめてないので、確かではないですが、限度量を超えているようにおもえまず。まんず、上でなにかトラブルがあったと考えるべきでしょう。金をよこせと言われても、困ります。私のせいでば、ないですからね」
「違っているなら、ガセじゃないの!」
白い頬を真っ赤に染める真理香先輩。あわや乱闘が始まるか――と、やきもきしてみたが、打ち鳴らされる柏手が場の熱気を振り払った。
「喧嘩はともかく、現状を把握したほうが良いと思います。社長、社屋の周り、どうなっています?」
いつでも冷静なナオミさんの声は、今も変わらず冷静そのものだった。
真理香先輩の意気に飲まれて上がりきった心拍数が、すうっと平常値に戻ってゆく。そう、生き埋めになったとはいえ、まだ僕たちは死んでいない。落ち着け、パニクるな。
「反射が多いな。電波を飛ばすと、頭ン中がわんわんして、ぶっ倒れそうだ。相当、深く潜っちまったようだなぁ。幸いにも、周りは小魚ばかりで鯨はいなそうだ。潰されなくて良かったぜ」
最後の氷を愛おしそうに口の中で転がしながら、シャマイム社長はご自慢の角を振る。小魚はメタル屑、鯨は中古の最新鋭機械を示す業界用語だ。
見た目が毛むくじゃらの獣だからか、侮られがちな《バイコーン》ではあるが、角の形をした特殊器官から発せられる電波を使った反響定位能力は、あらゆるレーダーを凌ぐ高性能さを持っている。
「なんとかして、地上に出られないかしら」
ナオミさんは首を傾げる。シャマイム社長は、どうしたもんだかなァと、床に零れた氷のなれの果てをぺろぺろ舐めている。
「あの、救難信号を出してみては、どうですか?」
なんとか、打開策はないだろうか。
足りない頭で考えてはみたものの、良くない案であったのは、確かなようだ。
ナオミさんは授業参観で恥を掻いた親のような困り顔、真理香先輩は頬杖を突いてこれ見よがしに溜息をつている。針のむしろである。
ゴミに埋もれている状況で、さらに潜りたくなってくるじゃないか。
「ほら、腐ってもハイランカーですし。《連星政府》の条約にもあるように、有事、人命救助の場合は特例として接触を許可する、とありますし、助けてくれたり……は?」
「あのね、空乃。ここ五年のスパンで、ガーベイジ・コレクターが何人ぐらい死んでいると思っている?」
頬杖を突いたまま、真理香先輩が問う。知らないし、知りたくもない情報だ。僕はまだ、作業を始めて三日しか経っていないド新人だ。
「報告されている数だけでも、ざっと一万人。社員全滅で潰れた社は……いくらぐらいだったかしら?」
拒否するよりも、耳を塞ぐよりも先に口を開いたのはナオミさんだ。
にこにこと穏やかな天使の微笑を被せて教えてくれるが、浅黒い肌に絡む黒髪がさらに肌の色を濃くして……僕は毛を毟られたアヒルの心境に思いを馳せざるを得なかった。
「理解した? 救難信号を出したところでハイランカーが私たちのために、親切心や義務で動いてなんて、絶対にありえないのよ。ガーベイジ・コレクターが投棄惑星で死ぬなんて、日常茶飯事だもの。奴らに良心があったとしても、痛むような事例じゃないのよ。確かに、《連星政府》には、人命救助の特別措置枠があるけれど、所詮は表向きよ。自分たちは、血も涙もない鬼じゃありません、ってやつね。単なるパフォーマンス」
「でも、ですよ。外から引っ張り出してくれないことには、脱出なんて不可能なんじゃ? まさか、作業機械で根気よく瓦礫を掻き分けて地上に出るんですか?」
いくら低重力惑星だろうと、できることと、できないことがある。メタル屑を土砂のように切り崩して進むなんて、不可能だ。
「しょうがねぇのよ、空乃。投棄惑星の管理官ってのは、オレらからにしちゃ天上人だが《連星政府》の奴らにとっちゃ、クソみたいな左遷先でしかない。ろくに仕事をしないやつらが、人命救助なんて、するわけないだろ? とどのつまりは、自分たちでなんとかしなくちゃならねぇってこった。訳のわからない他人に、てめぇの命を預けンのは、馬鹿だけだ」
「シャマイム社長の言うとおりです。安直に他人に助けてもらおうなんて、思ってはいけません」
強気な台詞は、コーノさんだ。
「私どもはガーベイジ・コレクターです。五年間に一万人も死んでも、供給に全く問題が起きないくらいの人材が今も《セブンス》におるのです。助けを求めるならば、同郷のものでありましょう」
