第2話、恐怖の真相

 手帳のページをめくり、菊地は続けた。

「 新聞でも報道されて、君も知っていると思うけど… 榊原氏の自殺動機について警察が調査を行なっている。 結果、臨床認知されていない新薬を、笠井氏の経営する笠井製薬から入手し、病院内で実験的に患者に投薬されていた事実が判明した。 おそらく、いくらかの謝礼が渡されていたと思う。 いわば、人体実験だ 」

 菊地は、手帳を脇に置くと腕組みをし、推察するように言った。

「 それを苦に、榊原氏は自殺したとされているんだが…… その現場に居合わせた病院の当直看護士が、病院の屋上から落下する榊原氏の叫び声を聞いている。 普通、投身自殺する人は、叫び声を上げないものだ…… 」

 下を向きながら話していた菊地は、顔を上げた。 じっと菊地を見つめている友美と、再び、目が合った。

「 自殺ではない… と? 」

 友美が聞く。

「 断定は出来ないけどね。 だが、他殺の可能性は充分ある 」

 菊地は続けた。

「 僕が着目したのは、榊原氏の左腕の裂傷だ 」

「 左腕? 」

「 ああ。 投身自殺した際に出来た損傷では無いらしい。 検視官の医師の報告として、調書にも上がっていたらしいけど、内側から損傷している。 まるで、『 破裂 』したようにね…… 」

 じっと菊地の説明を聞いていた友美が、言った。

「 それは、投身自殺する前の傷… と言う事なのですか? 」

「 まあ、そうなるね 」

「 …… 」

 菊地が、友美の推察を肯定するかの如く、言った。

「 ……そう。 もしかしたら『 誰か 』が、やった… と言う事かもしれない 」


 誰が……?


 無言の友美。

 菊地は続けた。

「 榊原氏の院長室は、かなり荒らされていたらしいが、何かを盗まれたのでは無く、争った跡のようだったらしい 」

「 争った跡…… 」

「 固定電話の受話器が、粉々になっていたそうだ。 ……普通、右利きの人は左手に受話器を持つだろ? おそらく榊原氏は、電話中だったんだ 」

 次第に、不安な表情になる友美。

 菊地は、小さく息をつくと続けた。

「 警察も、榊原氏は電話中だったのではないか、と推測している。 そして、通話記録を調べた…… 」

 菊地を見つめ続ける、友美。

 しばらく間を置き、菊地は静かに言った。

「 通話相手は、笠井氏だった……! 」

「 ……! 」

「 何を話していたかは、分からない。 だが、問題は通話内容や、通話相手ではない。 …そこに誰かが現れ、電話を遮断… 通話を妨害したと想像出来るんだ。 これは、あくまで警察側の推測だけどね 」

「 ……誰か……? 」

「 本当だとしたら… 誰だろうね。 当然、部屋は個室だから、ドアはある。 普通は、ドアを開けた時に、誰かの訪問には気付くはずだが……? 」

 食い入るように見つめる友美の視線から目を外し、正座している友美の膝辺りを見ながら、菊地は言った。

「 突然…… 室内に『 現れ 』、問答無用に、榊原氏の受話器を破壊した……? 」

 ……意味深な言い方の菊地。

 再び、小さく息をつくと、続けた。

「 警察側の話しでは、笠井氏と榊原氏の件は、君が遭遇した事件とは無関係だと言ってるけど… 僕は、そうは思わない。 すべて同日に起こった、不可解な事件だし、 状況的には、関連した一連の事件… と考えるべきだと思う 」

 今度は、大きく息をつく、菊地。

 雰囲気から… 菊地による独自の推察が、これから披露されるような感じが読み取れる。 友美は、菊地の次の発言を期待し、静かに待った。

 腕組みをしたまま、ゆっくりと天井を仰ぐ菊地……

 やがて、静かに… 呟くように言った。

「 ……これら、一連の事件の謎を解く鍵…… 」

 友美は、じっと菊地を見つめている。

 天井を仰いだまま、菊地は目を閉じた。 眉間にシワを寄せ、何かを思案しているようである。 その表情からは、苦悩とも思える心情が読み取れた……

 視線を下し、菊地は友美と目を合わせると、しばらくの間を置き、決意したかのように菊地は言った。

「 友美ちゃん…… 事件の関係者だけど… 死亡した人が、もう1人いるね? おそらく君が、この事件の関係者の中で一番、その存在の事実に触れたくないと思っている人物だ…… 」

