第3話

「皆様、お勤めご苦労様です」


 女性でもない、男性でもない、中性的な声。だが、凛とした芯の通った声。薄い水色のドレスをまとった若い女性が現れた。

 身にまとったドレスは華美ではなくシンプルなデザインだが、背筋をしゃんと伸ばし、赤い髪をきっちり結い上げたその姿は神々しく、存在感があった。その姿は、まるで大輪の薔薇。


(あれが――フェニーチェ姫)


 写真や遠目でみる彼女は遠い存在だったが、こうして近くでみると、彼女は次期女王なのだと改めて感じる。

 だが、何か違和感がある。よくよく観察すると、彼女の瞳は赤ではなく、深い海のようなマリンブルーだった。だが、そのコントラストすら彼女の気品を引き立てている。


「どうぞ、中にいらしてください」


 王女に招かれ、プリーストたちが中へと入っていく。ガルーは一緒に中へ入るか迷ったが、外で待つことにした。王女はそんなに長くはいないだろう。それに、中で見つかると逃げ場がないし、狼になったところで不自然だ。

 だが。待てども待てども王女は出てこない。半刻は過ぎただろうが、出てくる気配がない。


(クソ、読み間違ったか)


 今朝から順調だったと思われていたが、どうやら情報なしの幸運もここまでのようだ。

 広い部屋だ、ここだけが入り口ではないかもしれない。もしここ以外の扉から自室へ戻っていたら? また行方を追わなければならない。

 その間に警備の兵に見つかってしまったら? ガルーの武器は暗殺用の小さなナイフだけ、とてもではないが応戦できない。


 作戦は失敗に終わるだろう。

 それだけは避けなければならない。


「王女が戻られるぞ」

「!」


 焦らなくて良かったと思った。

 近衛兵らしき兵士を数人連れて、王女が部屋から出てきた。そのままどこかへと向かっている。ガルーも尾行することにした。


(なんだか、変だな……)


 近衛兵たちが、王女から妙に距離をとっている。何かあった時に対応できない距離ではないが、あまりに離れすぎでないか。


「王女様、我々はここまでです」

「ありがとう」


 とある部屋の前で、王女と近衛兵は別れた。ここから先は単独行動となるようだ。ガルーも気付かれないように中に入る。

 部屋は彼女の自室であるようだ。ベッドの奥に衣装棚があり、王女は着替えの準備をしておりガルーにはまだ気付いていない。襲うなら今だろう。


「動くな」


 ガルーはナイフを抜き、かの人へ向ける。暗殺対象、フェニーチェ王女その人に。王女の海のような青い瞳が、ガルーを捉える。


「暗殺者、か」


 王女の声は震えてはいなかった。むしろこんな時ですら、その声は風格のある張りを持ち、ガルーの方がたじろぐ。

 王族など、守られるだけの存在だと思っていた。

 ナイフを向ければ、怯え屈するものだと。


「仮にも着替え中に入り込むとは……いい度胸だな」


 先ほどまでまとっていた薄水色のドレスは脱ぎかけで、王女の細い肩がむき出しになっていた。鎖骨が浮き出ているその肌の色もまた白く、赤い髪とのコントラストと相まって、ひどく扇情的である。


「知るか。俺はお前を殺せればそれでいい」


 相手が何をしていようが知ったことではない。無防備な姿なら好都合以外の何でもない。

 ガルーは跳躍する。が、王女は間一髪のところで身を翻した。振り下ろしたナイフの切っ先はドレスの端を切り裂いただけだった。

 王女の白く細い足が露わになる。


「激しく動くと裂け目が上まで行くぞ」

「知ったことじゃない」


 さらに返す動きで振り上げたナイフが、王女の長い髪をかすめた。ひとつに結ばれた髪の先端がナイフの先に当たり切れる。


「あっ」


 王女が短く声を上げるが遅かった。髪飾りにひっかかったナイフは、髪の毛をさらに引っ張り――


「――おい、それカツラか」


 切れた赤毛から、まるで絹糸のような銀髪が出てきた。

 緋色の国ロッソの王女に似つかわしくない、まるで氷の精霊コンジェラシオンの加護でも受けているような、流れるような水色。


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