第5話

 『サモンサーヴァント』の呪文を使われると、頭の奥が締め付けられるようになるから嫌いだ。


 『血の契約』のせいで、心では望みもしないのに、身体はあの人の元へ行きたくてたまらなくなる。

 心と身体の分裂を頭はどこかでわかっているのだろう、割れるような頭の痛みは、まるで心と身体が引きちぎられるかのようだった。


「マスター!」


 呼び出される時は決まって重要な戦の最前線で。

 それも状況は悲惨なことが多かった。


 ガルーと『血の契約』をしたサモナーは、光のエクレールの加護を受けた白き国ビアンカの宮廷魔導師で。

 『サモンサーヴァント』の呪文で呼び出されると、決まってエクレールが現れガルーの身体を持ち上げ、魔法陣に吸い込まれるようにして召還される。


「ガルー、クラテールの召還をしろ。敵は黒き国ネーロの魔導軍隊だ。急げ」

「はい」


 ガルーに拒否権はなかった。

 過去に幾度か嫌がったことがあるが、その度に鞭で打たれ、毛が抜けた。その痕は今も、背中や尻に残っている。逆らわずに言うことを聞く、従順であることがガルーに許された生きる術だった。


 歌うように呪文を唱えると、ガルーの毛並みが炎に包まれる。


 クラテールの加護があるお陰で、不思議とガルー本人は熱くない。炎の揺らめきに合わせて、クラテールが踊りを踊る。その都度火の粉が舞い、周囲のすべてを焼き付くそうと膨れ上がる。

 呼び出されたセリアンスロウプはガルーだけではなかった。狼や虎が何匹か、ガルーと同じようにクラテールを召還し炎を身にまとっている。どうやら突撃作戦のようだ。


「サモナーがいると危険な前線を獣人に任せられるから楽な」

「ま、サモナー自身は魔力を使うから楽じゃないけどな」

「違いない」


 兵士が気楽そうに雑談をする姿を見て、前線に体当たりする役のガルーはあきらめたように息を吐いた。自分たちは使役される側。彼らは使役する側なのだ。立場が違うと嘆いていても、突撃する瞬間は近付いてくる。


「行け!」


 サモナーたちの号令とともに戦場の最前線に飛び出した炎の獣に、敵陣から大量の矢が放たれる。サモナーがいると敵にバレている。白き国ビアンカの軍の作戦は、黒き国ネーロには筒抜けだったようだ。

 だが、矢の雨は、セリアンスロウプたちの足を止めるには至らなかった。加護を与えているクラテールが、ことごとく進路の矢を焼き尽くしているからだ。

 もう少しで敵陣だというところまで走った時だった。


「うわあああああああああ!」

「何だこれは!」


 背後で白き国ビアンカ軍の声がした。刹那、クラテールが消された。


「黒い霧だ!」


 足を止め振り返ると、軍の居るあたりの上空に闇の精霊マレディクションが膨らんでいた。その身体から黒い霧が吹き出し軍隊全体を包み込んでいる。異様な光景だった。


「あれは……」


 言う暇もなかった。轟音とともに霧が爆発を起こし、ガルーのちいさな身体は爆風に吹き飛ばされた。

 不思議な感覚だった。

 爆風であちこちぶつけたのに、あれだけ頭の隅に居座っていた破るような痛みだけが瞬時に消えた。最後まで隣にいた小さなエクレールの姿も見えなくなる。


(ああ、マスターが……)


 亡くなったんだな。ガルーは悟った。自分の加護でない精霊が見えるのはサモナーの力が及んでいる証拠。それが消えたということは、自分を縛っていた契約がなくなったということだ。



 身体の一部がすっぽりとぬけ落ちたような感覚に陥り、ガルーは意識を手放そうとし――――


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