緋色の花折る、黒狼

聡梨加奈

プロローグ


 かの人は、どうしてこんなに強いのか。



 暗殺者ガルーは獲物を前に焦っていた。魔法を使うしかないと、精霊を呼び出す呪文を唱える。歌うようなその言葉に呼応し、炎の妖精クラテールの化身が姿を現す。クラテールは旋律に合わせて踊るように身をくねらせると、ナイフに炎をまとわせる。


「死ね!」


 細身の身体が、まるで舞踏家のようにしなやかに動く。ナイフの切っ先は衣服を切り裂いただけだった。


「くっ!」

「どうした、魔法で応戦しないのか? 緋色の国ロッソの王族が持つ魔力とはそんなものか」

「うるさい!」


 ガルーの挑発にも乗ってこない。ただ、魔法を避け続けるだけ。


「これで最後だ!」


 振りかざした炎は、確実にその身体に食い込んでいる――ように、見えた。かの人はガルーの手を受け止めるように、その手をかざした。刹那。

 激しい光が、あたりを包み込み――

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