 菊地の推察に、一瞬、目を見開く友美。

 その表情には、明らかに恐怖の表情が見て取れる。 硬く握り締められた両手が、膝の上で震え始めた。

 しばらくの間の後、ある意味、観念したような… 絞り出すような声で、友美は答えた。

「 ……小沢… ユキ……! 」

「 そう、7番目の死亡者だ。 君の証言によると、惨劇の最後に、マンション屋上にある給水塔の上から投身自殺したとなっている 」

 震える両手を交差して自分の腕を抱え、自身に言い聞かせるように、友美は言った。

「 ……ユキは死んだ。 そう… 死んだのよ……! 大丈夫… もう、いないわ……! 死んだのよ、 あの子は……! 」

 尋常ではない友美の様子に、菊地は声をかけた。

「 大丈夫かい……? そんなにユキって子は、怖い存在だったのかい? 確か、転校して来たばかりの1年生だったと聞いているが… 」

 下を向き、無言のままの友美。

 菊地は続けた。

「 警察関係者から聞いた話しでは、その、ユキと言う女生徒についての証言は、かなり怯えた様子で話していたと聞いているが、そもそも… 」

「 …バケモノよッ! あ… あいつは…… バケモノだったのよッ! 」

 菊地の言葉を制し、友美は言った。

「 バケモノ……? 」

 顔を上げ、かなり興奮した様子の友美。

「 み… みんな殺したのよっ…! 洋子も純一さんも、お養父さんも加奈子も……! 」

 菊地は、大きく首を振り、言った。

「 …それは、証拠が無い。 ユキの加害説は、君の以前からの主張だが、ハッキリとした証拠が無い 」

 身を乗り出し、訴え掛けるかのように、友美は言った。

「 み、みゆきが… 血を吐いて倒れた時も、ユキがそばにいたわ!  加奈子は、洋子に言われ… 1人でユキを探しに行って死んだのよっ? み… みんな、アイツが関わってる…… ア、アイツが… ユキが……! あ… あのバケモノが、みんな殺したのよッ…! 」

「 それは、状況証拠だ。 それだけでは、ユキの加害説は立証出来ない 」

「 わ、私には、分かるっ…! あ、あの… あの、恐ろしい体験をした私には、分かるわっ…! ユ、ユキは…… ユキは、バケモノだったのッ! に… 人間じゃなかったのよッ! 」

「 わかった。 落ち着いてくれ 」

 次第に興奮状態になっていく友美を制し、菊地は言った。


 肩で息をしている、友美……

 菊地は、友美に掌をかざし、気持ちを落ち着かせるよう、ゼスチャーした。

「 いいかい? 落ち着くんだ。 ここで言い合っても、何の解決にもならない 」

 視線を下げ、友美は、小さく頷いた。


『 人間ではない 』……


 その表現からは、想像を絶する恐怖体験の存在が推察された。

 どのような地獄絵図が展開されていたのか……

 それは、実際に体験した友美にしか説明出来ない状況であると思われる。

( 話し方から推察するに、友美ちゃんは、常識的かつ、理性的だ。 その彼女が『 人間ではない 』とさえ発言している事実…… 通常では考えられない、よほどの状況・事態が起こったのだろう )

 菊地は、これ以上、友美の恐怖体験を呼び覚ますのは、友美の精神的苦痛を増長させるだけだと判断した。

 視点を変え、菊地は言った。

「 ユキの話しは、もうやめよう。 そうだな… 君が所属していた、レディース・グループの事について、話してくれるかい? 」

「 それは……『 死喰魔 』の事ですか? 」

「 ああ 」

「 …… 」

「 嫌なら、構わないんだが……? 」

 下を向いたまま、友美は答えた。

「 いえ… 別に、そう言う訳ではありません。 ただ、そういった不良グループに入っていた自分が、恥ずかしくて…… 」

 少し笑いながら、菊地は言った。

「 まあ、若気の至り、ってヤツだ。 誰にだって、多かれ少なかれ、あるモンさ。 僕も、学生時代は結構、やんちゃをしてたよ 」

 両腕を抱いたまま、下を向いて目を瞑っている友美。 興奮状態は治まりつつあるようだが、依然、何かしらの恐怖に、精神は束縛されたままのようである……

 菊地は、傍らに置いてあった手帳を取るとページを開き、言った。

「 都内でも、かなり大きなネームバリューがあったレディースだったらしいね。 末端のグループまで入れると、総数は約100人… チームの頭だったのは、君の義理の姉だった、笠井 洋子さん…… 」

