第3話、運命の序章
菊地の意外な言葉に、友美は恐怖を忘れた。
「 生き… 残った……? 」
友美を見据え、腕組みをすると、菊地は言った。
「 君の話から推察すると、やはり小沢ユキは、君たちのグループ『 死喰魔 』と笠井氏、榊原氏に恨みを抱いていたと思える。 だから目の前に現われた関係者を、片っ端から抹殺したんだ。 どんな手段を使ったのかは想像の域だが、もしかしたら共謀者がいたのかもしれない 」
「 ……私は… 」
「 君は、グループの中では、幹部にあたる存在だったんじゃないのかい? リーダーは、事件で亡くなった君の義理の姉、洋子さん。 …君は、その片腕的な存在だった。 違うかい? 」
「 …… 」
『 生き残った 』……
事実ではあるものの、『 生き延びた 』と言う感では無い。 結果・状況は同じであっても、確かに『 生き残った 』との表現が最適だと、友美は感じた。
更には、単純な疑問にも辿り着く……
レディースグループ『 死喰魔 』と、それに関わる者たちを、異常なまでに恨んでいたと思われるユキだが、そもそも『 死喰魔 』を恨む理由は何か? どうして、洋子が『 死喰魔 』のリーダーだと知ったのか? 更には、洋子がこの学校の生徒である事を、どんな手段で調べたのか……?
何かしらの調査を、自身で実行したのか、そう言った業務に携わる者を雇ったのかは、当然にして分からない。 いずれにせよ、ある程度の調査は行ったのだろう。
しかし、若干16歳程度の少女が調べられる範囲は、たかが知れている。 事件性のある出来事を、正確に問い詰めるには、相当な情報量と証拠が必要だ。 ごく普通の少女と思われるユキが、刑事事件規模の内容把握・立証が出来るとは、到底、考え難い……
そして、菊地が言った『 生き残った 』理由については、よくよく精査してみるに、確かに、菊地が言った通り『 なぜ? 』と思い当たる感がある。
……突然、友美たちの前に現れたユキは、洋子と話し合いをするのではなく、『 宣戦布告 』をしに来たような雰囲気があった。 そこまで意を決しているのであれば当然、『 死喰魔 』に関係する人物は、全て抹殺する対象になるはずである。
……友美は、『 死喰魔 』のナンバー・2だったのだ。
惨殺されたみゆきや加奈子は、友美の部下だったに過ぎない。 恨まれていたグループの幹部である友美が、惨劇の中での、唯一の生存者であると言う事実は、考えてみれば、非常に不自然な状況だ。 まさに、『 生き残った 』と言う表現に尽きる……
いきなり眼前に現れ、『 死喰魔 』のメンバーを次々に惨殺し、洋子と住田 純一氏をも殺したユキ……
友美にとっては、ユキの存在自体が恐怖の対象だった。
その為、恐怖が意識を支配し、今までは『 疑問 』に到達出来ていなかったのが実情である。
菊地の発言に則され、恐怖を封印するが為、思い起こさないようにしていた『 あの日の記憶 』を、友美は少しずつ探り始めた。
「 ……あの日の夜…… 目の前で…… 目の前で、純一さんと洋子が、ユキに… ユキの、目に見えない力によって殺された後…… ユキは、私に近付いて来たわ…! 次は、私が殺される番なのよ。 そんな目をしてた……! 」
抱えていた両腕の震えが、再び、激しさを増して来る。 友美は、甦る恐怖に目を見開き、宙を凝視しながらも続けた。
「 首を、引っこ抜かれるのか… 内臓を、口から引きずり出されるのか… いずれにしろ、残虐な方法で殺される……! 体は、ユキの目に見えない力で抑え込まれてて、動けなかった……! 私は、『 助けて 』って言ったの。 ユキは、何も答えないで、段々と近付いて来たわ……! 洋子にナイフで刺され、制服の白いブラウスが… 胸のところが、血で真っ赤に染まってた。 それでもユキは… 何も無かったかのように平然と立っていて…… 」
唇を、わなわなと震わし、友美は続けた。