「それも、どうかねぇ」
げぷっと、草臭いゲップを吐いて、シャマイム社長はブラックアウトしたままのスクリーン・モニターを見上げた。
「ライバル社が消えれば消えるほど、自分たちに利益が跳ね返ってくる。助けを求めたって、知らん顔されるのがオチじゃないかね。オレだって、そうする。交渉の切り札もない状況で、協力を求めてもなァ」
足元から、びりびりと痺れるような振動。
ああだこうだと話している間にも、ゴミは無慈悲に降り積もっていく。埋まれば埋まるほど、逃げるチャンスは薄らいでいく。
無線は生きている。救難信号は、出せる。
が、受信して駆けつけてくれるほどありがたいお人好しがいるかどうかが、分からない。
無線は《セブンス》内でしか通じず、拠点としている違法コロニーまでは、遠すぎて届かない。届いたところで、助けに来てくれるような当てはない。
「いや、ですから、身内に助けを求めればいいわけです。私が誰だか、お忘れではありませんか? ガーベイジ・コレクターの最大手、《タスキン》社の重役ですよ。天上の方々と、黒い糸で結ばれている仲ですよ!」
「手があるなら、もったいぶらないで、はっきりと言いなさいよ!」
うねうねとうねるコーノさんに、痺れを切らした真理香先輩のブーツがめり込んだ。効果のほどは……残念ながら、なさそうだ。
「管理官に協力して貰って、本社に助けを要請するんです。《ケージ・コンベヤー》内の通信機能ならば、本社まで余裕で届きます。おまけに、情報の齟齬も追及しなければなりません。こちらは、大事な輸送船と職員をなぐしているんです。手ぶらで帰ったら、私は即刻、クビですよ。クビ。築き上げてきた、この地位と、関係! 失うわけには行きません。私の人生設計には、まだまだ輝ける予定があるのです。具体的に言えば、《セブンス》管理官であるグラジェス様との結婚です! 寿退社してやりますよ! 逆玉ってやつですねぇ! 今回の件を盾にして、優位な立ち位置を確保しますよぉ!」
興奮からか、体内から発生した気泡がぶくぶくと、沸騰する水のように弾けている。
「投棄計画の変更を事前に聞かされていない程度の関係で、未来予測できるなんて、コーノさんの頭の中は、幸せ者なのですねぇ」
ナオミさんは、にこやかに、軟体のど真ん中に鋭い一撃を食らわす。精神的な打撃は効果があるようで、コーノさんは数秒ばかりフリーズした。
「で、ですからね。私に連絡がとれないほどのトラブルが、《ケージ・コンベヤー》に起こっているのです。助けに行かねばなりません! 待っていてください、グラジェス! 貴女に借りを作る、またとないチャンス、逃しはしませんよぉ」
「空乃、真理香。お前たちも、アウローラ氏に従いて行け」
氷を食べて湿った口元を薄紫色の舌で舐めつつ、シャマイム社長はナオミさんの足元へ移動し、座り込んだ。
「輸送船、放棄しないんですか?」
「できるわけねぇだろうが、クズ」
格納庫と同じく、絨毯が敷かれた床にナオミさんも「よいしょ」と声を掛けて座り込んだ。《バイコーン》のもこもこした毛は、クッション変わりにするには最高に気持ちが良さそうだ。
とんでもない危機的状況を全部すっかり忘れて、二人だけを見れば、貴婦人と一角獣を連想させる構図だ。一角獣のほうは少々毛が多すぎるけど。
「船と作業車を失ったら、《ゆめほし》社は廃業するシかない。新人クズには関係ない話だが、《ゆめほし》社は、オレとナオミで立ち上げた会社だ。死ぬ気で、設立してやったオレたちの城ってやつよ。辞めるときは、死ぬときだと思って仕事をしてる。こっから出る気は、さらさらないね」
「なんだか、結婚式みたいですね。健やかなるときも、病めるときも、って感じで」
微笑むナオミさんに、シャマイム社長は意外にも真面目そうな顔をして大きく息をついた。
「とにかくだ。任せたぜ、空乃。《ゆめほし》社での、最初の仕事だ。お偉いさんを捕まえて、社屋を引っ張り出してくれ。オレらの命は、お前に懸かってるンだからな」
頑張れよ。
そう、続いたシャマイム社長の言葉に、僕は石が混じっているような硬い唾を飲み込んだ。
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