第12話、予感

『 次のニュースです。 本日、午後8時ごろ、都内中区3丁目付近にて、憂国勤皇隊の犯行と思われる殺人事件が起きました。 被害者は、地元の暴走族に所属する、無職の17歳の少年3人で、バイクに乗って走行中、狙撃されたものです。 いずれも、頭を打ち抜かれて即死しており、警察で捜査をしています。 …また、同時刻、近くに住む、山井組系暴力団、芦川会会長の芦川俊之さん57歳が、自宅のある6階建てマンションから転落し、死亡しました。 狙撃されて死亡した少年たちとは、ビジネス上のつながりもあったとされ、警察では、暴走族と暴力団の組織抗争との見方からも、調べを進めています 』

 連日、憂国勤皇隊のニュースが報道されている。

 暴力団・暴走族・汚職議員・不良グループ…… おおよそ、社会のアウトサイダー的な者たちが、何者かに『 銃 』で狙撃され、殺害されている。

 狙撃だけではない。 首を折られたり、頭部を潰されたり… 猟奇的な殺人も、次々に起こっていた。

 一連の犯人像は特定出来ず、警察は連日のように起きる殺人事件の捜査に振り回されており、テレビのワイドショーでも、各キー局が特集を組んで放送をするなど、一種の社会現象にもなっていた。


 菊地は、ラジオを切り、テレビのスイッチを付けた。

『 …です。 加藤氏は、秘書を通じて献金を受け取っていたらしく、その裏金は、井上代議士にも流れていたようです。 死亡した加藤氏は車内で頭を打ち抜かれ、車を運転していた秘書も射殺されていました。 なお、河川敷で発見された井上氏の遺体には外傷はなく、死因は水死とされています。 警察は犯人についてのコメントは避けておりますが、これもおそらく、憂国勤皇隊の犯行ではないか、と思われます 』

 チャンネルを変える。

『 そうですねえ。 まったく判りません。 犯人は、戸田氏の顔見知りと思われますが、この日、戸田氏は衆議院の予算委員会に出席した後、事務所に1人でいたはずであり、誰とも会っていません。 介護施設の口利き疑惑が浮上した後は、勤皇隊に怯え、秘書すら近づけさせなかったと言われてますからねえ。 犯人は、よほどの怪力の持ち主ですね。 首が、引っこ抜かれてるんですから…! 』

 菊地の危惧通り、政治家を狙った殺人事件も頻発し始めた。

 汚職・脱税などの疑惑が浮上し、国会招致などをされようものなら、数日の内には遺体となって発見される…… 週刊誌などで、愛人や献金スキャンダルなどが暴露されれば、その者もまた、同じような末路を辿った。


 粛清の手は、政治家だけではなく、一部の芸能人にも向けられた。

 多くは、麻薬の所持・使用に関する薬物取締法違反の逮捕者と、その疑惑を持たれた者である。 事故死や自殺… 中には、コンサート会場の楽屋裏で殺害された者もおり、自殺と断定された者にも、その経緯には疑問が残る者が多い。

 いじめの加害者に対しては、大人・子供の区別なく、その行為の事実確認が濃厚となった時点で、粛清は実行された。 都内の、とある中学校では、いじめに加担したと思われる生徒、数十名が、集団で校舎の屋上から転落死した。 1階の通用口脇は、数十人の生徒の遺体が折り重なり、地獄絵図であったと言う……


 一連の事件発生に乗じて、複数のカルト教団が、犯行声明を挙げて来た。 しかし、警察の追及に当然ながら、あいまいな供述しか出来なかった為、逆に騒乱罪や詐欺罪で検察から告訴されている。

 不可解な事件性に、神の啓示だとして信者を集め、自らを教祖と名乗る輩も続出。

 右翼の各団体事務所には窓ガラスへの投石や建物への落書きが相次ぎ、近隣の住民らは右翼団体に対し、不特定多数の市民への暴力・傷害などの行為を即時、止めるよう、訴えを起こす騒ぎとなった。 これに対し、右翼各団体らは、事件のすべてを警察や公安の仕業であるとして、捜査資料の公開を求める訴訟を起こしている。


 騒乱の時代となった。


 誰が、どんな経緯で不正を知り、当事者を葬るのか……

 全ては、謎のままである。

 粛清にも似た行為に、人々は恐怖し、街は各所で騒然となった。


「 また事件ですねえ。 今度は、与党内部ですか…… 菊地さん、どう思います? 」

 パソコンの前に座り、コーヒーを飲みながら平田が聞いた。

「 ま、長くは続かないだろ。 内閣の方も、こんなにも多く、不正や汚職事件が続くようではな…… 強気の川口首相も、次の通常国会の予算会議では、いよいよ天下の宝刀を抜くかもしれんぞ? 」

