第5話
「頭が高いぞ、貴様ら!」
ばん、っと机を叩き、場を取り仕切るっているのは、なぜだか、グラジュスさんだ。
なぜだか、囲んだ机の上に頭をこすりつけろと僕たちは命令されていて、なんでかは、さっぱりわからない。
もちろん、グラジュスさんの理不尽な要求は全力で拒否した。
「気に食わないなら、アンタが立てばいいんじゃないの? 罰当番みたいに、独り間抜け面で端っこに行ってなさいよ。バケツはあるかしら?」
あるわけがない。
防火設備は頭上のスプリンクラーで事足りるだろうし、砂遊びなんて宇宙空間では厳禁だ。
司会進行役を勝手に分捕ったグラジュスさんがよほど気に入らないのか、真理香先輩の機嫌は、だだ下がり中だ。下がりに下がって、歯止めが利いていないように思える。
グラジュスさんが主導権を握りたがるのも、無理はないだろう。グラジュスさんは《セブンス》の管理責任者だ。立場を考えれば、妥当な配役ともいえる。
僕らはグラジュスさんの案内で、落ちてきた《ケージ・コンベヤー》の内部に入った。
緊急時に脱出するための区画のようで、内部は生活区画というよりは、宇宙港みたくなっている。
壁に打ち込んであるプレートには脱出艇への案内図が描かれてあって、細かい注意書きが赤文字でプリントされている。ずいぶんとレトロな仕様だ。
グラジュスさんは、とにもかくにも、身の安全を図るために区画ごと切り離して逃げてきたらしい。切羽詰まった状況だったのかもしれないが、あまりにも後先を考えていなさすぎる。
落ちた後、どうやって逃げるのか? 問えば、返ってきた言葉は「なんとかなる」だ。
一応は僕らよりも文明レベルが高いとされている種族から、根性論が出てくるとは、思いもしなかった。
「どうしようかしら、空乃。私、下等なローランカーだから、頭の下げ方を知らなのよね。飛べもしないのに、無駄でしかない羽を生やしたハイランカー様が、お手本を見せてくだされば、わかりやすいんですけどォ?」
かつかつと、机を人差し指で叩く真理香先輩は、待機所のパイプイスにふんぞり返った。
あからさまな挑発に、グラジュスさんはというと、ひくひくと、頭の上で二つの触角を揺らしている。
一発触発って状況が、目に見えてわかる。
「あの、話を進める前に一つ、いいですか? コーノさん、真っ二つのままで放置してきちゃったんですけど」
入口を指差して、僕。
「どうだっていいわよ!」「どうだって、いいだろう!」
なんてことだ、二人同時に怒鳴られた。
仲が良いのか、悪いのか。啀み合う原因が同族嫌悪だったりしたら……ちょっとどころでなく、かなり恐ろしい状況じゃないか?
真理香先輩の自乗。対する僕は、一人きり。はっきり言おう、対処仕切れる自信がまったくない。
『大丈夫、核は傷つけていないから。仮死状態になっていると、思ってください。そのうち、お目覚めになるでしょう』
ぱちっと、放電音。
姿を消していたホログラムの少女が、机の上に現れた。手のひらサイズの可愛い頭身は、まんま、お人形のようだった。
『改めまして、空乃。初めまして、真理香。お久しぶりですね、グラジュス。わたしは、スルンツェ。《オンディーナ》の大使を任されていた、疑似人格体です。現在、《オンディーナ》は、他種族との文明的接触を控えています。なので、わたくしの肩書きは、過去のものとなっております。お気遣いは無用でございますので、敬称は略して結構でございます』
フリルのたっぷり付いたスカートの裾を摘まみ、緩やかなカーブを描く豊かな髪の毛をマントのように翻したスルンツェは、くるっと一回転して頭を垂れた。
頭からぴょんと飛び出たリボンも一緒に、お辞儀するように跳ねる様子は、なんというか、可愛らしい。解像度は低いが、とても立体的なホログラムだった。
『わたし、スルンツェは、新條空乃を守るため、再度具現化させていただきました』
背丈はともかく、顔つきや見た目から十歳児にしか見えないスルンツェは、任せろとばかりに反らした胸をとん、と叩いた。
