主よ、主よ、何故私を見捨てたもうか

作者 海野しぃる

90

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★★★ Excellent!!!

 とにかく、読んでいて楽しかったです! 主人公は、恐らく世界一有名な、彼。

 良い奴だった……。他に言葉が無いくらい、良い奴でした(((

 まさかの一人称が“僕”。その時点でかなり意外だったのに、「なんでこんな目に遭っているのだろう」とか「ちなみに僕はすっきりした」とか、私は読んでいて転げ回りました(笑)。
 彼をこんな風に解釈する発想が、羨ましいです。尊敬です! 私もこういうのが書けるようになりたいよ! そもそも、こういうからっとした性格になりたい。

悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきます(笑)。勿論、良い意味で。


 今5回目読んできたのですが、私は、あと何回読み返しにくるのでしょうか(((

★★★ Excellent!!!

神様の解釈が近いところにあったのですんなり読めました。最近FGOの七章をやったところなので脳内でギルガメシュ叙事詩とバビロニア神話が混ざっているのでアレなんですけどそもそもキリストが生まれたのはたった二千年ちょっと前、対してティアマトとキングゥの死(=人間の始まり、神代の終わり)は紀元前千年以上を遡る話ですから千年も経ったらそろそろ親離れをしなくてはなりません。見捨てたのではありません、人類よ、自立の時です。ティアマトを殺してへその緒を切り、生命体として自立した人類はこの時精神的にも自立を迎えたのです。救いを期待してはならない。我々は親の手を離れ、親よりも未来へ進まねばなりません。Eli,Eli,lema sabachthani? 自転車ごと転んで泣きじゃくる子供はそう訴えます。人類よ、母の肉体を超え、父の手を振り払い、未来へ。

★★★ Excellent!!!

信仰とは神からの恩恵を得たいがために行うものだが、当の神は何もしない。
当の神は何もしないが、神を想うことによって、何かしらの恩恵は得られる。
「神を想うこと」というのは、信仰とは違うようにも思えますが、どちらにせよ、パラドクスのように見えます。
神は無慈悲だが慈悲がある、というように見えます。
この作中のキリストは、その神という曖昧な概念を把握し、二人の盗賊、そして読者に説こうとしているのだろうと考えられます。
やはり、彼は救世主なのですね。

★★★ Excellent!!!

この言葉を、遠藤周作は「旧約聖書 『詩編』 第22編」を暗唱していたにすぎない、と解釈していた。その解釈との差異におや? と思ったのだが、

とは言ってもね。救われるのが宗教だし、救われるのが信仰ってもんでしょう。この物語におけるナザレのイエスと、二人の盗賊は救われて死んだ。それが一番大切なこと。

神は、彼らを救ったのだ。

★★★ Excellent!!!

 題名を見て、もっと暗くて重い話を想像しましたが、違いました。歴史より現代ドラマの感覚で読むことができます。神様について話すとう作品ですが、難しい話ではありません。宗教色も弱いです。
 会話がメインになりますが、その状況は過酷で、ラストには感動です。もし歴史が苦手だからという理由で、読むのをためらった方がいれば、是非ご一読ください。

★★★ Excellent!!!

生きるということは、いつだって辛く苦しい。
ならば、この生の責任くらいは神に背負ってもらおう、と彼は言う。
本作のキリストはなかなかにロックだ。
彼が人を惹きつけた理由は、案外こんなところにあったのかもしれない。
彼のそばにいる人は、少しだけ気持ちが楽になったことだろう。
人生にイエス・キリスト。神の子は最後まで陽気だった。