 小さく頷いた友美を目視し、菊地は続けた。

「 グループに入った理由は、やはり、お義姉さんがいたからかい? 」

 下を向いたまま、再び、小さく頷く友美。

「 まあ、身内がいれば… 善悪の関係なく、行動を共にするのも道理だ 」

 蚊の鳴くような、か細い声で友美は、ポツリポツリと呟くように言った。

「 ……小学校1年生の頃から… いつも一緒でしたから…… 中学に入ってからは、姉妹と言うより… 先輩・後輩のような間柄でした 」

 菊地は、無言で友美の話を聞いている。

 下を向いたままではあるが、弱々しくも目を開け、友美は続けた。

「 洋子の言う事は、私にとって、絶対に逆らう事の出来ない『 命令 』…… 逆に、洋子がいるから、全てにおいて私は、いつも安泰だった…… 」

 義理の姉は、大きな存在だったようだ。 服従に至る関係の経緯には、複雑な家庭環境の影響も根底にあった事と考えられる。 弱冠12~3歳の少女にとって、歳上からの発言は絶対だ。 ましてや、身内ならば尚更の事であろう。

 菊地は、友美の置かれていた状況・立ち位置を、推測ながら理解をした。


 両腕を、固く抱いたままの友美……

 深呼吸をするかのように息を吸うと、視線を上げ、菊地を見ながら言った。

「 洋子は、私に対して威圧的ではあったけど、束縛はしなかったわ…… 暴力を振るう事も無かったし、逆に、いつも気に掛けてくれていた…… 」

 義理の間柄とは言え、身内だ。 それなりの気遣いは、あったと思われる。

 友美は続けた。

「 洋子は、よく警察沙汰になるような騒ぎを起こしていたから、刑事さんたちも、よく洋子の事は知っていたの…… だから、一連の事件の事は… 最初から、不良グループ同士の事故として片付けようとしていたわ…… 」

 じっと、友美の話を聞いている菊地。

 友美は、菊地に尋ねた。

「 ……でも、本当に、事故だと思っていたのかしら……? 」

 菊地は、手にしていた手帳を脇に置くと、小さくため息をつきながら言った。

「 この事件については、ハッキリ言って、警察も迷宮入りの様子だ。 小沢ユキは… 君の義理の姉だった、笠井 洋子さんがリーダーをしていたレディース・グループ『 死喰魔 』と、何らかの理由で、対立していたらしいね…… 」

 こめかみ辺りを指先で触り、菊地は続けた。

「 事件当日の夜、君たちをマンションの屋上に呼び出した理由は、その対立の清算だろう、と警察は結論付けている。 …そして、話し合いはこじれ、逆上した洋子さんが、ナイフでユキを刺した。 その後、そのナイフで、ユキが洋子さんを刺した……! とりあえず警察は、そんな見解で、検査処理をし、その後の見解を避けている。 常識では考えられないシチュエーションや、状態、結果、動機… 全てが、説明がつかない事ばかりだからね 」

 両腕を抱いたまま俯き、再び、目を瞑った友美。

 菊地は続けた。

「 ただ、君のオカルト的とも言える話が、実際に現実に起こったとするならば、全て状況は一致する。 …つまり、小沢ユキが『 不思議な力 』を使い、ナイフや拳銃を宙に浮かせ、自動扉を閉め、人を屋上から突き落としたりして殺人を敢行した……! 警察は、それを認めたくないんだろうな。 世間も、普通は信じないだろう 」

 友美は、両腕を固く抱いたまま、菊地の話を聞いている。 興奮状態は治まったようだが、やはり、何かの恐怖の存在を感じ、怯えているようである……

 菊地は言った。

「 もう、小沢ユキの事はいい。 おそらく君は、ウソは言っていないと思う。 ただ、ある意味… この事件で、僕が興味を持ったのは、君だ 」

 怯える視線を徐々に上げ、友美は、菊地を見た。

「 ……わたし……? 」

「 なぜ、君は生き残ったんだ? 」

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