第8話
毎日毎日、菜園に行ってフェンテの作業を手伝う日々が続いた。
ペトラは庭師の仕事があるのでいたりいなかったりだったが、フェンテはフェニーチェ王女としての仕事がない日は毎日菜園での仕事をしていた。
そういえば、フェンテはサモナーだと思ったが、一度もサモナーとしての仕事をしているところを見たことがない。『サモンサーヴァント』の呪文を使っているところすら見たことがない。
そのことに思い当って『サモンサーヴァント』だけでなく加護魔法ですら使っているところを見たことがないと思い出す。
ただ、サモナーの呪文を使われるとセリアンスロウプとしては不利なこともあるので、使わなくて済むのならそれに越したことはないとガルーはあまり気にしなかった。菜園ではサモナーという職業の魔法はあまり役に立たないことの方が多いから、使わないのだろうと結論付ける。
ガルーの手伝いも、最初は草刈りの作業だけだったが、慣れてくると、肥料を撒くのを手伝ったり、摘果の作業を手伝ったりした。
「こういう、あまり大きくならなさそうな実を摘み取ると、一つだけに栄養がたまって、おいしい果実になるんだよ」
慣れない作業をする前に、フェンテは必ず丁寧に指導してくれるので、ガルーもすぐに作業を手伝えるようになった。
作業中に目に入るフェンテの手は、王女の――いや、王族のそれではなかった。ガルーは過去にいくつか貴族の暗殺に関わったことがあるが、彼らの手は男女問わず白く滑らかな手だった。でも、フェンテは違う。水や土を扱う者特有の油のないかさかさした手だ。
それに。
フェンテが野菜たちに向けるまなざしはいつも真剣で、同性のガルーから見てもとてもかっこいいと思う。
時折作業をしながらフェンテの様子を見ていると、
「何?」
視線に気付いたフェンテがふふと笑った。
黙って見ていたことがなんだか急に恥ずかしくなって、ガルーはトマトの葉の陰に隠れる。
「逃げない逃げない」
覗きこんだフェンテと目が合って、余計に頬が火照る。
「……真剣、なんだな」
「そりゃ、そうだよ。母さんたちが食べると思ったら、手なんか抜けないよ。
それに、手をかけたら手をかけただけ野菜たちは応えてくれる。大きな実をつけてくれって丁寧に世話をしたら、きちんと大きな実がなる。勿論、世話を怠れば、あっという間に病気になったりね。それが好きなんだよ」
「何か、わかる気がする……」
ガルーは葉の陰からフェンテを見つめる。
「野菜の世話も、暗殺者として腕を磨くことも。育てる、という意味では一緒かもしれない」
「うん、そうだね」
フェンテはガルーの話を真剣に聞いてくれる。そのことに気付いて、ガルーははっとする。野菜だけではない。フェンテは何に対しても真剣で手を抜かないのだ。ガルーのことも獣人だからといって偏見を持たずに向き合って話を聞いてくれる。
「頑張ったことが誰かの役にたてると思ったら、多少の苦労は何ともないと思うよ」
微笑みながらさらりと言うフェンテの笑顔に、ガルーの心臓がどくりと鳴った。
「ほら、手が止まってるぞ。もう少し暑くなったらおいしい実がなるからな。頑張ろう」
フェンテに促されて、ガルーはまだ青くて小さな実をもぎ取る。作業を続けながら、またこっそりとフェンテを見る。真剣な横顔を好ましいと思った。
この日も夕暮れまで作業をして、夕飯用にいくつか野菜を収穫した。
「今ふと思ったけど、狼も野菜を食べるの?」
「獣は肉食だが、獣人は雑食だ」
籠を畑のそばに下ろし、ガルーが答える。
「俺は野菜も食べられるけど、肉とかのが好きだ」
「やっぱそうだよね……ごめん、今までほんとに気にしなかったんだけど……今日はペトラもいないから、肉も魚も手に入らないんだよなぁ」
眉を寄せるその姿は本当に困っている。ガルーはふんふんと鼻を動かす。
「近くに川があるんじゃないか」
「あ、ああ。そこの城壁の外は大きな川だよ。森も近いし、多分魚も泳いでるよ」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「えっ? ルー?!」
フェンテの呼び声も間に合わず、ガルーはあっと言う間に壁のそばの木を伝って外に出る。言葉通り、そこは大きな魚の泳ぐ川だった。
(鱒!)
狙いをつけて、川に飛び込む。獣人とはいえ狩りの本能は残っている。食べたいという一心で魚を追いかけ、大きな鱒を一匹捕まえると、城壁の中に戻ってきた。
「すごい……! こんな大きな魚!」
フェンテが目を丸くすると、鱒が大きくびちびちとはねた。ついでに、ガルーも身体に付いた水をふるい落とそうと身を震わせる。
「わわ、冷たい!」
「悪い」
「わざとだろ!」
「バレたか」
悪びれずに告白すると、フェンテが笑いだした。
「くくっ、あはははは!」
「むぅ……」
「ゴメン、なんか楽しくて。ルーっていきなり子供っぽいことするよな。
さて、戻ろう。今夜はごちそうだ」
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