第6話、愛子
左右ある門柱。
( ……右側だわ )
不思議な力を使う『 誰か 』の存在を、右側にある門柱の向こうに感じる。 ハッキリと……!
友美は、警戒をしながら、ゆっくりと校門を出た。
……はたして、そこに立っていたのは、若い女性だった。
襟に、赤い3本線のラインが入った濃紺のセーラー服を着た女子高校生……
両手で、通学カバンを前に持ち、じっと、友美を見つめている。
彼女が言った。
「 ……友美さんね? …すごい集中力……! 1日で、そこまで『 気 』をコントロール出来るようになったなんて…… とても、覚醒まだ間もないとは思えないわ。 弾き飛ばされそうで、私、一歩も動けなかったもの 」
ノンフレームのメガネを掛け、肩下くらいまでの髪をポニーテールにした、真面目そうな感じの女生徒である。
友美は、静かに答えた。
「 ……あなたの気配からは、殺気は無かったようだけど… 私、怖くて……! 」
「 ねえ、もう、気を送るのはやめて。 動けないよ、私… 」
友美は、握った拳を目を瞑りながら、確認するように、少しずつ開いていった。
「 ふうっ…! 」
硬直した体がやっと開放され、一息ついた彼女は、メガネを掛け直しながら言った。
「 息が、出来なかったわよ? 自律神経ごと固めるなんて… 私には、とても真似出来ないわ。 しかも、そんな力を、まだ使いこなせていない状態だなんて…… あなたの近くにいると、命がいくつあっても足りないわね 」
……どうやら、昨晩の少年とは違うようだ。
その言葉には、友好的な雰囲気が感じられた。 この不思議な力についても熟知しており、また、それを使いこなしている人物でもあるらしい。
友美は言った。
「 私には、まだ分からない事が沢山あります。 あなたは… 攻撃的じゃないように思えるんだけど…… 」
警戒を、完全に解いた訳ではない。 何かあったらと、心の中で身構える友美。
「 …や、やめてっ! 私、つ… 潰れちゃう… よ……! 」
物凄い『 力 』で校門のレンガ壁に押し付けられながら、彼女はうめいた。 いつの間にか、相手を圧迫しようという気が先行し、知らぬ間に友美は、彼女を拘束していたのだ。
「 え? あ… ご、ごめんなさい! 私……! 」
『 力 』を解放しようと、友美は目を瞑り、下を向く。 再び、体を開放され、彼女は少しむせながら言った。
「 ごほ、ごほっ、ごほんっ…! ふうぅ~~…! 気構えているあなたと話すのは、命懸けね……! 私の名前は、多岐 愛子。 あなたより、1つ年下の高2。 でも、堅苦しいのヤメにしない? 友美って呼んでいい? 」
愛子は、微笑みながら聞いた。 その笑顔にウソはないようである。 友美は、この愛子を信じる事にした。
「 うん、いいよ。 愛子… だっけ? 色々と、知ってるみたいね。 教えて 」
友美は、学校近くにある河川敷の方へと、愛子を誘った。
芝が張られた河川敷。
アスファルトで整地された遊歩道には、数人の人影が見られた。
ゆっくりと散歩する、老夫婦。 ジョギング中の女性……
サイクリングコースが完備された河川敷を見下ろす堤防道路を歩きながら、友美は、昨晩、公園で出会った少年の事を話した。
「 ……ああ、そいつは、社 雄司ってヤツよ? 多分、また友美のところに現われるわ。 あいつら、友美の力が欲しいのよ 」
「 やしろ… ゆうじ…… あいつら、って? 」
「 私たちと同じ力を持った連中よ。 …何か、アブナイ事、考えてる 」
「 えっ? 連中って… 他にも、まだ沢山いるの? 」
「 全部で9人よ。 …ユキが死んだから8人か。 覚醒がうまくいけば、ユキは最大の力を持ったはずなんだけど、私たちが気付くのが遅かったのよ。 助けに行こうとしたんだけど、暴走しちゃってて…… 最後は、神経も切れていたはずよ? とてもじゃないけど、取り付く事すら出来なかったわ 」
友美は、胸を血で真っ赤に染めていた、あの時のユキの姿を思い出していた。
……洋子にナイフで刺されながらも、平然と立っていたユキ……
おそらく、あの時、既にユキは死んでいたのだろう。 脳死には至らず、精神だけで体を動かしていたのだ……!
