第15話、命の価値
非常階段から、浩子が降りて来た。
社が、怪我だらけだったのに対し、浩子の方は、何ともない。 着ている女子学院の制服にも、乱れは無く、埃の跡1つ見当たらない。 おそらく、強力なシールドを張っていたと推察される。
……しかし、目の前で社が攻められている状況に対して、何も手を出さず、傍観していたとは……
春奈が、気付いたように言った。
「 そうか…! 社と戦わせておいて、友美センパイのスタミナを減らそうって魂胆だったのね? 」
「 まあ、そんなところかしら。 あの子、単純だから…… 」
友美は、じっと浩子を見つめた。
以前に会った時より、普通ではない人格の、極度な増幅を感じる……
全てを拒否したかのような、暗い瞳。
かすかに、笑みを浮かべるその表情も、どこか冷酷で、人間性が全く感じられない。 近寄る者は、冷酷無比に皆、傷つけてしまうような… そんな冷たさを発している。 何人も殺めて来た経緯が、彼女の風貌を、こんな風に変貌させてしまったのだろうか。
浩子も、友美を見据えつつ、静かに言った。
「 ずいぶんな使い手になったようね、友美…… さっき、あの子に言ってた説教も、聖人ぶってて、イイ線いっているわ。 ……でもね、きれい事だけじゃ、人は動かないわよ? 最後にイニシアティブを取れるのは、リアリズムだけ 」
友美は何も答えず、浩子を見つめている。
浩子が続けた。
「 もっとも…… 春奈たちのように同調する者も、いるかもしれない。 でも、あたしたちが言ってる『 人 』ってのは、この世の中を占める、大多数の人の事を言ってるのよ? 大衆、民衆にイデオロギーは必要ないわ。 何に従うか… それだけよ 」
浩子の後ろから、大館も降りて来た。 おそらく、浩子にシールドで守ってもらっていたのだろう。 大館も、どこも怪我は無いようだ。
友美は、ゆっくりと大館に視線を移した。 大館もまた、じっと友美を見つめている。
友美は、大館に言った。
「 ……その、大きな恐怖に従えって言うの? 大舘さん 」
少し間を置いて、大館は答えた。
「 今は、恐怖と理解されても仕方ないだろう。 僕らには、大きな意志がある。 それを実現するための、これはステップだ 」
その答えに対し、大館の目を見据えながら、友美は言った。
「 あなた… 何様のつもりなの…? 未来の価値観は、大きさじゃないわ。 必要性でもない… 可能性よ……! 目に見えない、小さな可能性すら蹂躙してしまう大館さんの考えには、私は絶対、賛同出来ないわ! 」
大館が答える。
「 以前にも話し合った通り、僕らとの主義・主張は、平行線のままのようだね…… 出来れば、君らとは再会したくはなかったのだが、こうなってしまっては仕方がない。 残念だよ。 非常に 」
浩子の体から、猛烈な殺気が発しられ始めた。
……押し潰されそうな重圧感。
いよいよ、最終局面のようだ。
未来への価値観を一致出来ない者たちが、お互いの主義・主張を理解し合えるはずなど無い。 好戦的な者たちは、相手側を一掃しようと行動する。 今まさに、大舘と浩子は、友美たち全員を抹殺しようと決定し、その開始が始められたのだ。
おそらく、ユキに次ぐ、力の保持者であろう浩子……
周りの空気を圧縮・凝縮したかのような、異常な脅威を感じる気が、浩子の周りを取り囲んでいた……!
友美が、浩子から視線を外さず、言った。
「 春奈…… シールド、外すわよ? 私、浩子さんとは、自信ない… 」
「 分かった、友美センパイ 」
「 気を付けてね…! 」
「 ……センパイ、あたし… センパイと出会えて良かったよ 」
唐突な春奈の言葉に、友美は困惑した。
「 な、何を言ってるの? 」
「 この力…… 人の未来の為に使うってコト、初めて考えさせてくれたの、友美センパイだった…… 人が生きて、初めて自分が生きるんだよね? 」
「 春奈…… 」
「 あたしたち、隠れるコトしか考えてなかったもん……! 」
突然、目が眩むような閃光が走り、熱を感じる強烈な衝撃が襲って来た。 今までに体験した事も無いような、猛烈なプレスである。 友美は、個人的なシールドを張り、防御した。
…が、何も手応えが無い。
「 ? 」
意外にも、ホールドされたのは春奈だった。 浩子は、友美ではなく、春奈にその刃を向けて来たのだ。
春奈は、浩子の圧倒的な束縛を受けながらも、果敢に抵抗を試みていた。
友美が叫んだ。
「 浩子さんっ! あなたの相手は、私のはずよ! 春奈には、手を出さないでっ! 」
「 邪魔なのから片付けるのよ。 …何なら、そこに倒れて気を失ってる記者さんも、潰してあげようか? 」
「 ……あ、あなたって人は… やめてッ、春奈を放して、浩子さん! 」
友美の叫び声には答えず、浩子は、春奈を攻めた。
「 ふ~ん… 春奈、あんた、結構使うようになったのね…… バカね。 抵抗しなきゃ、楽に死ねたのに 」
いくつもの青白い放電が、春奈を取り巻くように発光している。 浩子は、何かを春奈に仕掛けているようだ。
盛んに口を動かし、友美に訴えているような仕草を見せていた春奈だったが、喉の辺りに両手をやると、苦しそうにもがき始めた。
友美は、浩子の手が読めた。
「 く… 空気を……! や、やめてっ! 浩子さんっ…! 」
浩子は、春奈を束縛しているシールド内の空気を抜いたのだ。
大館が言った。
「 友美っ! 春奈を生かすも殺すも、君次第だ。 このまま我々の邪魔をせずに、ここを立ち去ってくれるか? 」
……友美は、我が耳を疑った。 これが、あの大館の、真の姿なのか……?
