第6話
年の功というか、身分というやつか。
グラジュスさんが閲覧できる情報上限は、僕らとは比べきれないほどに高いようだ。
違法コロニーの、あるだけマシなお粗末端末のせいもあるが、僕では船の船籍すら調べ出せなかった。
当事者であるにもかかわらず、だ。
いや、当事者として認識すらされていないのだから、当然と言えば当然なのだが。
だとしても、相当な情報規制が懸かっている案件であるように思える。いくらなんでも、得られる情報が少なすぎるように思えた。
「ミドゥバル・ディ・スプリガン? 誰ですか?」
「スプリガンって、あの《スプリガン》?」
真理香先輩のほうは、どうやら知っているようだ。
グラジュスさんは、僕にこれ見よがしに肩をすくめてから「そうだ」と頷いた。苛立った顔つきは、見ているこっちがひやひやするほど怖い。
「《スプリガン》は体内で生成した種子他種族の生殖機能部位に寄生させ、同化。混血児ではなく純粋な《スプリガン》の子供を産ませる種族だ。奴らによって、崩壊した文明は片手では足りないだろう。我が同胞も、相当の被害を被っている」
「何十年も前に、《連星政府》軍が根絶させたって宣伝してなかった?」
不機嫌を顔に書いて、椅子にふんぞりかえる真理香先輩。グラジュスさんを責めている訳ではないのだろうが、私情を挟みまくっていてとにかく態度が悪い。
「たった一種族とはいえ、何万、何億といるのだぞ。その全てを殺し尽くすなど、不可能だ。危険分子の抹殺が、せいぜいにきまっている。建前として、根絶したと言っているにすぎない。現に、友好的な輩は処置を受けて現在も多くの《スプリガン》が生存しているよ」
「記録には、ただ海賊とだけしかありませんでした。《スプリガン》なんて言葉、何処にも載っていなかったですよ」
「いないと公表しているものを、公に言えるわけがなかろう。引っ捕らえているなら話は別だが、結構な死者を出しておいて取り逃がしている。警察の面子が立たないさ。虚勢でも威信が存在していなければ、なりたたん組織だからな」
グラジュスさんは長い髪をかき上げて、僕をじっと見てきた。ギラギラとした視線が少しだけ和らいでいて、どこか同情にもとれる柔らかさを感じた。
「公式の記録はないが、現状を記した報告書を見る限りはだいたいの想像はつくよ。しかし、空乃といったか? お前は、至極運が良かったのだな。《スプリガン》の種に寄生されていると分かれば、隔離処理されていただろうに」
「隔離? あの、とんでもない死者数は……もしかして、隔離された人も入っているんじゃ?」
急な目眩を感じて、僕はこめかみを押さえた。かろうじて倒れはしなかったが、気持ちとしては何もかも忘れてベッドに飛び込みたかった。
夢で見たあの惨劇はすべて《スプリガン》に――ミドゥバル一人によって、引き起こされたのだろうか? 記録では海賊とだけしかなく、肝心の人数も記されていなかったが。
グラジュスさんは、何も言わない。予想は付いていそうだが、核心はないのだろう。僕を見下ろしてくる視線が憐れむように見えて、辛い。
「スルンツェ。聞きたいことがあるんだ」
十四年前、僕はミドゥバルと遭遇している。
死など絶対に受け容れたくなかったが、どうしようもなく覚悟せざるを得ない状況だった。
いま、ここにいるのだから僕は助かったのだろうが、どうやって危機を免れたのか――
「僕を助けてくれたのは、キミなのか?」
そうだ、思い出した。
暗がりに、突然差し込んだ光。
ミドゥバルが伸ばした手に刺し貫かれると思ったあのとき、寸前でスルンツェが現れた。手のひらサイズではなく、五歳の僕よりも拳一個分ほど高い身長で。
『全ての記憶を解放させられませんが、答えることならできます。答は、イエス。わたしは、空乃を見捨てられなかった』
ちくっと、胸が痺れる。なんだろう、この痛みは。
「僕の記憶が曖昧なのは、キミのせいなのか? 僕の記憶喪失は、意図的なものなのか? キミは、僕の何なんだ?」
返事は、残念ながら、ない。いや、意を汲むならば、イエスなのか。
僕はとりあえず、大きく息をついて立ち上がった。
強い目眩は、記憶の混乱から来るものに違いない。目元を軽く揉んで、さらに息をつく。
しばらく何もなかった更地に、突如として現れたビル群に感じる違和感ににている。なくしていた記憶が、時系列を無視してぽこぽことキノコのように乱立していく気持ちの悪さは、いっそ、一気に目覚めてくれたほうがマシだ。
「ねえ、顔色が悪いよ? 大丈夫?」
やたら近い位置に、真理香先輩の瞳がある。少し赤みを帯びた、珍しい光彩と長い睫が、意外と女の子らしい。
環境の悪い職場でも、綺麗な肌をしているのは、若さからか。
いや、僕も充分に若者だけど。
『オンディーナラインに障害が出る以前の《ケージ・コンベヤー》のセキュリティ・データベースに残る映像なら、お見せできます。侵入してきた海賊の姿を、捉えたものです』
スルンツェの姿が消え、広い部屋を埋め尽くすほどの大きなスクリーンが現れた。
「ハイエストって初めて会うけど、便利なもんね。大まかに言えば、自然現象だって聞いたけど想像していたよりもずっと人間っぽいし」
細胞の集合体である僕らと違い、超常現象の擬人化存在であるハイエストにとって、人の形は僕ら下等種とのコミュニケーションの手段の一つでしかない。つまりは、かりそめの姿だ。
スルンツェが変化したスクリーンに、二人の人影が映し出された。
「こいつらが、海賊一味? え? これで全員なの? ちょっと、たった二人にアンタやられちゃったわけ? だっさ」
「……モノを知らぬ小娘が。せいぜい、馬鹿笑いしていればいい。笑いながら死ねるのも、ある意味幸せだろうからな」
だんだんと解像度が上げられ鮮明になってゆく映像にあるのは、何処をどうみてもたった二人の女だけ。
「止めて、映像を……止めて!」
愕然とする暇もなく、悲鳴に近い真理香先輩の声が上がった。これには、スルンツェも驚いたようだ。スクリーンが跳ねるように歪んだ。
「何で、お母さんがいるの?」
青褪めた、真理香先輩の視線の先。豊かな栗色の髪を靡かせて歩く美女が、スクリーンに大きく映し出されていた。
そして、その隣には黒髪の女。
「スルンツェ、本当にこの人がミドゥバルなのか?」
栗色の髪と並んで歩く、艶やかな黒髪が美しい女。見覚えはある。確かにある。
記憶の中で、僕の手を繋いでいた女性――新條海里。僕の母さんだ。
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