第14話、激突

「 愛子センパイ! もう一度、アイツを捕まえてみるわ。 協力してッ! 」

 春奈の提案に、一瞬、躊躇し、状況を精査する愛子。

 ……壁材と共に、向こう側の部屋に放り出された里美の事も気がかりだが、現状では構っていられない。 優先すべきは、天井をも落とそうと画策していそうな社・浩子の行動を制止、もしくは猶予させる事にある……

 愛子は、春奈と呼応して、まず、社を押さえる事にした。

「 分かったわ! …いい? 浩子は無視してっ! 反応したらダメよ? あたしたちじゃ、弾きとばされちゃう! 社だけに、集中よっ! 」

 春奈が、社の居場所を探り始めた。

「 ……何してんの、こいつら…… 何かの配電盤を… 警報機? 警報機ね! 回線を破壊してるんだわ! …あっ、いたわっ! 社よっ! 」

「 春奈、ホールドしてっ! 」

 その瞬間、物凄い放電柱がフロアに走った。

「 きゃあッ…! 」

 春奈の体が吹っ飛ばされ、崩れた壁の建材の中に突っ込んだ。 愛子は、エレベーターホール脇の壁に押し付けられ、プレスされている。

( …も、物凄い圧力…! 手足どころか、指先さえ動かせない……! )

 呼吸すら、ままならない状況下で、愛子は呻くように言った。

「 …は、春奈…… 放しちゃダメよっ! い… 今、放したら… 浩子に弾き飛ばされちゃう! ペシャンコよっ……! 」

 額を切り、出血した春奈が、崩壊した建材に寄り添う格好で、圧倒的な社のプレスに耐えながら答えた。

「 お… 押さえてます、あたし…! だから早く… は… 早く、アイツのプレスを……! 」

 春奈は、何とか社を束縛しているようだが、その限界は近いようである。

 今、愛子をエレベーターホールに壁にプレスしているのは、どうやら浩子のようだ。 何とか耐えてはいるが、愛子は更に、春奈を開放すべく、社のプレスに圧力を掛けなくてはならない。

「 あたしに… 出来るかな……! 」

 意を決し、愛子は、社のプレスを破壊しようと気を集中し始めた。 …が、しかし、やはり力は到底、及ばないようである。

「 ……くっ、この… 浩子のプレスさえ無ければ……! 」

 愛子は全神経を集中させ、襲い来る浩子のプレスに耐えつつ、更に、春奈を束縛している社のプレスを破壊しようと懸命に戦っている。 …だが、じわじわと、浩子の力に押されつつあるのが見て取れる。


 ……最後の切り札として、力の応酬に参加出来ないでいる友美にとっては、とても見ていられない状況だ。 今、まさに、愛子の最後の力が尽きようとしていた……!


「 …あ、愛子ッ! 私もやるわッ! 」

 たまらず、友美は言った。

「 ダメッ! あいつらには、友美の居場所が分からないはず……! あたしを押さえている浩子には、まだまだ余裕があるわっ! 来ないでッ…! 」

「 で、でも… 」

「 社は… 苦し紛れに、もがいてる……! もう少し… もう少しなの…! 」

 その時、床に散らばっていたコンクリート片が、ゆっくりと宙に浮いた。

「 ぶつける気よ、愛子っ…! 」

 友美が、そう叫んだ途端、親指大のコンクリート片が、物凄い勢いで愛子の方に飛び、左腕の脇の壁に命中した。 コンクリート片は粉々に飛び散り、壁には穴が開いている。 当たったら、生身の体など… ひとたまりもない。 だが、浩子のプレスに耐えつつ、更に、社のプレスを破壊する事に集中している愛子にとって、自分の身を守る為のシールドを張る余裕などは、全く無い。 完全な無防備状態である。


 やがて、2弾目が宙に浮き始めた…!


