第6話
「――大丈夫?」
ガルーは目を覚ました。
そこは戦場のど真ん中ではなく、ましてや塒にしているボロ小屋でもなかった。大理石の床に敷かれたシンプルなカーペットの上に狼の姿で寝ころんでいた。どうやら昔の夢を見ていたらしい。
カーキ色のつなぎに身を包んだブルーアイの男が、自分を必死に呼んでいる姿を見て、状況を思い出した。
暗殺しようとした
「おはよう……うなされていたけど、大丈夫かい?」
目の前の男は、至極心配そうにガルーをのぞき込んでいた。
「……今日は王女じゃないんだな」
「そういうことを言ってるんじゃないよ」
「心配してくれと頼んだ覚えはない」
「そうは言ってもさ。同じ部屋で一緒に生活してるのに、心配するなって方が無理だよ」
「……好きにしろ」
ガルーが面倒くさそうに尻尾をふさりと持ち上げてみせると、男はふふと楽しそうに笑った。
惑わされてはいけない。ガルーは眉をひそめる(実際今は眉がないから眉間が少し動いただけだが)。
この王女と言われている男を殺すミッションを諦めてはいない。同じ空間で生活することにより、隙はいくらでも見つかるはずだ。
「おいで。朝食にするから」
言われて空腹を思い出す。ガルーは狼の姿のまま立ち上がった。
この部屋は王女の部屋にしては質素すぎる。ベッドはふつうよりも少し大きいが、天蓋があるわけでもない。申し訳程度に引かれたカーペットと、衣装棚、ダイニングテーブルがあるだけだ。
それに、昨日から不思議に思っていたが、クラテールの加護魔法まで使ったというのに、近衛兵どころかメイドの一人もやってこない。
どういうことだろうか。この部屋に魔法を無力化する結界でも張られているのだろうか。誰でも加護魔法が使えるとはいえ、専門家でない限りかけられた魔法の種別を見分けるのは難しい。ガルーにわかるはずもなかった。
「昨日の残りしかないんだけど……君には人と同じメニューでいいのかな」
「……構わない」
ガルーは言うと、変身する。みるみるうちに、黒い毛並みは髪の毛へと変わり、よく日に焼けた肌へと変わる。
「変身すると裸なんだね」
「当たり前だ。服までは変化できないからな。あまりジロジロ見るな」
ガルーの言葉に、王女だった男の白い肌が朱に染まる。
「ごめん」
そそくさと、テーブルへ戻っていった。その間に、服を着る。
テーブルの準備をしているのは王女その人だった。使用人の類はやはりいないらしい。パンと、牛肉と豆のスープの質素な食卓。二人が並んで座ると、なんだか変な感じがした。
「いただきます」
「……いただきます」
口に運ぶと、見た目通りのシンプルな味付けだった。ガルーがよく行く下町の大衆食堂で出される手頃な値段の料理と同じ味だ。目の前の人物は……本当に王族なのだろうか。
「そういえば、名前、聞いてなかったね」
「名前は……ない」
「ない?」
これは本当だった。ガルーはもらわれ子であり、両親は誰なのか、どこの生まれなのか、何も知らない。物心付いたときには既に
「でも、呼び名とかあるんじゃないのか?」
「なら、ルー・ガルーと呼ぶといい」
ルー・ガルーとは『狼人間』という意味だ。便宜上前のマスターがつけた呼び名で、名前ではない。
「ルー、だね。よろしくな、ルー」
何が嬉しいのか、男は微笑む。まるで女神像が微笑んだようなその綺麗な顔に、ガルーは言葉に詰まる。しかしこの男は何故ガルーが獣人と知っていて、こんな普通に接するのだろうか。サモナーだから、なのだろうか。
「フェニーチェ……というのは、お前の名か?」
「そうだと言えばそうだろうし、違うと言えば違うよ。俺も君と同じだ」
「どういうことだ?」
ガルーはいぶかしむ。
「……俺はこのなりだし、この性別だ。母親は俺を女としてしか認識しなかった。だから、フェニーチェという女名は俺であって、俺ではない。男としての名前はないから、今の俺は名無しというわけだ」
冗談なのか、冗談でないのか。口調からは判断できなかった。
「何と呼べばいい」
「ペトラは『フェンテ』って呼んでる。湧き出る泉という意味らしい」
「ふぅん」
名は体を表すのはどちらも同じらしい。フェンテの髪は流れる水のような綺麗な銀色をしている。
しかし、こんなに綺麗な色なのに、この国の王族としては受け入れられない。
皆が赤毛の中、彼の髪は目立ちすぎる。
(……皮肉なものだな)
これが例えば、氷の精霊コンジェラシオンの加護を受けた、
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