 菊地は、机上のパソコン画面に向かい、原稿を校正しながら答えた。

「 もしかして、解散ですか? え~? やりますかねえ~……? 確かに、衆院の補欠選挙もありますが、勝てるんでしょうか? やっぱ、会期末を待つんじゃないですかね。 …まあ、どちらにしろ疑惑事件が多過ぎて、与党的には、不利な状況に違いはありませんけどね 」

 イスの背もたれを、キイキイさせながら、平田が言う。

「 ま、何も悪い事してないオレたちにゃ、関係ないこった。 …おい、原稿出来たぞ。 会心作だ 」

「 菊地さん、会心作、年に何本作ってんスか? 確か、昨日も出来てましたよね? 例によって、ワードオーバーのが 」

「 うるさいんだよ、お前。 いいから、早くアップしろよ。 また残業だぞ? 」

「 菊地さんが早く原稿上げてくれれば、ウチの家庭も、もっと円満なんスけどねえ 」

「 オレのせいかよ。 だったら社長に言って、もう1人、記者を入れてもらえ 」

 平田が叩く、パソコンのキーボードの音が響き始めた。 菊地はタバコに火を付けると、イスを立ち、窓の外を眺める。


 ……今、こうしている間にも、大館らの行動によって殺人が起きている事だろう。


 誰も知らないはずなのに、不正を働いた者は、必ず殺される……

 粛清は恐怖となり、自ずと、不正は減って行く。 『 力 』によって脅された人間が増えるにつれ、秘密裏に行なわれている事も、そのうちいつかは暴かれ、世間に晒される。

 つまり、不正の土壌、そのものが減って行く……


 大舘に会った友美の説明をまとめると、大舘自身の持論が、そう言う事らしい。

 だが、その日は、いつの日になるのか…… それまでに、いったい幾多の命が奪われなければならないのか……?

( 大舘と言う男に言わせれば、生きる価値の無い者を『 処分 』しているとの事だが…… 更生し、生まれ変わる命だって、必ずあるはずだ。 これでは、ホロコーストと変わらない )

 菊地が危惧する所は、そこにあった。

 友美にしろ、『 死喰魔 』にいた頃と比べると、おそらく今は、全くの別人だと思われる事だろう。 ヒトは、環境によって変貌を遂げる生き物なのだ。


 未来の可能性までも摘み取ってしまう、大舘の言動……


 菊地は、友美と同じく、わずかに残された人道的見地の可能性に、未来への希望を託していた。

( だが… もう、後戻りは出来ない。 事態の収拾はどう付けるつもりなのだろう? )

 友美と共に、全ての状況を把握している菊地ではあるが、その結末は想像が出来なかった。


 大館が、社や浩子に指示したのだろうか、その後、友美たちに『 彼ら 』が接触して来る事はなかった。

 普通に生活している友美たち……

 他の人と変わらない、この穏やかな生活が保たれているという事だけでも、良しとしておきたい心情の菊地であった……


『 番組を中断して、臨時ニュースをお伝え致します 』

 突然、テレビが番組を中断して速報を放送し始めた。

 画面に目を移す、菊地。

『 先程、午後4時20分ごろ、中区新町にある、プリンスガーデンホテルにおきまして爆発がありました。 情報によりますと、爆発は1階ロビーで起きたらしく、地上32階建てのプリンスガーデンホテルは倒壊。 建物は、全壊した模様です 』

 菊地の眼が、テレビ画面に釘付けになった。

 ニュース放送が、続けられる。

『 同ホテルでは、本日、与党村岡派の主催による決起集会が開かれており、国会議員や代議士など、約、百数名が出席していたほか、一般宿泊者、結婚披露宴の出席者なども、多数いた模様です。 現在、警察と消防が救出作業に当たっておりますが、死者はすでに、30人以上を上回っているとの報告が入って来ております。 …あ、現場と中継がつながっているようです。 毎朝放送の澤井さん? 』

 菊地に続き、テレビ画面を覗き込んだ平田が言った。

「 あれま、澤井さんじゃないですか! やりましたねえ。 現場、一番乗りみたいですよ? 」

『 こちら、現場の澤井です! プリンスガーデンホテルは完全に崩壊しています! ごらん頂けるでしょうか? ここは正面玄関があった所です! 辺り一面、煙が立ち込めており、ガレキの山に消防隊の救出班が取り付いています! 』

