林檎……といえば、なんといっても最初に思い浮かぶのはアダムとイヴで、西洋史の中では頻繁に出てくるモチーフですが、あれって厳密には禁断の果実で、それを食べて楽園を追放されたんだったっけ。
つまりは果実といえば林檎が思い浮かぶくらい、西洋ではポピュラーなものなのでしょうが、その林檎だって最初からどこにでもあったわけではない。
本作品は、林檎がローマからブリテン島に伝えられた頃の話、ということですが、アダムとイヴとは逆に、林檎を通じての瑞々しくも甘酸っぱいボーイミーツガールという切り口もいいですね。当時、本当にこんな出会いがあったのかもしれないと、読者の想像の翼を広げさせてくれます。
そしてラストの、林檎が更に遠くへと伝えられていくところ。こういう歴史視点は、世界史ものの醍醐味。主人公とヒロインの物語が収束したところへ、ラストで更に大きく羽根を広げる開放感のような読後感をもたらしてくれて良かったです。
繊細でやわらかく、何よりも豊かな物語であった。
少年と少女の出会い、林檎の僅かな酸味と鮮烈な甘みから、1600年を超える時の流れを、作者様はたった4000字程度の中に描かれた。
正直に言えば言葉も出ない。
同じ(いや、同じだろうか?)物書きとしてただただ圧倒され、驚嘆した。
それでも暗い失意の谷底に落とされなかったのは、やはり物語に溢れるやわらかさのお陰であろう。
決してぬるい物語ではない。歴史を遡れば当然であろう。
それでも優しい温もりを感じるのは、作者様が切に平和を願っているからではなかろうか。
――ああ、この辺りで止めておこう。
このまま思うままに書いていけば地球と林檎と人の和の丸さ等にまで述べ、きっと書き直したい衝動に駆られてしまう。
このような名作を描いてくれた作者様に最大級の賛辞を贈りたい。
何かの小道具を恋愛ものに添えるというのは良くある手法ですが、ここで扱われている林檎は単なる作品の彩りではなく、1つの出来事が普遍的に広がっていくためのきっかけとして描かれているのかなと感じました。
1つの男女の関係はささやかなもの。しかし林檎を通じて結びつけられる世界は果てしないのだと教えてもらえたような。ローマ、ブリテン、アメリカという政治的な動き一緒に、より具体的な人間の心も広まって行くのだなという、そんなお話でした。
それはさておき、この作中で描かれる林檎はものすごく美味しそうでなんとかして食べたくなります。なんでこんなに美味そうなんだと不思議に思うくらいだ。
慎ましやかな節度を持った文章の美。固有種の幼さを外来の豊かな(そう見える) 文化や植物が抱き込んでいく過程を、絶妙のバランスで書かれています。かつての初期ローマは、少年の属するブリテンがそうであったように質素で堅実、保守的な民族でした。それがブリトンに進出する頃はヤシムラの容貌が示すように多彩な民族と土着の文化を内包し、広がっていきます。少ない文字数の中にリンゴの赤い色を際立たせる構成力が光ります。拡大したローマの宗教の反動として現れるピューリタン。その世界拡大も示唆して、美しい物語は終わります。「リンゴは尻から腐っていく」という格言をひとまずは横において、読みかえしたくなる物語です。
ブリテン島がローマ統治下に置かれて間もない頃。
土着の少年アンテドリグは、少女ヤムシラと出会う。
ローマとの戦いで父を失ったアンテドリグは、貧しいながらも、母と一緒に暮らしていて。
一方のヤムシラはローマ兵の奴隷であり、裕福な生活であっても、自由はない。
単純に、少年と少女が出会った、では済まない世界。
征服者であるローマが、ブリテンにもたらした、甘い林檎。
突然ですが、私は「グレート・ジャーニー」が大好きです。
アフリカで誕生した人類が、南米大陸の端や、太平洋の島々にまで拡散していく旅路。
最後、林檎が辿った遥かな道のりと時の流れを思って、ぞくぞくしました。