「 …わ、私の目の前まで、ゆっくり歩いて来て…… 身も凍るような恐ろしい視線で、じっと私を睨んだわ。 い… いつ、頭が弾けるのか… いつ、内臓が口から飛び出して来るのか……! … こ、怖かった……! ものすごく怖くて、必死にユキに頼んだの。 『 助けて、助けて 』って……! そしたら… き、消えちゃったの! 」
「 ユキが、かい? 」
「 そう…! 幻覚なんかじゃない。 ホントに消えたのよ! 私の前から……! 」
「 消えた… か 」
菊地は、再び、こめかみ辺りを指先で触りながら、友美に尋ねた。
「 ユキが投身自殺した、と言う根拠は? 」
「 それは… 刑事さんに、ユキがマンション北側の歩道で死んでいる、と聞かされて…… 」
「 推測判断か…… まあ、給水塔の上からは、ユキの足跡と思われる靴跡も発見されている。 状況から見て、それは事実なんだろう 」
菊地は、大きくため息をすると、腕組みをして言った。
「 ……ユキが飛び降りたとされる給水塔は、惨劇のあったマンション屋上の北側にある。 足場も無い4メートルもの高さの塔に、どうやって登ったのかも疑問なんだが、問題は、その給水塔の位置だ。 …警察が現場に駆けつけた時、君は、屋上出入り口脇で、放心状態で発見されているが、君は、その場を動いてはいないね? 」
友美は、無言で頷いた。
「 だとすれば、ユキは、君がいたその場から給水塔の上へ移動した事になる。 …それは無理だ。 給水塔へは、屋上出入り口からではなく、1階下の、作業用階段を使って行かなくてはならないんだ。 当然、作業用階段への入り口は施錠してあって… 」
「 あ、あの子は、バケモノなのよッ…? 鍵なんて、要らないわ! どこへだって、瞬時に移動出来るのよッ……! 」
菊地の発言を遮り、友美は叫んだ。
「 ……やはり、そういう説明になるか 」
沈黙が、しばらく2人の間に続いた。
「 確かに、私は…… 殺されていても不思議じゃないわ…… 」
抱えていた両腕を放し、友美が、ポツリと言った。
「 ……だろ? 僕は、そこが引っ掛かるんだ。 もしかしたら、ユキには… 君を見逃す、何かの要因があったのかもしれない 」
「 見逃す要因……? 」
小さく頷く、菊地。
「 その要因が、何なのかは分からない。 性格か、能力か… 特技かもしれないし、知能的なものなのかもしれない。 ただ、殺されても仕方が無いと思われている者が、本当に見逃されたのであれば… やはり、それ相応の理由がなければおかしい。 納得出来る理由が欲しいところだ…… 」
「 …… 」
菊地は続けた。
「 失礼かとは思うけど、君の出生について調べさせてもらった。 引き取られていたと言う施設をね 」
「 私がいた施設… ですか…… でも、そんな事… 出来るのですか? 」
「 知り合いに、探偵がいるんでね。 君は、身寄りの無い孤児という事になっているらしいが… 生まれて間もない君を、その施設に預けていった人物の存在が、知人の調査によって判明した 」
「 え…! ほ、本当ですか? 」
「 ああ。 手が掛からなくなる小学校の入学頃になったら、迎えに来る約束でね 」
「 ……小学校入学……? …え? それは、もしかして… 」
「 亡くなった君の養父、笠井製薬社長 笠井氏だ 」
友美は目を点にして、菊地に言った。
「 そんな……! お養父さんは、孤児の… 身寄りの無い私を、引き取ってくれたんです。 お義父さんからは、確かにそう聞いています。 そんなはずは……! 」
「 おかしな話だが、これは事実だ。 託児委任契約書も残っていた 」
菊地はそう言うと、1枚のコピーを取り出し、友美の前に差し出した。 友美は、震える手でそれを手に取ると、書類に目を通した。
……間違いなく、筆跡は養父のものだった。
託児期間は、本人が6才の誕生日を迎える日まで、とある。 委託人には、養父の名前があり、間柄は父と記されていた。
……友美は、訳が分からなくなった。
なぜ、父は自分を施設に預けたのか。
なぜ、引き取った後までも、孤児としていたのか……?