大館は、続けて言った。
「 浩子の、シールドの間に入ろうとしても無駄だ。 シールド内は真空になっている。 春奈は、自らの力で体内の気圧を調整しているんだ。 無理にシールドを破れば、自らの力で自分の体を押し潰す事になる! 」
釣り上げられた深海魚と、逆の論理だ。
「 …返答はッ? 」
問い詰める大館。
春奈の顔色は、みるみる青ざめていく。 友美は拳を握り、目に涙を浮かべて大館を見た。
「 こんなの… こんなの、答えられないっ…! お… 大舘さん、あなたはこんな事して… 平気なのっ? 」
「 ……平気、と答えておこう…! 大義の前に、小さな犠牲は仕方ない事だ 」
「 命に、大小があるとでも思ってんのッ! あんたのやってる事は、殺戮よッ! 」
突然、春奈の束縛が開放され、何事も無かったかのように、浩子が言った。
「 死んだわよ? この子 」
床に倒れ込む、春奈。
友美は、慌てて駆け寄り、春奈に声を掛けた。
「 は、春奈! 春奈ッ…! 」
腕組みをし、冷たく言い放つ、浩子。
「 心臓マッサージでもする? まあ、無駄ね。 延髄の神経、切っておいたから 」
友美は、震える指先で春奈の頬をなぞった。
……どこにも外傷は無い。
しかし、春奈は事切れていた。 もう再び、その瞳を開く事はない。
「 は…… 春奈……! 」
友美は、春奈を抱き起し、その額に自分の額を押し当てると、小さな春奈の体を強く抱きしめ、搾り出すような声で言った。
「 …何も… 何も、してあげられなかった…! 春奈…ッ…! 」
後ろから、大館が声をかけた。
「 仲間を失うのは、僕だって悲しい。 覚醒以来、ずっと一緒に行動して来たんだ。 みんなで悩みながらね。 出来れば友美、君だけでも… 」
「 人殺しの仲間なんかに… 誰がなるもんかッ! 」
振り向きざまに大館の言葉をさえぎり、友美は、語気を荒げて叫んだ。
「 こっ… この子は… この子は、まだ13よっ! あんた、人の命を何だと思ってんのッ? 意志だか何だか知らないけど、偉そうなコト言う前に… 人として、恥を知りなさいッ! 」
次の瞬間、いきなり浩子が、衝撃波を友美にぶつけて来た。 あっという間に友美は、抱いていた春奈の体ごと後ろへ吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
大館の前に歩み出ると、友美を見下げ、威圧するように、浩子は言った。
「 あんた… すっごい、ムカつく……! あたし達が、どんなに悩んできたか… どんな偏見や仕打ちを受けてきたか、あんたには分からないでしょう? …あたしは、レイプされた事だってあるのよ……! 」
友美は、春奈をそっと床に寝かせると立ち上がり、浩子を見つめた。
「 ……だから何なの? だから、無差別に人を殺してもいいって言うのッ…? 」
「 あんたには分からないッ! イジメられ続けて来た、あたし達の気持ちなんて… 誰も、理解出来っこないわッ! 」
突然、物凄い気圧が、友美に圧し掛かって来た。 全てを威圧する、果てし無く暗い、浩子のプレスである。 手足の自由はおろか、息をする事すら間々ならない。 全身を握り潰すさんとするような、強烈な束縛だ…!
浩子は叫んだ。
「 もう1度、言ってごらんっ! さあ、言ってみなさいよッ! 聞いたふうな口きいて… あんたなんか、ペシャンコよっ! …みんな潰してやるッ! あたしたちをバカにしたヤツらも、イジメたヤツらも全部、全部、全部ッ……! みんな、みんな… 全部、潰してやるんだッ! 殺してやるんだッ!」
浩子の強靭な力の源は、虐げられた、その理不尽な過去の経験にあるようだ。
手にした、膨大な力……
心に巣食っていた暗い心理は、得た力によって解き放たれた如く膨張し、他を寄せ付けない、巨大な恐るべき力と化していたのだ。
……途方もない力を手に入れた、弱者の逆襲……!
その威力は、何者の想像をも、遥かに超越した脅威であった……!
「 どうしたのさっ! ええっ? 口先ばかりじゃない、あんたなんて! 」
吹き荒れるような、物凄い気圧の中、修羅のような形相で友美を見下げ、浩子は言った。
まるで、ダンプカーと押し合いをしているようだ。 どんなに気を発しても、浩子のプレスは、徐々に友美の領域を凌駕して来る。
( 血流が… 止まってる……! )
猛烈な圧力に、体中の血液が循環しなくなっているのだ。
意識が、次第に遠のいていく。 まるで歯が立たない。 これが、浩子の力なのだ……!
( 衝撃波しかない! それも、最大の…! でも、その後の体力が…… )
迷っている余裕は無い。
友美は目を見開き、浩子のプレスに向けて、今まで出した事がないような、巨大な衝撃波を発した。
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