第7話

「あら楽しそうね」


 フェンテの背後から、一人の女がやってきた。


「ペトラ。おはよう」

「おはよう、フェンテ」


 ストレートの長い赤毛を、後ろに流している。ホットパンツに膝より少し高いロングソックス。ぱっちりとした燃えるような赤い瞳。いかにも緋色の国ロッソの出身らしい少女だった。気っ風の良さそうな、人なつこい感じがする。


「あら、この子が例の獣人?」

「そう。ルーっていうんだ」

「よろしくね、ルー。私はペトラ。フェンテとは乳兄弟なの」

「ち、乳兄弟?」


 初めて聞く言葉に、ガルーは戸惑う。


「この人、お母さんが女王でしょ? 忙しい人だから、代わりに子育てをするお母さんみたいな人が別にいるのね。それが、私のお母さんだったの。だから、私とフェンテは小さな頃から一緒に育ったのよ。年も同い年だしね」

「ふーん」

「変な意味だと思った?」


 ペトラがニヤニヤ笑う。楽しそうだ。


「別にっ」


 ガルーはおもしろくなくて吐き捨てた。


「ふふっ、いじめてるわけじゃないんだけど。ごめんね、ルー」


 ペトラもフェンテも楽しそうだ。どうやら、周囲から疎まれるはずのフェンテがまっすぐな性格なのは、この乳兄弟ペトラの影響のようだ。

 食事を終えると、片付けもフェンテ自身が行った。そして、作業の準備を始める。手袋をはめ、帽子をかぶる。


「フェンテ、今日はどうするの? 外だよね?」

「いつも通りだよ。今日はフェニーチェの仕事もないし。

 ルーも来るといいよ。菜園があるから、好きな野菜をとろう」


 言うと、籠を持ち手招きする。


「菜園?」

「野菜を育ててるんだ」

「お前が?」

「そう。料理もするよ。さっきのも俺が作ったんだ」


 どうやら、完全に手をかけられていない――というよりも本気で放置されているようだ。


 ガルーはついていくことを躊躇った。

 こんなになれ合ってしまって良いのだろうか。

 しかし、この部屋にずっといてもすることもない。それなら体を動かして菜園の作業を手伝った方がましだろう。大人しくフェンテについていくことにした。


 部屋を出ると、すぐに外に出られる通路につながっていた。廊下から外に出ると、菜園はすぐそこだった。遮る物のない日当たりの良い畑には、ガルーの見たことのない野菜がところ狭しと育っていた。

 等間隔に植えられた葉キャベツに、向こうには背の高いトマトやさや豆が青い実をつけていた。


「ここはね、王族のための菜園だよ」

「城の中にこんな畑があったとはな」


 菜園と言うからには趣味程度の小さな畑かと思っていたのだが、結構な広さだ。風が通り、大きな葉っぱがさやさやと揺れている。


「日当たりいいし、たくさん野菜がとれるんだけど、正面からは見えないようになってるから気付かないよね」

「はい、これルーの分ね。草を刈ってね」


 ペトラから手袋と籠を渡され、身につける。さらに小さな鎌を渡される。これで大きな草を刈れということらしい。


「熱いから帽子もかぶれよ」


 フェンテに大きな麦わら帽子をかぶらされる。もはやガルーが殺し屋を生業としているようには見えない。どこからどう見てもただの農夫だ。


「似合う似合う!」

「ほんとだな」


 ふと見ると、隣のフェンテとペトラもガルーと同じ格好をしている。日除けの帽子とタオル。


「……………………」


 これが本当に王族だろうか。


「じゃ、始めようか」


 フェンテは肥料をつくり、野菜たちに与え始めた。ペトラは蔓植物(ガルーには名前がわからなかった)の摘花作業をしている。ガルーも畑の雑草を抜く作業に取りかかった。

 最初は草を刈るのもあたふたあたふたしていたが、フェンテもペトラも、ガルーのペースを守ってくれた。互いが互いに何も言わずに黙々と自分の作業をするのも悪くないとガルーは思った。


 その日は結局、草刈りだけで終わった。


 帰りしな、その日に食べる分だけを収穫し、部屋に戻る。そして、小さなキッチンで調理し、夕食にする。

 この日は、ペトラが持ってきた肉団子をキャベツでくるんで、トマトスープで煮込んだロールキャベツだった。


「……おいしい」

「だろ? 自分で作ったのを、誰かと一緒に食べるって、最高においしいよな」


 ガルーは料理ができないから、フェンテやペトラから言われたことをやっただけだったが、それでも自分が作業に関わったというだけで、食事をするということにこんなに楽しさが加わるとは思ってもみなかった。


「ルーが来てくれたから、これからはもっと明るくなるわね」

「そうだな」


 フェンテとペトラが嬉しそうにしているのがなんだか面はゆくて、ガルーは目の前の皿を空にするのに集中した。


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