第18話

 その言葉で、誰もが思い当たったようだ。『精霊に嫌われた姫』であるフェニーチェ王女の力。精霊の力、魔力を全て消し去る不思議な能力。ざわめきが起こった。


「ここで使わないでいつ使うのですか! 大丈夫です、私を信じてください。制御はある程度できます!」

「あの力は触れる者全てを無秩序に消し去る訳じゃない。お前らが思ってるような心配事は起こらねぇよ。それにそんな厄介な力だったら俺はとっくの昔に吹っ飛んでる」


 ガルーの言葉にざわめきは弱まる。だが「しかし……」「でも……」と、不安そうな言葉は収まらない。魔導師は理論や経験を元に魔法の結果を予測するのだから無理もないことだった。


「もうっ! じれったいわね!」


 その状況にしびれを切らしたのは、意外にもペトラだった。


「毎日一緒にいるルーが大丈夫って言ってんだから、大丈夫なのよ! あんたたち、昔からフェンテのことを腫れ物みたいに扱って……それでも宮廷魔導師なの?! 一回くらいフェンテのことを信じたらどうなのよ!」

「ペトラ……!」

「フェンテが自分でやって、自分で責任とるって言ってるんだから信じなさい! それとも何?! 自分たちの国の王の言うことも信じられないの?!」


 誰も何も言い返せなかった。あの魔導師長ですら。


「庭師殿の言う通りだ」

「いずれにしろ魔力を封じなければ、国が傾く……」


 結局はそれしか道がない。宮廷魔導師たちも頷くしかなかった。

 フォーチュンテラーの宮廷魔導師が宰相の行方を占うと、玉座の間にいることがわかった。広場は城のあちらこちらから通路で繋がっている。玉座に行く道を魔導師長より教わり、ガルーとフェンテはすぐに向かうこととなった。ここに入ってきたときと同じように、ペトラが付き添ってくれる。


「ありがとうペトラ……」

「いいの。それよりも……生きて帰りなさいよ?」

「わかってる」


 古代スペルで扉を開けると、玉座の入り口付近だった。いつもは守護精霊の加護に守られた穏やかな空間のはずだが、今日は禍々しい空気に包まれている。それに、守護精霊であるクラテールの気配が感じられない。

 広い部屋の奥。宰相が何かに取りつかれたかのように古代スペルを詠唱している。手には例の古代兵器と思しき小箱を持っている。箱からは紫色の霧が吹き出していた。

 そして、その手前。ガルーの見知った顔が弓を手に立っている。


「やっぱりお前か、シリウス」


 盗賊ギルドにやってきた、王女暗殺の依頼人。


「……まさか、暗殺者がターゲットに骨抜きにされ寝返るとはな。報告が来ない時点でお前は早く殺しておくべきだった」

「ルー?」

「ここは俺に任せて。お前は早く奥へ行け。精霊の気配が感じられない。手遅れになる前に早く!」

「わかった。ありがとう!」

「行かせるか!」


 奥へと走り出したフェンテに矢を打つシリウス。

 加護魔法が届くかどうか。ガルーはクラテールに願う。炎の矢がシリウスの矢めがけて飛ぶ。


(……弱くなっている!)


 古代兵器に近いせいだろう、いつもの勢いがない。だが、そのものには当たらなかったものの軌道はそらせることができたようで、矢はフェンテの足下、床へ刺さる。


「お前の相手は俺だ」 

「できそこないの暗殺者に、俺が殺せるか!」


 フェンテが奥へ走ったのを横目で確認し、ガルーは腰から下げていたナイフを抜く。そのまま跳躍しシリウスへ切りかかる。シリウスは弓でそれを受け流すと返す動きでガルーの下腹へ蹴りを入れる。


「ぐっ……っかはっ!」


 後方へ蹴り飛ばされガルーの身体は壁に激突する。肺が潰されたような感覚に息が詰まる。瞬間に正面のシリウスが次の矢をつがえ狙う姿が見えた。ガルーは壁を蹴りその場を離れるべく体勢を変えた。

 壁から身体が離れたのと矢が壁に突き刺さるのはほぼ同時だった。

 再びナイフを持って間合いを詰める。シリウスも弓を捨て、ナイフを抜き応戦する。


「お前は緋色の国が滅びてもいいのか?!」

「俺にはこの国の行く末など関係ない……!」

「宰相はこの国を支配したかったんじゃないのか?」

「もう、そんなことはどうでもいいんだよ。こんな国、滅びてしまえばいい。第一子の姫でなかったというだけで日の目を浴びなかったマーサの気持ちがお前にわかるか?!」


 その言葉を聞いて、一瞬ガルーの動きが止まった。


「マーサが国のためにと思ってやってきたことは全て、彼女の手柄ではなく、女王のものとなるんだ。マーサだって同じ両親から生まれてきたのに、日が当たるのはいつも女王だけ。俺はマーサの側近として苦しむ彼女をずっと見てきた。もうたくさんだ。こんな国、滅びてしまえばいい……!」


 怒りとともにシリウスの繰り出した一撃は、ガルーのナイフを突き飛ばした。


「しまった……!」


 ガルーの中で、シリウスと自分が重なってしまった。

 一般民のガルーでも知っている。宰相マーサは確かに、女王の陰だった。過去何度も女王のお触れとしていくつもの政策が打ち出され、その度に国力は上がった。それが宰相の案だろうが、賞賛されるのはいつも女王だった。


 宰相はずっと一人だったのだろう、そして唯一の支えはこのシリウスだったのだ。


 ガルーとフェンテがお互いを必要とするように、宰相とシリウスもまた、互いしか頼れる者がいないのだろう。

 ここでシリウスを殺せば、宰相はどうなってしまうのだろうか。

 フェンテなしで生きることなど、今のガルーには考えられない。それならきっとこのシリウスも――


「死ね!」


 シリウスのナイフが動く。


「!」


 思考に気を取られ動きを見切るのが遅れた。もはやこれまでか。ガルーは観念する。


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