( ユキを、そこまでさせる恨みとは、一体何だったのかしら? )
友美は改めて、ユキの『 力 』の恐ろしさを噛みしめていた。
「 私や愛子が、どうしてこんな力を持つようになったの? 今まで、何ともなかったのよ、私 」
友美は、最大の謎を愛子に問いかけた。
歩きながら、愛子は答えた。
「 友美のお義父さんだった笠井社長と、榊原病院の院長との間の事は、知ってる? 」
頷く、友美。 先日、菊地から聞かされた事でもあるし、あの忌まわしい事件に関連して、新聞社や週間雑誌社などに取り上げられ、社会問題にもなっていた……
愛子は歩きながら、自分の足元に視線を落とし、続けた。
「 全ての始まりは、榊原院長が行なった人体実験にあるの。 実験的に、人体に投薬された薬品は、笠井製薬が製造した新薬…… これは、抗がん剤として開発されたものだったらしいけど、遺伝子構造を著しく変化させる、極めて危険な成形構造の薬品だったよ 」
「 遺伝子構造を変化させる薬品…… 」
愛子は、小さく頷くと続けた。
「 人体に投薬すると、それが食品に添加されている様々な化学物質などと体内で反応して、吸収された薬品の成分が脳細胞に蓄積され、悪影響を与える…… 解かっているのは、そこまでね。 つまり、体に蓄積される添加物が、ある一定量にまでになると、この『 力 』は覚醒すると考えられるの。 …まるで時限爆弾ね 」
「 …… 」
友美は、じっと愛子の説明を聞いている。
愛子は続けた。
「 副作用がひどくて、満足な臨床結果が得られないと判断されたこの薬は、やがて投薬を中止、開発プロジェクトは閉鎖されたわ。 ついに命名されること無く、製造中止となったこの新薬は、当時の製造ライン番号で『 4429F 』って、呼ばれていたらしいの 」
「 4429F…… 」
「 極秘だったみたいね。 データ上にも、この番号しか記載されていないわ 」
「 ……そんな、恐ろしい結果になっていたなんて……」
ため息をつきながら、友美は言った。
愛子は、更に続けた。
「 秘密裏に薬品を投与され、人体実験された人たちは、副作用で2年以内に全て死んでるの。 その死亡者の中には、妊娠していた人もいた…… その人たちが、亡くなる前に出産した子供が、私たちなのよ 」
……つまり、自分たちは『 造られた人種 』なのだ。
人の私欲と身勝手な行動から造り出された、欲望の産物……
その結果、友美は普通の高校生活すら剥奪され、バケモノ呼ばわりされかねない、数奇な運命に翻弄されようとしている……
友美は心の中に、ぶつけようの無い憤りが、沸々と沸いて来るのを感じた。
「 ちょっと、ショックだった? 」
愛子は、友美の心境を汲み取り、聞いた。
「 …ううん、いいの。 続けて 」
歩きながら、河川敷に視線を移し、愛子は続けた。
「 病院の内部記録リストによると、産まれた子供は11人。 全て、出産の事実は、病院側で隠蔽されてるわ。 多分、投薬の影響による遺伝変化の問題性が、早い段階の頃から危険視されていたのね…… 」
風に吹かれた前髪の乱れを直しながら、愛子は続ける。
「 11人中、うち2人は、幼児期に覚醒してるの。 1人は、育児ノイローゼになった父親と無理心中。 もう1人は暴走して、神経を切っちゃって死んだわ。 この事を調べたのは、大館 隆志と言う、私たちと同じ4429Fによって覚醒した人でね、少し、透視能力があるだけの人なんだけど、すごく頭が良い人なのよ? 私たちのリーダーなの。 …でも、さっき言った、社ってヤツと組んで、何か企んでるのよ 」
「 企んでるって… 何を? 」
「 詳しい事は、わかんない。 政治家と組んで、どうこうって…… 他の子たちも、一緒にやらないか、って誘われたらしいけど、断ったみたい。 だから私たちも、あまり最近は、あいつらとは会ってないわ 」
ジョギング中の、初老の男性がが前から走って来て、友美たち2人の横を通り過ぎて行く。