「僕を、守りにって……どうして? 攫って身代金を取ろうにも、無一文の価値無しですよ。おまけに、世話になった孤児院は通年経営破綻状態ですし。こんな僕を、誰が襲うんですか? まったく、労力に合わないですよ」
「なに食わぬ顔で、とんでもない身の上を、さらっと話さないのっ! 他人の不幸は蜜の味でも、不幸自慢は聞かされると胸くそ悪くなるのよ」
ぺしっと、後頭部を叩かれる。
言っておいてなんだが、確かに、とんでもない身の上だ。自覚がないから泣けないだけで、実感が伴っていたらと思うと――いや、考えないようにしておこう。
「だいたい、問題は空乃の有用性なんかじゃなくて、誰が危害を加えようとしているか、じゃないの? このちんちくりんが、自分から言ってたように、空乃はただの地球人。ローランカーよ。そりゃ、経歴はちょっと一般的じゃないけれど、顔は平均並みよ。狙われるんなら、むしろ、そこの昆虫女か……《オンディーナ》だっていう、元大使さまのほうでしょう?」
真理香さんは人差し指をすっと伸ばしてスルンツェを指さし……すぐに、グラジュスさんに手を叩き落とされた。
いや、叩かれたというよりも殴られたと表現したほうが的確か。
人差し指を突き出したままの右手を、勢いよくテーブルに叩きつけられた真理香先輩の、ボロ雑巾を引きちぎるような野太い悲鳴は、女性としては不本意だろうから、聞かなかった振りで通そう。
「いっ、痛いじゃない! なにすんのよ!」
「既に重役を退いておられるとはいえ、スルンツェさまは、ハイエストであらせられるのだぞ! 頭が高い! どうせなら、ぺちゃ鼻がさらに潰れて粉々になるほど、ひれ伏せ!」
二人がくだらない取っ組み合いをしている間にも、《ケージ・コンベヤー》からパージされたコンテナには、がつんがつんとゴミの雨が降り続いている。
折角、地表に出たのに、また埋もれるんじゃ、身が保たない。なんとか、事態を動かさないと。
「とにかく、話が進まないんで、静かにしてくださいよ、お二人とも」
取っ組み合いの喧嘩をじゃれていると思っているのか、そもそも気にも留めてないのか。
一番、穏便に事を治められそうなスルンツェは、傍観を決め込んでいて、全く動きそうにない。
渋々僕が割って入ったが……うん、恐ろしい。
眼光鋭い四つの眼球が、僕を食い殺そうと睨み付けてくる。
「なによ、空乃のくせに指図しようっての?」
「なぜ、貴様のような下等種族がハイエストの守護を浮けているのか、理解できん!」
あぁ、まずい。二人の標的が僕に向かって合致する前に、中断しっぱなしの話を進めなくては!
強く手を叩いて、場の空気を変える。変えたつもりだ。変わっていてくれ。
「スルンツェ。いったい、誰が僕を狙っているんだい?」
『もう、わかっているはずです。わたくしは危険回避のために、封印した記憶の一部を開放いたしました。空乃は見たでしょう? 十四年前の悲劇を引き起こした、あの人を』
僕は両手をテーブルに付いて、スルンツェの小さな丸い目を覗き込んだ。大きな瞳には、呆けた顔の僕が映り込んでいる。あの人……僕を襲ったあの女のことだろうか。
「十四年前? まさか、星間遊泳船グロリアス号の悲劇か?」
「知っているんですか?」思わず聞き返せば、グラジュスさんは持ち前の自尊心を刺激されたか機嫌良く頷いた。得意げな顔が、すこし可愛らしくも見える。
「《スプリガン》が起こした事件のなかでは比較的小規模であるが、グロリアス号の惨殺は、とにかく派手だったのは覚えている。そうか……貴様、生き残りか? 喜べ、多大に人生を狂わせた仇が頭の上でふんぞり返っているぞ」
落ちてくるゴミでへこみ始めた天井を指差し、グラジュスさんは笑い混じりの言葉とは裏腹に、厳しい表情を作って僕に告げた。
「ミドゥバル・ディ・スプリガン。史上最悪の海賊によって《ケージ・コンベヤー》はその業務を停止している」
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