概要
救世主と呼ばれた男の最期にして最後の会話について語るべき二、三の事実
西暦三十年頃、一人の男が十字架にかけられて死んだ。
男は父母を愛し、また人を愛する温厚な人間であった。
男には死に値する罪など無かった。
ただ――男の愛は人にとってあまりにも清冽過ぎた。
男は父母を愛し、また人を愛する温厚な人間であった。
男には死に値する罪など無かった。
ただ――男の愛は人にとってあまりにも清冽過ぎた。
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おすすめレビュー
新着おすすめレビュー
- ★★★ Excellent!!!僕は、幸せに死ねればいいかな。
とにかく、読んでいて楽しかったです! 主人公は、恐らく世界一有名な、彼。
良い奴だった……。他に言葉が無いくらい、良い奴でした(((
まさかの一人称が“僕”。その時点でかなり意外だったのに、「なんでこんな目に遭っているのだろう」とか「ちなみに僕はすっきりした」とか、私は読んでいて転げ回りました(笑)。
彼をこんな風に解釈する発想が、羨ましいです。尊敬です! 私もこういうのが書けるようになりたいよ! そもそも、こういうからっとした性格になりたい。
悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきます(笑)。勿論、良い意味で。
今5回目読んできたのですが、私は、あと何回読み返しにくるのでし…続きを読む - ★★★ Excellent!!!Eli,Eli,Lema Sabachthani?
神様の解釈が近いところにあったのですんなり読めました。最近FGOの七章をやったところなので脳内でギルガメシュ叙事詩とバビロニア神話が混ざっているのでアレなんですけどそもそもキリストが生まれたのはたった二千年ちょっと前、対してティアマトとキングゥの死(=人間の始まり、神代の終わり)は紀元前千年以上を遡る話ですから千年も経ったらそろそろ親離れをしなくてはなりません。見捨てたのではありません、人類よ、自立の時です。ティアマトを殺してへその緒を切り、生命体として自立した人類はこの時精神的にも自立を迎えたのです。救いを期待してはならない。我々は親の手を離れ、親よりも未来へ進まねばなりません。Eli,E…続きを読む