「 愛子ッ! 」

 再び、友美が叫ぶのと同時にコンクリート片は、今度は、愛子の左足脇の壁に激突した。 コンクリート片は、粉々に四散している。 …どうやらこの攻撃は、プレスに余裕のある、浩子によるものらしい。

 友美は叫んだ。

「 み、見ていられないっ…! 愛子、私も… 」

「 ダメと言ったら、ダメよオォ―――ッ! 来ちゃダメえぇ―――ッ…! 」

 聞いた事が無い、激しい声で叱咤する愛子。


 更に、3弾目が宙に浮いた……!


「 あ、愛子ッ…!」

 友美が叫ぶのと同時に、コンクリート片は、愛子の左足太ももを貫通した。

「 あッ…! 」

 激痛に、顔を歪める愛子。 鮮血が、みるみる壁を染めていく。

「 愛子っ…! 愛子オォ~ッ! 」

 友美の叫び声が、エレベーターホールに響いた。

 続いて、4段目・5弾目が容赦なく彼女に襲い掛かり、鈍い音と共に、右肩・左わき腹を貫いた。 コンクリート片が体を貫通する度、真っ赤な血しぶきが飛び散り、愛子のわき腹からは、鮮血が吹き出した。

「 セッ… センパイッ…! 愛子センパイッ! 」

 春奈が叫んだ瞬間、6弾目が、愛子の右胸に命中した。 新たな血しぶきが壁中に飛散する。

「 …は、春奈… と、とも… 美……! 」

 返り血の付いたメガネの奥から、視点なく友美を見つめながら、愛子が友美に向かって、うめく。

 突然、愛子を束縛していたプレスが開放され、真っ赤なボロ布が落ちるが如く、愛子は、その場に崩れるようにして倒れ込んだ。

「 ……い… いや…! センパイっ! 愛子センパイっ! 」

 愛子を呼び続ける、春奈の悲痛な叫び声。


 友美は、目の前にした凄惨な情景に、声を失った。


 ……うつ伏せに倒れこんだ愛子からは、何の反応も無い。

 開かれたままの瞳の視線が、散らばった赤いガレキの散乱する床を、無機質に見つめ続けてた……


「 愛子オオオォ ――――― ッ! 」

 聞いた事がないような友美の金切り声と共に、巨大な放電柱が廊下を走った。

 廊下の天井に設置してあった全ての蛍光灯が破裂し、エレベーターホールのダウンライトも、次々と吹き飛んでゆく。 各部屋の事務所内にあるパソコンが破裂し、モニターやテレビが、あちこちで火を噴き始めた。

 やがて、天井が全体に唸るような振動を感じたかと思うと、今度は10階の方に、現象は移った。 凄まじい物音が、非常階段を伝わって聞こえて来る。

 巨大な重量物がぶつかり合う音、壁の崩れる地響き、ガラスの割れる音……


 友美が、途方も無い巨大な力を… 遂に、稼動させたのだ……!


「 ……と、友美センパイ……! 」

 上の階で何が起こっているのか、春奈には想像がついた。 しかし、にわかには、信じ難い…… 広いビルのフロア全てを、壁ごと破壊しているのだ……!

