第12話

 緋色の国ロッソの女王葬儀は三日三晩続いた。


 永眠者を精霊の元へ還すための祈りがささげられ、無伴奏の声楽による聖歌を歌い続ける。その長い聖歌が終わる頃、永眠者は精霊の元へと旅立つとされている。

 その祈りの中心に居るのは、誰でもないフェニーチェ王女だった。

 女王の娘は彼女しかおらず、いかに精霊の加護のない娘といえども、王族の一員である以上、葬儀に参加しなかったり祈らなかったりするわけにはいかなかった。


 長い葬儀に一般の国民は立ち会えなかったが、その様子は姿見の魔法により全ての街の教会で見ることができた。

 また、クラテールの舞も三日続き、緋色の国ロッソはこの間夜でもほんのり明るく、人々は女王のことを想い祈り続けた。


 ガルーはフェンテの部屋から、葬儀が行われている教会を見つめ続けるしかなかった。時折こっそり畑の様子を見に行く以外は、ずっと眺めていた。この城に勤めている者は全て葬儀に参列しているらしく、城の中は静かだった。


 きっと今なら逃げることもできたけれど、ガルーはあえてそうしなかった。


 フェンテのことがただただ心配だった。帰ってきたら力になろう。そう思ってずっと待ち続けた。


 三日目の夜遅く。フェンテは西の空にクラテールが還ってゆくのを見た。

 女王をあるべき場所へ導いたのだ。そしてその明け方、フェニーチェが戻ってきた。いつも気丈に振舞っていたその顔が、白を通り越して色をなくしていた。


「……フェンテ」


 扉を後ろ手に閉めたまま動かないフェンテを、ガルーはゆっくりと抱きしめた。弱々しく触れてくる腕も腰も、今にも折れそうなくらいに細く。そっと支えてやる。


「ルー……いてくれたんだね」


 小さな声。


「お前を残してどこかに行けるか」

「良かった……いなかったらどうしようかと思った」


 いつもフェンテがしてくれているみたいに、そっと背中をなでる。大丈夫、俺はずっとここにいる、伝わるだろうか。

 やがて、フェンテが動かなくなった。


「フェンテ?」


 覗きこむと、規則正しく上下に動く肩が見えた。どうやら、眠っているらしい。ほうと安堵の息を吐く。三日三晩寝ずに人前で祈り続けたのだ、疲れの方が大きいだろう。目の下にはくまがくっきりとできていて、緊張感の大きさを物語っていた。


「良かった……戻ってきた……」


 一人で待つ間、もう二度とこの部屋に戻ってこなかったらどうしようかとぐるぐる考えていた。もしフェンテがフェニーチェとして生きると言ったら。自分は彼女を支えられるだろうか。どのように力になったらいいだろうか。

 色々考えたが、結局は自分のことばかりだった。


「俺って……最低だ」


 眠ったままのフェンテをベッドへ運び、隣に横になる。フェンテが起きた時にすぐにわかるように、その身体を再び抱きしめた。

 結局、ガルーもフェンテもかなり疲れていたらしく、一日中寝ていた。次に目が覚めたのは、翌日の夜だった。


「起きた?」


 寝る前と同じ恰好のまま、フェンテが話しかけてきた。


「眠れたか?」

「うん、だいぶね。ありがとう。すごく待っててくれたんだね?」

「戻ってきてくれて良かった。もう会えないかと思った」


 言って抱き寄せたガルーに、フェンテがいぶかしむ。


「ルー? どうしたの?」

「つらいと思ったら、俺に言ってくれていいから。あまり……役には立たないかもしれないけど。側に居て話を聞くくらいなら、俺でもできる」

「……ありがと。実は……後ろ盾がなくなっちゃったし、これからどうしようかと思ってた」

「女王になるのか?」

「わからない。たぶん、そうなるんじゃないかな。今日は片付けがあったはずだから何もなかったけど、明日から議会とか色々行かなきゃだ……」


 明日になったら、きっと色々な業務に阻まれて会えなくなる。勇気を出すなら、今しかない。ガルーはフェンテを抱きしめる手に力を込めた。


「フェンテ……もし、嫌じゃなかったら……俺と『契約』してくれないか」

「えっ?」


 フェンテは何を言われたのかわからなかったようで、ガルーを見つめる。二人の視線が交わった。


「……ルーのマスターは?」

「俺がまだ小さい時に死んだ」


 前のマスターとは『血の契約』をしていたが、召還した『サモナー』が死ねば、『血の契約』は無効となる。


「そこから今まで誰とも契約はしてない。

 すまない……フェンテがいない時、メイドたちが話してたのを聞いた。フェンテが精霊の加護を持たないせいで魔法が使えないってこと」


 さすがに、フェンテの顔色が変わった。


「俺なりに、フェンテを支えるのにどうしたらいいか考えた。これしかない。フェンテが使えなくても、俺が魔法を使える。俺がフェンテの代わりに精霊とやりとりをするから、俺を手足のように使ってほしい。それには……『契約』しかない」

「でも……俺、『サモンサーヴァント』の呪文すら使えない。魔力がないんだよ?」

「別にサモンサーヴァントで呼び出す必要もないだろ? ずっとそばに居ればいいんだからな」

「ルー……」

「というよりも、俺がフェンテの横に居たいんだ。お願いだ、フェンテ。俺を拒まないでくれ……」


 必死だった。


 どうしたらフェンテに伝わるのかわからない。

 フェンテを離したくない、ずっとそばに居たい、フェンテの笑顔が見たい、フェンテの役に立ちたい、この心の内をわかってもらえる言葉はないか、と。必死に知っている言葉をひっくり返す。


「好きなんだ、フェンテ。フェンテのためなら、俺は死んだっていい」

「それは……ちょっと困るかな」

「えっ?」

「だって、ルーが死んだら、俺が一人になっちゃうじゃないか」

「なるべく、一人にしないように頑張る!」


 真剣な様子で即答するルーの様子に、フェンテはぷっと吹き出す。


「わ、笑うなよ。俺は本気だからな!」

「うん、知ってるよ。ルーは何にでも一生懸命だもんな」


 それはフェンテの方だと言いたかったが、フェンテが笑い続けるので、伝えるタイミングを失ってしまう。


「一つ一つ、できないことを一生懸命チャレンジする姿を見て、俺もやるべきことをやらなきゃなって思ったんだ。本当は、王女役なんか辞めたいって、いつも思ってた」

「嘘」

「ホント」

「いつもあんなに堂々としてたのに?」

「俺、そんなに聖人じゃないよ。ガルーが待ってるって思ったからあの長い葬儀も頑張れたんだ」


 ガルーの背へまわされた腕に、力が込められたのがわかった。


「俺も好きだよ。力を貸してくれる?」


 ガルーは何度も頷いた。


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