第17話

「ここは昔の王族の隠し通路なの」

「何でペトラが知ってるんだ」

「魔導師長様が教えてくださったの」

「師匠が?」


 緋色の国ロッソの宮廷魔導師長は、魔法にも召還にも長けた人物であった。国の歴史にも精通しており、今はもう使われていない王族の秘密の通路を知っていてもおかしくはなかった。

 人一人がようやっと通れる螺旋階段を降りていくと、広間に通じていて、何人かが集まってきていた。ペトラの師匠である庭師や、宮廷魔導師の上位クラスの人間、近衛兵、先ほどの魔導師長もいた。


「フェニーチェ様」

「長様、これは……」

「宰相様が……我々は……お止めすることができなかった……」

「どういうことですか」


 老いた老魔導師の皺が深くなる。


「宰相様が『レリックユーザー』であることはご存じですな」


 『レリックユーザー』とは『与えられた職』のひとつで、古代兵器の使い手のことである。フェンテは深く頷く。


「宰相様は『荒ぶる精霊の箱』を開けてしまわれた」

「……荒ぶる、精霊?」

「魔法のコントロールを失わせる兵器です。上で戦っている者や加護精霊たちが正気を失っているとは感じませんでしたかな?」

「あ……」


 その場にいた誰もがそれは感じていたことだった。魔法の専門家でないガルーや、魔法が使えないフェンテすらも少しおかしいと気付いていた。

 そういえば、メイドたちも衛兵たちも、敵味方と誰彼構わず攻撃魔法を使っていた。精霊も現れたり消えたりを繰り返していた。


「あれは……古代兵器のせいですか……」

「いかにも。魔法立国である我が緋色の国ロッソであの兵器の使用は禁忌とされておりました。精霊だけでなく、術者の精神までも乱してしまいますからな」


 魔導師長の言葉に、その場にいた誰もが動揺を隠せなかった。精霊の加護が得られないとどうなるのか。魔法が使えなくなるとどうなるのか。想像ができなかった。緋色の国ロッソでは料理に火を使うのすら魔法を使用する。この国の生活で魔法を使わないことなどまず考えられない。


「このままでは国を護る守護精霊様まで影響を及ぼすのは時間の問題……」

「魔導師長様。魔法のコントロールが利かない今、対抗できる術はあるのですか?」


 近衛兵の一人が不安そうに口を開く。


「精神系古代兵器はその術者の魔力が途切れた時に動きを止める」

「なら、宰相を殺すしかないな」

「ルー?!」


 狼が喋ったことに、そこにいた誰もが度肝を抜かれた。驚かなかったのはフェンテの師である魔導師長とペトラ、そしてフェンテだけだった。


「おやフェニーチェ様、サーヴァントと『契約』をされたのですな」

「ええ、長様にお目にかけるのは初めてでしたね。彼はルー・ガルーといいます」


 ガルーは人型へと変身する。魔導師長は二人の腕にはまっているバングルを見るなり表情を崩した。


「おやおや、儂の発明品が役に立っておるようで、なにより」

「じいさん、俺に行かせてくれないか。この中で一番殺しに慣れているのは多分俺だ」


 ガルーの目が細められた。殺意に満ちた目。暗殺者の目だ。


「……長様、私も行きます」


 ガルーをかばうようにフェンテが出る。


「私はいなくなっても大丈夫です。それよりも、これ以上犠牲を出すわけにはいきません!」

「なりません! あなたはこの国を統べる役目の人。今は生き延びなければこの国は本当に終わってしまいますぞ!」


 魔導師長の言葉に、宮廷魔導師が口を開く。


「フェニーチェ様。あなたが思っているよりも、王という存在は民にとって必要なものなのです。それが例え、形だけのものだとしても……そこにあるということに意味があるのです」

「この者の言う通りですぞ、フェニーチェ様。混乱状態から復興の音頭をとる者は必要なのです」

「……わかっています。でも、責任をルー一人に背負わすわけにはいきません。

 それに、長様。無策じゃないんです」


 フェンテのいたずらっ子のような微笑みに、魔導師長ははっと顔を上げる。


「もしや……あの力を使うおつもりで……?!」


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