 更に春奈は、自分がいつの間にか、束縛していた社を放してしまっている事に気が付く。

「 ……い、いけないっ! …あ、あれ? 」

 浩子に弾かれ、ペシャンコになっているはずの自分だが、何ともない。

 ……何と、友美は、いつの間にか巨大なシールドを張っていた。 春奈は、友美と共に、その中にいたのである。

「 す… すごい、これ……! こんな大きなシールド……! 」

 額の血を右手で拭い、ガレキの中から春奈は立ち上がった。

 10階では、まだ破壊が続いているようだ。 激しい振動と騒音が聞こえる。 しかし、それも次第に小さくなっていった。

 春奈は、倒れた愛子を抱きしめ、じっとうずくまっている友美に近寄り、声を掛けた。

「 ……友美センパイ……! 」

 涙で、顔をくしゃくしゃにした友美が、震えながら春奈を見上げる。

「 …は、春奈あぁ~… 愛子、死んじゃった…! 死んじゃったよおぉ~…… 」

 無残にも、体中をコンクリート片で打ち抜かれ、血で真っ赤に染まった愛子を抱きしめながら、友美が言った。


「 出来損ないを、1匹始末したか…! 」


 ふいに社の声がした。

 春奈は慌てて、声のした方を振り返った。

 左腕上部から血を流し、右の額あたりを押さえながら、社が非常階段から現われた。 破壊尽くされた10階にはいられなかったのだろう。 上では、火災も起きているようだ。

「 社っ! …あ、あんた… よ、よくも愛子センパイを……! 」

 春奈が、拳を震わせながら言った。

「 やったのは、俺じゃねえ。 浩子だ。 …ま、最後の一投は、俺も加勢してやったがな 」

 不敵に、笑って答える社。

 春奈は、両拳を作り、叫んだ。

「 最低よッ! アンタは、最低のヤツよッ……! 」

「 オレたちの邪魔をするからだ。 お前らは、もう仲間じゃねえ。 敵だっ! 」

「 仲間ってなによッ! 人殺しに、あたしたちの仲間はいないわッ…! 」

 友美は、愛子を抱いたままじっとしている。 社の方は、見向きもしない。

 社が言った。

「 おい、友美! ……いいのか? そんな、でかいシールド張ったままで。 力が半減しちまうぜ? 」

 友美は、答えない。

「 オレたちは、対決を避けるこたァ、出来ねえ。 相手してやらぁ。 来な……! 」

 友美は、愛子の顔に付いた汚れを取っている。 社の事など、眼中に無いかのようだ。

 社の顔から、笑みが消えた。

「 ふざけやがって! こんなシールド、潰してやらあ! 友美ィ ――――― ッ! 」

 いきなり、社は衝撃波をぶつけて来た。

 青白い閃光が走り、衝撃がシールド全体に響き渡る。


 ……しかし、友美にも春奈にも、何のダメージはない。


 思わず身構え、目をつぶっていた春奈は、恐々、目を開けた。

「 す、すごい…! 破壊されるどころか、位置さえ動いてない……! 」

 抱いていた愛子をそっと床に置くと、友美は、ゆっくりと立ち上がった。

「 へっ……! ちったァ、まともに使えるようになったみたいじゃねえか。 ええ? 友美 」

 肩で息をしながら、社が言った。

 ゆっくりと視線を上げ、初めて友美は、社を見つめた。


 ……怒りを超え、憎しみをも超越したその表情には、超人としての凛とした凄みすら感じられる……!


