第1話

 黄昏時。光の精霊エクレールと炎の精霊クラテールがダンスを始める頃合い。

 緋色の国ロッソの名にふさわしい赤銅色に染まった街並みを、足早に歩く少年が一人。


 年の頃は十七、八だろうか。クラテールの加護を受けた人々の多い緋色の国ロッソの国民はほとんどが赤毛で赤目であったが、少年は墨を流したような漆黒の髪を短く刈り、瞳は氷のようなブルーアイだった。灰色のマントに身を包み、同じく灰色のストールで頬を覆っているその冒険者風の風貌も手伝い緋色の国ロッソの出身ではないように見えるが、盗賊ギルドのある界隈であるせいか、彼の身なり出で立ちを気にする者は誰一人いなかった。


 クエストの斡旋を受けられる盗賊ギルドは、夕刻であるにも関わらず、前の通りに溢れるほどたくさんの冒険者で賑わっていた。

 立派なソードを抱えたウォーリアに、身軽そうなエクスプローラー、長い丈のローブに身を包んだメイジ。数え切れない程のパーティがいるが半分は斡旋されたクエストの報酬を受け取りに来ているのだろう。酒場も併設されているとあって、酒が入っている者も多いようだ。


「メイジ、だよな……?」


 少年はいくつかのパーティの魔法使いがメイジであることを確認すると、顔を隠すようにストールを巻き直した。今ここで、素性を明かされ問題を起こすわけにもいかない。身を隠すように、ギルドの前を通り過ぎると、角を曲がり、人通りの少ない裏通りへと入る。

 二つ目の建物の古ぼけた木の扉を開くと、地下通路へと続く石階段だ。騒がしかった空気が一転、ひんやりとした無音の空気の中を降りると、さらに大きな木の扉。


 ここには何度も来た。少年は勝手知ったる風に扉を開ける。


「来たな、ガルー」


 中にいたのは、一人の老人だった。華美な調度品は何もない、一組の応接ソファに腰掛けた彼は皺だらけの顔だったが、額から唇の下まで入った大きな刀傷が表の世界で生きていないことを物語っていた。


「じいさん、また依頼が入ったって?」


 ガルーと呼ばれた少年は老人の向かいに座り、ストールを外す。まっすぐの黒髪がさらりとこぼれた。


「今回は報酬がデカい。組織の中から成功率の高いお前が抜擢された」

「殺せるのならなんだっていいよ」

「待たせてしまったか」


 話の流れを切るように、更なる来客が現れた。背の高い、赤毛の男。この国の出身であることは容易に想像できた。


「今回の依頼者?」

「ああ、シリウス氏だ」

「で? 今回のターゲットは」

「彼女だ」


 シリウスは懐から一枚の写真を取り出し、ガルーに手渡した。


「おいおい、本気で言ってるのか」

「だから言ったではないか、今回は報酬がデカい、と」

「デカすぎやしねーか?」


 老人とガルーのやり取りを見て、シリウスがふっと笑いを漏らした。


「何だ、怖じ気付いたか」

「まさか」


 相手が誰だろうと、依頼をされれば殺す。それがガルーの生業だ。だが、こんな知名度のある相手を殺せと依頼を受けるのは初めてだった。


 名前を聞くまでもない。この国ロッソの国民なら、知らない人間はいない娘。

 第一王女にして現女王の一人娘、フェニーチェ王女だ。夕日の如く輝くような長い髪、瞳も燃えるような赤。まさに、この国の王女としてふさわしい美少女だった。


「王女を殺して、お前に何の得があるんだ」

「さあな」


 殆どの場合、依頼人はターゲットとの関係を隠したがる。このシリウスも然り。


「私は城の中で働いている。この娘を殺すことは私の主のためになるとだけ言っておく」

「ふぅん」


 これ以上はガルーも立ち入らなかった。どうせ自分には関係ない世界だ。


「成功報酬とさせてもらうぞ、主人」

「あいよ」

「早めの成功の報告を期待しておく」


 シリウスは用件だけ伝えるとさっさと帰ってしまった。残されたガルーはどうしたもんかと背を伸ばす。


「こんなデカい仕事、どんなルートを使ったら手に入ったんだよ」

「前回請け負った城議会の議員暗殺があっただろう」

「ああ。あの議員内紛な」

「あの依頼者議員が先程のシリウス氏と懇意でな。彼は宰相派の議員としても知られてる」

「なるほど、女王危篤の隙に、自分の気に入らない人間を始末するつもりか」


 この国の内政がごった返していることは、誰もが知っていることだった。緋色の国ロッソは代々女王が統治する王制の国。

 表向きは病気がちな女王の助けとして宰相がフォローを行っていることになってはいるものの、第一子しか王になることを許されない今の制度では女王の妹である宰相が王になることはほぼ無理な話なのであった。

 現に、女王の次は娘であるフェニーチェ王女が跡を継ぐことになっている。


「まあ、細かいことはどうでもいい。王女を殺せばいいんだな?」

「方法は問わない。なるべくことを荒立てないようにな」

「わかっている」

「頼んだぞ」


 老人の言葉に深く頷くと、少年は写真を懐にしまい、ストールを巻き直した。

 立ち上がると、目つきが変わる。

 ただの少年から、暗殺者「ルー・ガルー」へと変貌する瞬間だった。

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