「 ねえ、愛子…… 個人的な質問、していい? 」
友美は気になる疑問を、ある意味、期待しながら聞いた。
「 なあに? 」
「 ……私、お母さんの事が知りたい…… 」
「 友美の? 」
「 うん… 」
「 そっか…… ん… そうよね 」
愛子は歩きながら、再び、足元に視線を落とす。 しばらくして顔を上げると、前を見ながら友美の問いに答えた。
「 私も、お母さんの事は、遺影でしか見た事ないな。 私には、まだお父さんがいるからいいけど、友美は、1人だもんね…… でも、さすがに入院していた患者の明細なデータまでは、調査出来なかったみたい。 大舘さんが、そう言ってたわ。 他の仲間たちの中でも、母親の顔を知らない子、沢山いるよ? 」
「 ……そう 」
寂しそうに、友美は言った。
「 ごめんね。 力になれなくて 」
申しわけなさそうに言う、愛子。
「 ううん、いいの… 」
落胆した気持ちを振り払うかのように、友美は顔を上げると言った。
「 ……そっか、私は、最後に覚醒したのね 」
「 そう。 力を使うと、波動が出るの。 あまり遠くまでは届かないけど、友美のは、大きかったなあ。 だから判ったのよ? あ、覚醒した! って。 だって、私の自宅… 本町の公園から、5キロは離れてるのよ? びっくりしちゃった。 でも、良かったわ。 まともそうな新しい仲間で。 …あの社ってヤツは、普通じゃないよ。 友美も気を付けてね? 」
どうやらこの一件は、奥が深そうである。 少しずつではあるが、自分の過去と現在の状況が、段々と解明されようとしていた。
『 あいつら 』と、愛子が言う雰囲気から推察して、この力を使う仲間たちの間では、構想の違いから、どうやら対立的な状況があるようだ。 おそらく、昨晩の社という少年と、この愛子は、お互いに不仲な立場なのだろう。 確かに、昨晩の社の態度は高慢で乱暴だった。 しかし、まだ中学生だ。 お互いに話し合えば、協調性も見出せるかもしれない……
友美は、まずは、友好的な愛子との交流から情報を求める事にした。 いずれは、大館という人物にも会わねばならないだろう……
散策路に設置された木製のベンチに、2人は腰を降ろした。 河川敷に広がる芝生の上では、若い主婦が、幼児を遊ばせている。
「 愛子は、どんな感じで、この力と共存してるの? 」
無邪気に遊ぶ幼児の姿を眺めながら、友美が聞いた。
「 べつに? 普通よ。 力を使わなければ、私だって普通の高校生よ? テレビだって見るし、ゲームもやるし、宿題だってやんなくちゃ。 ヘンに力を意識しちゃうから、ダメなのよ。 ……でもね、力を使うと、それだけ神経や脳細胞を酷使する事になるの。 大館さんの話だと、1回、最大限で力を使うと、寿命が半年縮まるんだって。 私なんか、もうオバさんよ 」
友美は、今日の体調不良の原因が判ったような気がした。
「 私…… 覚醒した時、以前に顔見知りだった仲間を… 」
友美は、俯きながらポツリと言った。
「 知ってる。 ……だけど、事故だと思って。 警察も説明つけられないわよ。 悪いのは、友美じゃないわ 」
今は、どうしようもない不良だとしても、将来、更生して真人間になり、道徳的な生活を送るようになるかもしれない。 でも、命を絶ってしまっては、そのわずかな可能性の芽も、問答無用で摘み取ってしまう事となるのだ……
友美が憂えいているのは、その可能性を自らの手で… しかも、将来を吟味する事なく、無意識のうちに執行してしまった事にあった。
……もう、顔も見たくもない不良連中だとしても、かつては仲間だった人間を、いとも簡単に殺してしまった友美……
殺意は無かったとしても、殺人者には違いないだろう。
複雑な心境の友美であった。
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