 挑発に動じず、冷静な眼差しで自分をじっと見つめる友美に、社は、初めて恐怖を覚えた。

 前のめりになり、身構えながら、社は呻く。

「 …て… てメえェ~……! 」

 友美は、静かに言った。

「 悲しい子ね、 社くん…… そんなに強がって、人を虐げて… 疲れない? 」

「 …かっ、勝手に、オレの深層心理を探るんじゃねえッ! 」

 社は、再び気を発した。 今度は、シールドごとプレスするつもりのようだ。

「 あなたは、愛子や春奈との競り合いで、かなりの力を消費してるのよ? 」

 社は、聞き入れず、更にプレスの圧力を上げる。 友美は、その行動に対し、声を強めて言った。

「 ……やめなさいっ! 今なら、まだ間に合うかもしれないわ。 全てを清算するの。 もう、力で人を操る事はしないって、誓って…! 」

「 勝ってるつもりか、テメエ! ふざけんなッ! 」

「 勝つとか、負けるとか… 関係ないわっ! 力との共存を考えるのよ! 」

「 ……オレは、誰にも指図は受けねえッ! どっちみち、寿命は短けえんだ…! やりたい放題、好きにやってやるぜェッ! 」

「 おいッ! 君ら、こんな所で何してるんだ! 早く避難しなさいッ! 」

 銀色の防火服を着込んだ消防隊員が5人、非常階段を上がって来た。

「 おい、あそこに男性が倒れているぞッ! 女性もいる! ケガをしているようだ。 なっ… 何だ、この状況は! 」

「 こちらB班ッ! 9階着ですっ! ケガ人が… 」

「 うるせえッ! 」

 社の一声と共に、消防隊員たちの頭が、一斉に弾け飛んだ。

 壁・窓には、霧吹きで吹いたかのように、真っ赤な血飛沫が飛んだ。

「 キャアァ――ッ! 」

 春奈が叫ぶ。

 首の無い隊員の体が、階段をころげ落ちて行く。 非常階段は血の海だ。 数人の隊員の首からは、まだ鮮血が脈を打って吹き出してくる。

「 なっ… 何て事、するのオオォ―――ッ! 」

 友美が叫ぶと同時に、社は、廊下の向こう側の壁まで弾き飛ばされた。

「 あ… あの人たちは…… 何も関係ないじゃないっ! みんな… みんな、それぞれに家庭も… 恋人もいる人だっていたのよッ! それを、それを……! 」

「 邪魔するヤツは敵だァッ! 友美、てめえもなァ―ッ 」

「 敵は自分自身よッ! 分からないのっ? 」

「 死ねっ! 友美ィ―ッ 」

 壁に押さえつけられながらも、髪を逆立て、社は最大の衝撃波を発した。 友美は、それをプレスで受け止める。 物凄い閃光が走り、フロアの床材が、2人の間で全て弾け飛んだ。

 衝撃波を弾き返した、巨大な友美のプレスが、社を捕らえる。

「 うおおお ――――――― ッ! 」

 物凄い形相で友美のプレスに対し、何度も、執拗に衝撃波の攻撃を繰り返す社。

 友美は今、完全に、社を捕らえていた。 廊下の壁に社を追い立て、壁ごとプレスをしてホールドしている。 社は、身動きが出来ない状態だ。

 春奈が言った。

「 社ッ! あんたの負けよっ! 認めなさいよ! 友美センパイに潰されちゃってもいいのっ? 」

 社に、限界が迫っていた。 執拗に繰り返す衝撃波も、その威力は、目に見えて弱くなって来ている。

 修羅の様な形相で、社は呻いた。

「 ま… 負けねえっ…! オレは…… オレは、負けねえ……ッ! 」

 やがて、社をプレスしていた壁に亀裂が走り、次の瞬間、向こう側へと崩壊して吹き飛んだ。

「 あっ…! 」

 崩れた壁の向こうから差し込んで来た外の明かりに、友美は気付いて声を上げた。 社をプレスしていたのは外壁だったのだ。

 9階から、外へ放り出された社……! まるでスローモーションを見るかように、彼は、もがきながら地上へと吸い込まれて行く。

 思いがけない展開に、しばらく友美は茫然とした。


 ぽっかり開いた穴に、慌てて駆け寄る春奈。

 下を見ると、崩れた建材と共に、アスファルト舗装の駐車場に落ちた社が、確認出来た。 膝が異様な方向へ折れ曲がり、頭が潰れている。 おびただしい出血も見て取れた。

「 や… やった! 友美センパイ! 社を、やっつけたよっ! 」

 春奈は、友美の方を振り返り、狂喜する。

 しかし、友美は肩を落とし、大きくため息をついた。

「 ……落ちて行く時、解き放たれた社くんの深層心理が見えたわ…! 寂しい子だったの。 心を寄せる事が出来る友達が欲しかったのに…… 急に、大きな力を得て… あるべき姿を見失ってしまった。 何て悲しい結末なの…… 私も、また1人、人を死に追いやってしまったのよ……! 」

 友美は、暗く、沈んだ。


「 そう悲観的になるのなら、最初から、邪魔しないで欲しいわね 」


 ふいに、浩子の声がした。

「 浩子っ…! 」

 非常階段の方を振り向いた春奈が、叫んだ。

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