間を見計らって、菊地が言った。
「 こんな事、僕が君に言っていいのか、判断に迷うが… 笠井氏の愛人の子だった、とも考えられるね。 …だが、この契約書でハッキリしたと思うが、君は間違いなく孤児じゃない。 笠井氏の娘なんだ 」
友美は、ゆっくり、畳の上にコピーを置くと、放心したように宙を見つめた。
……親の存在を初めて知ったが、既に、その親は死んでいる。
元々、愛情の無い家庭生活だっただけに、親が死んだという悲しみは、友美の心には湧いてこない。 ただ、思いもよらない事実の判明に友美は、しばらく、我を忘れた。
「 ちょっと、ショックだったかな……? 」
少し、間を置いた菊地が、心配そうに聞いた。
「 いえ…… 笠井の家は、ほとんど家族としての対話が無かったですから。 ただ、意外な事実に驚いています…… 」
「 実は、もう1つ、判明した事があってね。 こっちの方が重要なんだ…… 」
畳の上に置かれたコピーの、ある部分を指差し、菊地は言った。
「 …ここに、出生地の欄があるだろう? 病院名が記されている。 笠原総合病院とあるが、この病院は、笠井氏と榊原氏が、共同出資して設立されたものだ。 場所は、長野県にある笠井製薬長野工場の敷地内。 現在は廃院となって、封鎖されている 」
「 知っています。 小学校低学年の時に、連れて行ってもらった覚えがあります。 確か、高山で、病院の医薬会か何かあった時のついでに、寄った記憶が…… 」
「 ユキの実家も、高山だ……! 」
「 え……? 」
「 出生も調べてみた。 生まれた病院は、何と、笠原総合病院だ……! 」
「 ……それは…… え? …どういう… 」
「 君もユキも、同じ病院で、ごく近い限られた時期に生まれているんだ。 これは、単なる偶然なのかもしれない。 でも、何か気になる事実だ 」
「 私が… あのユキと、同じ生まれ……! 」
友美にとって、恐怖の対象となっていた、小沢ユキ……
そのユキが、友美と、まったく同じ病院で産まれていたという事実は、友美にとって、ある意味、大きなショックであった。 菊地が、友美に伝えたかった出生の情報とは、これらの事だったらしい……
菊地は言った。
「 この事実が、『 見逃し 』の要因になるとは思えない。 …だが、何か、とても気になるんだ。 要因とまでにはならなくても、なんらかの接点… いや、関連性があるような気がしてならないんだ 」
「 …… 」
2人の間には、しばらく沈黙が続いた。
じっと、書類のコピーを見つめていた友美が顔を上げ、菊地に何かを言おうとした瞬間、突然に誰かが、激しくドアを叩いた。
「 ちょっと、アンタ! いつまで居る気だいっ? いい加減にしなよっ! 」
何と、トヨおばさんのようである。
「 参ったな… あのオバさん。 仕方ないか…… 友美ちゃん、今日はこのくらいにしておいた方が良さそうだ。 名刺、渡しておくから、時間がある時に連絡くれるかな 」
菊地はそう言うと、友美に名刺を渡し、ドアに向かって言った。
「 オバさ~ん、今、出ます。 頼むから、ホウキはやめてくれよ! 」
「 まったく、何時まで居座ってるつもりなんだい? 最近の若いモンは、遠慮ってモンを知らないねえ 」
菊地がドアを開けると、先程の折れたホウキの柄を、槍のようにして構えているトヨおばさんがいた。
「 わあっ、タンマ、タンマ! 何もしてないよ。 今、帰ります! 」
トヨおばさんは、友美の部屋の中をじろりと見渡し、友美に言った。
「 何も、されなかっただろうね? 」
友美は、玄関先まで出て来ると言った。
「 大丈夫よ、トヨおばさん。 この人は心配ないから 」
「 最初は、みんなそうなのさ。 後で本性表すから、タチ悪いんだ 」
「 参ったなあ~ 信用してよ、おばさん 」
「 お前は、早く帰えんなっ! いつまで、いるんだいっ! 馴れ馴れしく、このアタシに話しかけんじゃないよっ! 」
菊地は、アパートの階段を、すっ飛んで降りて行った。
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