 記者のすぐ後ろには、倒壊したビルのガレキらしき山が、幾分、荒い画質と共に映し出されており、数人のレスキュー隊員が救出活動を行っている様子が確認出来る。

 映像は、記者から辺りの情景へと移り、リポートの音声が続いた。

『 え~… 事故発生から15分ほど経っていますが、まだレッカー車などの作業車両は到着しておりません。 現場近くの道路は、全て通行止めです。 立ち往生した車が道路に溢れており、砂ぼこりを被って、このように真っ白です…! 倒壊した時のビルの破片が、そこらじゅうに転がっており、まるで戦場です! 』

 救急車両へ、タンカに乗せられた負傷者が運び込まれている。

 ホコリを被ったのか、真っ白になったスーツ姿の男性が、画面の前を横切る。

 記者のリポートは、続いた。

『 5分ほど前の… おっと…! すみません、足元が不安定なもので……  え~、消防の発表では、え~、36名の遺体を収容… あ、また誰か… 救出されたようです! 生死は確認できません。 あ、あちらでも誰か… 女性のようです! …地獄です! ここは地獄です 』

 興奮した記者が、現場のリポートを続けている。

「 大変だな、澤井さん。 しばらく、家には帰れないですよね? 」

 テレビ画面を観ていた平田が、菊地に言った。

 苦笑いで返す、菊地。

( ……やり過ぎだ、大館……! )

 おそらく、村岡派を狙った犯行だろう。

 大館らが、後押ししているだろうと推察される江川氏…… その対抗勢力は、村岡派だ。 これで村岡派と、その支持者は一掃された事になる。 しかし今回は、遂に、一般人をも巻き込んでしまったようだ。

( とうとう始まったか……! )

 大きな目的の達成を前に、小さな犠牲の数など、気にする必要など無い… と言う事である。

 一度、外された鎖は、二度と、元に戻される事は無い。 次からは、もっと大きな犠牲の派生が予測される場合でも、気にも留めなくなる事だろう。

 桜井の時のように、社か、浩子の勝手な判断による犯行なのかもしれないが、事態は、際限の無い殺戮へと変貌して行こうとしている現実を、菊地は、肌で感じていた。

( 村岡派の次は、江川氏の同期ライバルでもある三木氏が総裁を務める、公産党だろうな…… )

 菊地は、ふと自分の予定表を見た。

『 公産党 三木氏講演パーティー セントラルホテル 取材 』

 ……事務所の壁に掛けてあるホワイトボードに書かれた予定に、菊地は、イヤな予感を感じた。

 セントラルホテルは、結婚式の予約が1年以上前からでないと取れないほど若者に人気のあるホテルで、平日でも、何組かのカップルが挙式を挙げている。 まさか、ここをホテルごと破壊するとは考えられないが、他の犠牲を省りみないのであれば、反抗勢力を叩くには絶好の機会だ。

 菊地は、不安を押さえ切れないでいた。

( もし、会場で社を見かけたら…… )

 まずは、一般客の避難だ。 非常ベルを押せば、初期段階としては十分だろう。 騒ぎで混乱した会場では、パーティーも延期されるかもしれない。

( いっそ、スプリンクラーを作動されて、会場を水浸しにしてやれば、もっと有効かもな )

 そう思った時、机の上に置いてあった菊地の携帯端末の着信が鳴った。

 友美からのLINEメールである。 やはり、臨時ニュースを観たらしい。 以前、友美には、江川氏の対抗勢力について、村岡派や公産党の話をしており、セントラルホテルの取材予定についても伝えてあった為、心配してLINEして来たと思われた。

 菊地は、『 一般者があまりにも多いから、心配は要らない 』との内容で返信を打った。

( ……今度、大館らと出会った時は、最悪の事態になる )

 携帯をスーツの内ポケットに入れながら、菊地は、そう思った。


 回天の意志に燃え、殺戮と破壊に走りつつある彼らと友美たちとの間には、埋める事の出来ない溝がある。 友美たちを、もはや仲間ではなく『 敵 』と彼らが判断した場合、今度こそ、完全に友美たちを葬ろうと画策・行動して来る事だろう。 いずれ、その日は来るのだ。

( 出来る事であれば『 その日 』は、最大限に延期したい。 いや、そんな日は、来ない方がいい…… )

 叶わぬ願いなのかもしれないが、心から切実に、そう思う菊地であった。

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